ともや

更新頻度はまちまち。新作を投稿後、しばらく経ったらログイン限定にしています。テキスト投稿が可能になったので、小説も公開するようになりました。

☆こっそりフォロー
ポイポイ 133

ともや

できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……9


ヘルプ先から戻って、ホッとした気持ちで「カフェ・リンドバーグ」を外から眺める。まだロールカーテンは降りているので、中の様子が見えない。
何ヶ月も離れた訳ではないのに、懐かしさで一杯だった。ヘルプ先も良いところだったけど、俺にとって大切な場所は「カフェ・リンドバーグ」なんだ。


「おはようございます」
気持ちを入れ替えて働こうと、フロアに入る。三原さんの姿を見ると、ときめきと切なさが同時に訪れた。
三原さんは俺の顔を見るなり、みるみる笑顔になる。こちらに近付くと、グリグリと俺の頭を撫で回した。
「ヘルプお疲れさん。よく頑張ったな」
「えっと、はい」
「この店で働くお前が見られないのは寂しかったよ」
「今日から、またお世話になります」
「おう」
本当に寂しがってくれていたならば嬉しい。でも、甘い期待をしては駄目だ。


別の場所で仕事をしたことは、俺にとってプラスに作用したらしい。メンタルが失恋する前に近い状態まで戻せたし、残業を普通にこなせるようになっていた。
ロールカーテンを少し持ち上げて、窓の桟を拭う。雑巾はあまり汚れていない。俺がいない間も、丁寧に掃除されていたようだ。
「なあ、進哉。今日、暇か?」
カウンターに入って雑巾を洗っていると、三原さんに声を掛けられる。もう、部屋に招かれないと思っていた。
三原さんの目からは、吹っ切れたように見えているのだろうか。まだ、好きなのに。溢れそうになる気持ちをグッと抑えて、雑巾を絞る。
「暇、です」
「飯、食いに来いよ」
「……はい」
コクッと頷けば、三原さんは安心したように笑う。行くべきか止めた方がいいか迷ったけど、やっぱり三原さんの傍にいたい。
未練がましいな。迷惑がっていない様子だからと、三原さんの好意に甘えてしまう。


久し振りに、三原さんの部屋にお邪魔した。相変わらず、散らかった様子はない。
俺に座って待つよう言い置いて、三原さんはキッチンに向かった。駄目だな、三原さんの背中を見ると、追い縋りたくなる。俺は頭を振ると、テーブルの上に載っているケーキのレシピブックを手に取った。


テーブルに、次々と料理が並べられる。彩り鮮やかなサラダ、もうもうと湯気をあげる煮込みハンバーグ。匂いを嗅ぐだけでお腹が鳴りそうな、ガーリックライス。
いただきますと手を合わせてから、俺はフォークを掴む。どれも旨くて、手が止まらない。
失恋してから今日まで、食事は適当に済ませていたし、パスしていたこともあった。久し振りのマトモな食事に、ジワッと涙が滲む。飢えた野良犬のようにガツガツ食べる俺を、三原さんは見守っているようだった。
会話はあまりなかったけど、気まずさはない。三原さんと目が合えば、胸が甘く痛んだ。
チョコレートムースとカフェオレが、食後のデザート。ムースを口に入れると、滑らかな甘さとほろ苦さがスルッと溶けていくようだった。
「……旨い」
「そっか」
三原さんが優しく笑うから、頬がたちまち熱くなる。もう惚れてませんと、アピールしないといけないのに。三原さんはカップの取っ手を指でなぞりながら、口を開く。
「お前がいない間、ずっと気になっていた」
「心配掛けて、すみませんでした。あっちの店では物を壊さなかったので、安心してください」
「そうじゃなくて」
三原さんはもどかしそうに、頭を掻き毟る。俺がドジをしないか、ハラハラしていたのではなかったのか。
「お前が旅に出たって桐野さんから聞いた時、気が気じゃなかった。馬鹿な真似はしないって分かっていても、触れたら一瞬でバラバラに砕けそうな感じだったからさ」
俺の気持ちを拒んだことに、責任を感じていたのだろうか。三原さんは全然、悪くないのに。
その間、高見沢さんよりも俺のことを考えてくれていたのかな。申し訳ないのに、少しでも三原さんの気が引けたと喜んでしまう。
「連絡を取りたくても、お前は携帯を持っていないからな。マジで帰ってきて良かったよ」
三原さんは脱力したというように、大きく息をつく。それから、テーブルに肘を突いて、組んだ手の甲に額を載せた。
「旅から戻ってきた時、お前にどう声を掛ければいいか分からなかった。下手に優しくしたら、もっと傷付けちまいそうで動けなかった」
うん、分かっていた。だから、自分を責めないで。
「俺、もう平気ですから」
「よく言うよ。可哀想なくらい、ゲッソリ痩せちまったくせに。すぐにでも、お前に好きなものを食わせたかったんだぜ」
三原さんは目線だけを上げて、俺をジトッと見てくる。だから、今日、ご馳走してくれたのか。三原さんの本音を聞きながら、空になったムースの容器を見つめる。
「モタモタしていたら、今度はヘルプで飛ばされちまうし」
「それは、マスターが勉強になるからって……」
「あそこのコンセプトはお前に合っているって、分かっているよ。でも、オレから離れられて、ホッとしただろ」
「それは……」
確かに、距離を置いた方がいいと思った。でも、三原さんだって、俺の扱いに困っていたではないか。
「ヘルプ先では、随分と気に入られていたな。雇いたいって言われて、満更でもない顔しちまって」
三原さんは、イライラした様子でマグカップに口をつける。これ、前に見た。ヘルプ先での最終日、三原さんはこんな感じだった。
「お前は、ゼロか100の答えしか選ばせてくれないのか。好きって言われて、凄くビックリしたよ。でも、面倒だとか、迷惑って思わなかったぜ」
「でも、三原さんは高見沢さんが好きなんですよね?」
今は迷惑でなくても、いつかは諦めて欲しいと思うかもしれない。悩みの種になりたくないから、早く恋心を醒ましたいのに。
「司のことを引きずっているのは事実だ。でも、最近は脈がないって悟ってもいる」
「三原さんの良さに気付けば、可能性がありますよ」
三原さんは、頼もしくて、優しくて、格好良い。三原さんよりも魅力的な人なんて、簡単には見つけられない。
「それって、司は今、オレの良さが分からないってことだろ。そして、進哉は分かってくれている」
「もしかしたら、何か気懸かりがあって、他のことに目がいかないのかも。違う、決して三原さんのことは優先順位が下という訳ではなくて……」
「分かった、分かった」
「どんなに時間が掛かっても、高見沢さんは三原さんを好きになると思うんです」
「お前さ、本当にオレと司が両想いになって欲しいの?」
本音を漏らせば、嫌だ。でも、三原さんを幸せに出来るのは、高見沢さんしかいない。
「はい。二人の想いが通じ合う姿を見れば、スッパリと諦められるから」
「進哉って、そういう奴だよな」
三原さんは声を立てて笑ってから、こちらに手を伸ばす。柔らかく髪を撫でられて、くすぐったさに首を竦めた。
「恋愛感情がないならば、期待させない方がいいって分かっている。でも、お前の気持ちを殺させちゃ駄目だって思うんだ」
「どうして、そんなことを言うんですか。俺、馬鹿だから、三原さんが何を考えているか分かりません」
「手前勝手なことを言っている自覚はある。お前に応えてやりたいんだ」
「俺が可哀想だから、同情しているんですか?」
「可哀想じゃなくて、可愛くて堪らないんだよ」
恐らく俺を好意的に見ているのだろうけど、結局は恋の相手としては不十分ということなのか。喜ぶべきか分からない俺を見て、三原さんは苦笑いする。
「煮え切らない奴だって思っているんだろ」
「えっと、その……」
「お前に惚れる可能性はゼロじゃないんだ。時間をくれって言うのはずるいか?」
「ずるい、です」
正直に答えると、三原さんはおかしそうに笑った。冷めてしまったカフェオレを飲みながら、俺はどうしたいのか考える。ううん、既に答えは出ていた。
「俺、三原さんを好きなままでいいの?」
「いいよ」
「キス、しちゃいますよ。実際にしましたけど」
「マジ?いつだよ」
「三原さんが寝ている時です」
「大人しそうな顔をして肉食だな、お前」
三原さんは驚きで、目を丸くする。話の流れで白状したけど、黙ったままでは心苦しかったので、ようやく肩の荷が降りた。
カップを置いて、指先で三原さんの腕に触れる。振り払われることはなく、額同士をコツンと当てられた。


END3412 文字

ともや

できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……8


ヘルプ先では、オープン準備の手伝いとオープン後一週間の接客を頼まれる。スタッフは正社員三人で、アルバイトは軌道に乗ってから採用するらしい。
紅茶を得意とする高見沢さんよりもコーヒーを淹れる練習に励む俺をヘルプに出した理由が分かった。ヘルプ先はコーヒーをメインに扱っていて、豆の種類が豊富だった。アレンジコーヒーのメニューを多く出す予定と聞いている。
店のレイアウトはイタリアのバール風で、流れる音楽はジャズピアノ。板張りの床を掃除していると、試飲用で淹れているのか、コーヒーの香りが鼻をくすぐる。
「カフェ・リンドバーグ」は朝から甘い匂いがして、いつもお腹を鳴らしていた。ヘルプ先に置くケーキや焼き菓子は、工房から届くもののみらしい。三原さんと、三原さんお手製のケーキが恋しくなったけど、プルッと頭を振って切り替える。
ヘルプ先のマスターは職人気質で、喋り方は荒いけど面倒見が良い。昼は賄いが出ない代わりに、近くの店へ連れて行って、ご馳走してくれる。
シャキッとしろとどやされるけど、一方で働き者だと誉めてくれた。ガシガシと頭を撫でられると、三原さんの手と比較してしまう。
他のスタッフも仲良くしてくれて、慣れない環境でも居心地は悪くなかった。俺が勉強中だとマスターが伝えていたのか、豆の挽き方やフィルターのセットの仕方、お湯の注ぎ方などを見てくれた。味見では「旨いです」としか感想が言えなかったけど、俺の旨そうに飲む姿を見れば自信を持って出せると笑ってくれた。


無事に店がオープンして、初日はオーナーがいらっしゃった。緊張しながらお辞儀をすると、オーナーは労うように、手を軽く挙げて応じた。
三日間はオープン記念として、安く提供する。その為、お客様が途切れることなく忙しかった。
ドジをしないよう常に注意していたので、帰る頃にはヘトヘトになる。失恋にクヨクヨする暇がなかったのは、ありがたかった。


オープン三日が過ぎても、お客様の入りは良い。コーヒーの味は本格的だし、ゆったりした時間が過ごせるから、これから常連さんが増えていくだろう。
ヘルプ最終日は、早く店を閉めた。こちらも早く切り上げて皆と向かいますと、前日にマスターから聞いていた。久し振りに三原さんに会えると思えば、胸が切なく鳴る。
スタッフと一緒に、テーブル席をセッティングする。少しして、私服姿のマスター達が入ってきた。
「一ノ瀬、久し振り」
ちぃにハグされて、少し照れくさい。高見沢さんは優しく微笑み掛けてくれて、三原さんは俺の頭をポンと撫でてきた。
マスター達を席に案内して、オーダーを取る。カップが全員に行き渡ってから、ヘルプ先のスタッフ達と共に同席した。はじめは店の話をしていたけど、話題が俺のことになる。
「一ノ瀬くんが来てくれて、とても助かったよ。正社員として、ウチで雇いたいくらいだ」
ヘルプ先のマスターが俺を高く評価してくれて嬉しかった。このまま、ここで働くのもいいかな。正社員ならば、アパートを借りられるだろうし。
「駄目ですよ。一ノ瀬は貸しただけだから、返してくれないと困ります」
隣に座るちぃが俺の肩を抱きながら、茶目っ気たっぷりに言う。ちぃがウインクを寄越すので、明日からは「カフェ・リンドバーグ」で頑張ろうと気を引き締めた。
「こんな素敵な店ならば、募集を出せば働きたいと志願する人がすぐ現れますね」
高見沢さんの言葉に、マスターは微笑みながら同意する。そんな中、三原さんは黙ったまま、カップを口につけていた。1471 文字

ともや

できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……7


三原さんは俺を見たら、どんな顔をするだろう。例え目を逸らされても、笑顔で挨拶しよう。少しためらった後、フロアに続くドアを開ける。
「おはようございます」
声が上擦ってしまった。三原さんは何とも複雑そうな顔で、どう俺に声を掛けようか迷っているようだった。
「その、おはよ」
三原さんを困惑から解放してあげたくて、俺は口角を上げて笑いの形を作る。掃除用具入れからモップとスクイーザーを取り出すと、掃除に取り掛かった。
三原さんの為にも、もう少し休んだ方が良かったかな。分かってはいたのに、下唇を噛み切りそうなくらい辛い。もし、こんな状態が続くならば、俺は「カフェ・リンドバーグ」を辞めるべきだろうか。
フロアの床を一通り拭き終わって、三原さんを盗み見る。今は、オーブンと睨めっこしているようだ。期待しても無駄なのに、姿が見られただけでドキドキしている。
このまま、ずっと眺めていたい。でも、俺が見つめていると知ったら、気味悪がられるかな。
気持ちを切り替えたくて、頭を軽く振る。モップを洗って片付けたら、今度はテラスを掃除しよう。


「一ノ瀬、おはよう」
テラスのあるエリアを箒で掃いていると、ちぃが声を掛けてきた。駆け寄ってくるなり、俺の頬に触れてくる。手入れが行き届いたちぃの掌は、滑らかで温かい。
「ツルツルだった肌がガサガサじゃん。しかも、前より痩せている」
「そう、かな」
「無事に帰ってきて良かった」
「心配掛けて、ごめん」
「僕が聞きたいのは、お詫びの言葉じゃないんだけどな」
ちぃは軽く顔をしかめて、俺の頬をつつく。きっと、俺が旅に出た理由を知りたいんだ。ちぃは信頼している友達だから、教えてもいい。
「失恋、した」
「そっか」
ちぃはそれだけを言って、力づけるように俺の肩をポンと叩く。実際に口にすると、三原さんが振り向いてくれない事実を再確認してしまった。
「お願いだから、一人で耐えられなくなったら僕に吐き出して。お前が苦しみを溜め込んで潰れてしまうのは嫌だからさ」
「ありがとう、ちぃ」
「約束だよ」
「……うん」
ちぃがニッコリするのを見て、弱った心に温かなものが沁みていく感じがした。まだ情けない状態だけど、ちぃのお陰で笑うことが出来た。


三原さんに気まずい思いをさせたくなくて、賄いは頼んでいない。休憩になると、近くのコンビニエンスストアで昼食を買って、バイクの傍で食べていた。
マスターやちぃの傍にいると、楽に息をつくことが出来る。胸がキリリと軋むけど、高見沢さんとは普通に話すことも出来た。
残業はするけど、三原さんと二人きりになるのは避けていた。そのくせ、こっそり横顔を見つめてしまう。


夜、話があると、マスターに言われた。マスターの部屋に入ると、肘掛け椅子に座るよう促される。
書棚には隙間なく本が並んでいて、ベッドはキチンと整えられている。少し煙草の匂いがするけど、窓が開いているので、カーテンが微かに揺れていた。
どうぞと、マグカップを渡される。フォームミルクの上には、ココアで犬が描いてあった。
マスターはデスクチェアに腰掛けて、自分のカップに口をつける。俺も一口飲んだら、好みの甘さだった。
「近々、新しいカフェがオープンするんですよ」
マスターは、渡辺グループで新たにオープンする店についての説明をはじめる。「カフェ・リンドバーグ」からあまり離れていない場所にあるようだった。スタッフは揃っているけど、オープン準備中である今、人手が足りないらしい。
「オーナーから、うちのギャルソンを一人貸して欲しいと頼まれました」
「それって、高見沢さんが行くんですか?」
「社員である高見沢くんを派遣させるのが普通なのでしょうね。ですが、私は一ノ瀬くんに行かせたいと考えています」
「俺、ですか」
足手まといになっては、推してくれたマスターに申し訳ない。困惑する俺をマスターは包み込むように見ている。
「一ノ瀬くんにとって、良い経験になると思いますよ。それに、今のあなたは気を張り過ぎて、参ってしまわないか心配です」
マスターの目からは、俺が無理をしているように見えていたのか。フラれたばかりの頃に比べれば、冷静さを取り戻せたと思っていたのに。でも、三原さんとはマトモに顔を合わせられないのも事実だ。
「俺で、いいんですか?」
「一ノ瀬くんの力量を見込んで判断しました」
「今の状況から逃げられると思うような、ずるい人間ですよ?」
「環境を変えて他のものに目を向けることは、悪いことではありません」
「分かりました。俺、役に立てるように頑張ります」
「成長して戻ってくることを期待しています」
一時は他所に出すけど、あなたの戻る場所はここですと、言われたみたいだった。俺を気に懸けるマスターの為にも、ヘルプ先で頑張ろうと誓った。2001 文字

ともや

できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……6


失恋の悲しみを抱えながら、俺はドアの前に立つ。ノックをすると、中から応じる声があった。
「どうぞ」
「失礼します」
ソロリとドアを開けて、軽やかにパソコンのキーを叩くマスターに近付く。マスターは手を休めると、気遣うような目を俺に向けた。
「すみません。明日から、しばらく休ませてください」
深々と頭を下げてからマスターを見ると、言葉が出ない様子だった。社会人として、非常識なことを言った自覚はある。
クビだ、すぐに出ていけと怒鳴られても、文句は言えない。それなのに、マスターは寂しそうに見える微笑みを浮かべる。
「分かりました。お休みの間は、どこかに出掛けるのですか?」
「はい。向かう場所は、まだ決めていませんけど」
すんなりと、休むことが許されてしまった。良かったと安心するどころか、自分のワガママが通ったことに戸惑う。
「あの、いいんですか?」
「一ノ瀬くんはずっと頑張り過ぎていましたから、羽を休めてもいいと思いますよ」
マスターの声があまりにも優しくて、目の縁が熱くなる。甘えてはいけないのに、ポロリと弱音を吐いていた。
「失恋しました。凄く辛くて、このままでは仕事に身が入らなくなりそうです」
行き場を失った恋心が大きく波打って、泣き叫びたくなる。だから、気持ちが落ち着くまでの時間が欲しい。三原さんだって、俺の顔を見たくないだろう。
「店のことは気にしないで、行ってらっしゃい」
「ありがとう、ございます」
感謝の気持ちを表すように、長い時間、俺は頭を下げた。旅から戻ったら、これまで以上に恩返しをしよう。
「あなたは、独りで傷を癒すのですね」
また、マスターは寂しそうに笑った。


自分の部屋に戻ると、早速、荷物を纏める。ジッとしていたら失恋のことで頭が一杯になりそうだったので、夜中に出発した。
好きだと伝えたことを後悔していない。でも、やっぱり気持ちを拒まれるのは悲しい。それに、三原さんを困らせてしまった。
平日の深夜、混雑とは無縁の広い道路をスイスイと走る。雨は降っていなくて、悪くない出だしだ。
海が見たい。ただ、それしかなかった。
節約したいので、高速道路は使わない。携帯端末や最新の地図を持っていないけど、何とかなる。道は繋がっているから。
少しだけ、前向きになれた。お前がいて良かった。免許を取って以来、道中苦楽を共にした相棒に感謝する。


コンビニエンスストアを見つけては休憩しながら、海岸沿いを走る。夜が明けると、バイクを停めて砂浜に降りた。
穏やかな波だから、サーファーはいない。街中に比べると、気温が低かった。塩気を含む風が、俺の髪を撫でていく。
雲がなくて、奇跡的に美しい朝日。ただただ眺めていると、胸が切なく軋む。
三原さんに見せてあげたかった。三原さんの部屋でご馳走になった時、久し振りに海に行きたいと言っていたから。
靴を脱いで、サラサラした砂を踏む。夜通し移動していたので、そのまま腰を降ろした。
陽の光を受けながら波の音を聞いていると、うつらうつらしてしまう。不思議と食欲は湧かなかった。
いつもならば、旅先で目に映る全てが旨そうに見えたのに。マスターから餞別を貰ったので、お土産を買わなくてはと思うのに。
いっそのこと、地元に帰ろうか。そのまま、職を探そうか。そんな考えもよぎったけど、逃げるにしてもマスターと会ってケジメをつけなくては駄目だ。
だから、地元とは逆の方向にバイクを走らせよう。北海道を目指すのはどうかな。フェリーに乗って、狐と会ってみたいな。
まだ恋の生傷はジクジクするけど、体で受ける潮風が気持ち良い。もう少し休んでから出発しよう。


旅をはじめた頃は、三原さんに合わせる顔がないと塞ぎ込んでいた。バイクを走らせて、誰もいない砂浜を見つけては、飽きることなく海を眺める。そんなことを繰り返していた。
海のお陰で、幾分、心が慰められた。五日目辺りから、そろそろ戻らないと無責任ではないかと考えるようになる。
まだ三原さんが好きだし、今も高見沢さんを目で追っているのかと思えば、窒息しそうなくらい苦しい。でも、やっぱり会いたい。三原さんは嫌かもしれないけど。
頑張って、吹っ切れましたと演じてみせるから。正真正銘の後輩になれるように、努力するから。
北海道は、明るい気持ちの時に行こう。旨いものを沢山食べて、狐と会うんだ。
バイクで飛び出してから一週間目の夜、最近は数が減ったせいか苦労して電話ボックスを見つける。受話器を取って、マスターとちぃそれぞれに電話を掛けた。
これから帰ると告げれば、明らかにホッとした声を出していた。気を付けて戻ってきてと言われて、俺の帰る場所は実家だけではないと思えた。1953 文字

ともや

できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……5


恋煩いは、こじらせる一方。周りに迷惑を掛けないよう、仕事中は特に注意した。大きなミスはしなかったけど、精神的に参ってしまう。
傍からも、俺が疲れているように見えるのだろう。仕事が終わると、美味しいものを食べようと、ちぃが誘ってきた。家に帰れば、マスターがカフェラテを飲ませてくれたり甘い酒やお菓子をくれたりした。
ちぃは何も聞いてこないし、マスターは励ましや慰めの言葉を掛けてこない。それでも、二人の気遣いが感じられた。
高見沢さんも、俺を心配しているみたいだ。試飲して欲しいと、ハーブティーを淹れてくれたことがある。リラックス効果があると、柔らかな笑みと共に教えてくれた。
ミントのスッキリした味と匂いに混じって、罪悪感の苦味がする。こんな優しい人に妬くなんて、自分が嫌になった。


ここ数日は残業をしていないけど、朝はいつも通りの時間に出勤していた。三原さんと二人きりだと思うと、どんなに目を逸らしても追い縋りたくなる。仕事に集中しようと、無駄に力を込めて、モップを動かした。
「進哉」
名前を呼ばれて、心臓が大きくバウンドする。三原さんがカウンターから出てきて、俺に近寄ってきた。
「体の調子、悪いんじゃねえか?」
三原さんは眉間に皺を寄せながら、俺の顔を覗き込んでくる。キスのことを思い出して、頬が燃えるように熱くなった。
「ここのところ元気がないし、残業していないじゃん。顔が赤いけど、熱あるんじゃねえの」
三原さんも、俺の様子が変だと思っていたんだ。申し訳ないと思う一方で、嬉しくさえなる。柔らかく額や頬を触られて、心臓の動きがこれまでになくオーバーワークしている。
「目が潤んで辛そうだな。これ以上悪くなる前に、病院に行った方がいいぞ。保険証はあるのか?」
「平気、です」
「無理するなって。お前が抜けても何とかなるさ」
「俺、必要じゃないんですか」
「そうじゃねえって」
三原さんは聞き分けのない子供を宥めるように、両手で俺の頬を包み込む。そんなことをされたら、好きと言う気持ちが膨れ上がって、胸が圧迫してしまいそう。
「病気じゃないんです」
「だったら、これまで溜まった疲れが出たんだ。入る筈だった会社が潰れたこと、お前が思う以上にショックだったんだよ」
違う。俺はムキになって、首を振る。
駄目だ、もう抑えきれない。俺はコックコートに包まれた二の腕を掴むと、三原さんをひたと見つめる。普通ではないと思ったのか、三原さんは後ずさった。
「好き、です」
三原さんは驚きを露わにする。俺を恋愛対象として見ていないと、すぐ分かる程に。
「お願いです、迷惑ならばフッてください」
三原さんは何か言おうと、口を開く。でも、言葉が浮かばないといった様子で目を伏せた。
「悪い」
少し沈黙があった後、三原さんはそれだけを告げる。うん、分かっていた。掴んだ腕を離すと、三原さんは小さく身動ぎをする。
すみません。俺は頭を下げてから、掃除の続きに取り掛かった。
先程のことは大したことではないと演じるのは難しい。でも、失恋の痛みを表に出しては駄目だ。せめて、今日だけは。
フッてくれたことに感謝しよう。変な期待をすることなく、気持ちの整理が出来るようにしてくれたのだから。1353 文字

ともや

できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……4


三原さんは唇を奪われたことに気付いていないようだった。後ろめたい気持ちで一杯の俺に対して、拍子抜けするくらい明るい笑顔で接してくる。バレなくて良かったと安心する一方で、膨れ上がる想いを知って欲しくなった。
三原さんを困らせるだけだから、好きとは言えない。でも、気持ちを抑え続けるのには限度がある。枷が外れたら、またキスをしてしまう。


「今日、予定はあるのか?」
朝、フロアを掃除していたら、三原さんに声を掛けられた。みるみる胸が熱くなって、鼓動が激しさを増す。
「仕事が終わったら、飯食いに来いよ」
行きたいと、本当は即答したい。でも、俺は振り切るように、首を振る。
「すみません。マスターにコーヒーの淹れ方を教えて貰う約束をしているんです」
「勉強熱心な奴だな。上達したら、オレにご馳走してくれよ」
「すみません」
「何度も謝るなって」
違うんです。嘘をついて、すみません。モップの柄を握りながら、俺の頭を撫でる三原さんを見つめていた。


仕事が終わって、目的もなくバイクを走らせる。タンクトップから剥き出しの腕に、夜風がヒヤリと冷たい。
これまでならば、バイクに乗ると苛立ちや沈んだ気持ちが慰められた。それなのに、三原さんのことばかり考えてしまう。そして、高見沢さんが羨ましくて、恨めしかった。
心が乱れた状態で運転をするのは危険だ。今夜のツーリングを切り上げようと決めて、途中でコンビニエンスストアに寄る。
夕飯を買って帰れば、マスターは既に戻っているようだった。音を立てないように注意しながら、自分の部屋に入る。
灯りと点けると、殺風景な室内が映し出された。フローリングにペタッと座ると、三原さんが作るものとは比較にもならないサンドイッチをオレンジジュースで流し込む。一気に食べ終わって、一つ溜息をついた時、ドアをノックされた。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
マスターが部屋に入ってきたので、簡単な夕食で出たゴミを片付けて、居住まいを正した。マスターは、医者が診察するような目で俺を見る。
「ここ最近、何かありましたか」
そんなことはないと答えるには、動揺が大きく出ていた。マスターには隠せないと観念して、俺はうな垂れる。
「その、すみません」
「謝ることはありませんよ。私が勝手に心配しているだけですから」
俺は謝ってばかりだ。あまりの情けなさに、膝の上に載せた手に力を込める。
「好きな人に、俺だけを見て欲しい」
三原さんは、いつも俺にスキンシップをしてくる。その度にドキドキするけど、心は高見沢さんを追っていると思えば息苦しくなった。
もし、俺から触れたら、笑顔で受け止めてくれるだろうか。俺の気持ちを知った途端、伸ばした手を拒まれそうで怖い。
「すみません、変なことを言いました」
包むようなマスターの眼差しに甘えて、願望を口に出してしまった。マスターの表情は、秋の晴れた日みたいに穏やか。
「夕食は、それだけでしたか」
マスターは、俺の脇に置いたコンビニエンスストアの小さな袋を目で示す。胸の締め付けがきつくて食欲がないと言っては、心配されるだろうか。マスターは俺の手を取って、立ち上がらせた。
「コーヒーを淹れるので一緒にどうかと、誘おうとしたところです。知人からクッキーが届いたので、いただきましょうね」
「……はい」
俺の手を掴むマスターの手は、少し冷たく感じる。でも、夜風の素っ気なさとは違って心地良かった。1438 文字

ともや

できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……3


俺は本来の時間よりも早く出勤し、残業もしている。世話になっているマスターに恩返しをしたくてはじめたことだけど、今では目的が変わってきていた。
パティシエの三原さんは仕込みの為、店に来るのが誰よりも早く、帰るのは一番遅い。だから、三原さんと一緒にいる時間が自然と長くなった。
高見沢さんへの想いを吐き出して以来、三原さんは前よりも気安く俺に接するようになった。これくらい入るだろうと、出勤してすぐに、おにぎりやサンドイッチをくれることがあった。仕事の後、三原さんの家に招かれて、夕飯をご馳走になることも増えた。
三原さんの作るものは旨いから、食事は楽しみ。何も食べられなかったとしても、三原さんと過ごせればそれで良かった。
学生時代の話、パティシエ修行中の話、工房で働いていた頃の話。どれを聞いても楽しかったし、笑いを堪えきれない様子で話す姿を見ると嬉しくなった。
三原さんは、俺の話を聞きたがる。口下手なりに色々と伝えれば、見守るような目で耳を傾けていた。
バイクの話をすると、三原さんは興味津々に身を乗り出す。二輪の免許を持っていると知って、一緒にツーリングしたら楽しそうだと夢想した。
でも、三原さんがこんな風に過ごしたい相手は俺なんかではない。高見沢さんのことを考えると、水気を含んだ雲が一面を覆うように気分が沈む。
「お前と飯を食うのは楽しいな」
三原さんは、俺を無害な子犬だと思って油断している。ずっと消えないままの嫉妬心があることを知っても、一緒に食事をしてくれるのだろうか。
明るくて、面倒見が良くて、旨いものを作ってくれる人。これが「カフェ・リンドバーグ」で働きはじめた頃、三原さんに抱いた印象だ。三原さんに纏わるエピソードや癖、部屋にあるアイテムで好みを知っていく。
じゃれつくように抱き着かれて、可愛がるように頭を撫でられる。三原さんは、俺を不器用で放っておけない後輩として見ている。でも、俺は三原さんを独り占めしたいくらい好き。


今日も、三原さんの手料理をご馳走になる。たまには和食も食べたいだろうと、親子丼を作ってくれた。デザートのオレンジゼリーは、舌触りが滑らかで、果汁の甘酸っぱさが片想いする胸に沁みる。
皿が全て空になって、会話が途切れる。本当は前から言いたかったけど、出しゃばった真似をしていいのか迷っていた。でも、何度もお邪魔しているから、そろそろ大丈夫だろう。
「あの、皿、洗います」
「いいって。今日も沢山働いたんだから寛いでいろよ」
「いつも旨いもの食べさせて貰っているから、お礼がしたいです。本当ならば、材料費を出すべきなんでしょうけど」
「高級な食材を使っている訳じゃないし、お前はよく食うけど、金はそんなに掛かっていないよ。まあ、お前がそういうなら、お願いするかな」
三原さんは食器運びまでは手伝って、後は任せたというように、俺の肩を叩いた。俺はシンクの前に立つと、スポンジに洗剤を含ませる。
今夜は丼ものだったし、三原さんは料理の合間に使い終わったものを片付けていたので、洗い物が少ない。道具や調味料は、所定の場所に納められてある。
丁寧に洗って、食器カゴに入れた。シンクの縁を布巾で拭ってから、三原さんのところに戻る。
あまり時間は掛かっていなかったと思うけど、三原さんはベッドに寄り掛かってうたた寝していた。朝早くから働いているので、無理もない。
ただ、日中は気温が高いけど、夜になると肌寒くなる。このまま寝ては、風邪を引いてしまうかも。
三原さんを起こそうとして、俺はしゃがむと肩を揺すろうとした。でも、気持ち良さそうな寝顔に見入ってしまう。
普段は男らしくて格好良いけど、少し口が開いて可愛い。フッと口が緩んでしまう。
俺の前では、こんな風にリラックスして欲しい。辛そうな顔を見ると、俺まで悲しくなるから。
好き。口から想いを零さないように努めた。でも、体は勝手に動く。
顔を寄せて、三原さんの唇にキスをした。温かい。うっとりした気分に浸った後、とんでもないことをしたと反省する。
余程疲れていたのか、三原さんは今も寝息を立てている。俺はホッとすると、音を立てないように注意して、部屋を出た。逃げるように、バイクを停めた場所へ向かう。
ドアに鍵が掛かっていない状態だけど、大丈夫だろうか。せめて、毛布を掛けてあげれば良かった。
バイクに跨って、いつもよりスピードを出す。今も、唇にキスの感触が残っている。鼓動を激しくするのは、キスしたことへの興奮と罪悪感だ。1875 文字

ともや

できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……2


「一ノ瀬くんは、最後に髪をカットしたのはいつなの?」
店を閉めて、テラス席を掃除している時だった。高見沢さんが椅子の位置を直しながら聞いてくる。
この頃、邪魔だと思っていた。俺は前髪を引っ張って、高見沢さんの質問に答える。
「大学を卒業してからは切っていません」
「君は色々と大変だったようだからね」
高見沢さんは気遣うような口調の後、柔らかく微笑む。就職する筈だった会社が倒産し、住む場所がなくなった事情を知っているからだろう。今は寝床と働く場所があるから、周りが心配する程、落ち込んではいない。
「そろそろ、切った方がいいですよね」
「一ノ瀬くんは伸びたままでもむさ苦しくは見えないだろうけれど、間もなく30度近くになりそうだからね」
暑いのは平気だけど、接客業だからスッキリさせた方がいい。今度の休みに、大学時代に行っていたところで切ってこようかな。
「ぼくの行きつけの美容院は、良心的な値段だよ。お友達招待券があるから、良かったら使ってみるかい?」
前髪を摘まんだまま考え込む俺を見て、高見沢さんが声を掛けてくる。友達という単語に照れくささを感じながら、俺は返事に迷った。
美容院には、お洒落なイメージがある。俺みたいな奴が行ったら、浮いてしまわないだろうか。
「初めて行くお店って、緊張するよね。ぼくも一緒に行くかい?」
「いいんですか」
「うん。近いうち、カットしたいと思っていたから」
「それでは、よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、早速、行く日を相談する。共に、次の休みが空いていた。
高見沢さんと店の外で会うのは初めてなので、ドキドキする。待ち合わせの場所と時間をメモしながら、楽しい日が過ごせればいいと思った。。


「髪、切ったんだな」
休み明けの出勤日。フロアに顔を出すと、三原さんは俺に変化に気付いてくれた。
俺はコクッと頷きながら、短くなった襟足を撫でる。いつもより、髪の触り心地が良い。
高見沢さんに連れて行って貰った美容院は、白を基調とした清潔感のある店だった。短くなればいいとだけ思っていたけど、シャンプーだけではなく、トリートメントまでして貰った。招待券のお陰もあるけど、思っていたより安く済んだ。
「男前になったじゃん」
三原さんはニカッと笑いながら、俺の頭をひと撫でする。男前は言い過ぎだけど、誉められて嬉しい。


フロアのモップ掛けが済んで少し経った頃、高見沢さんがフロアに顔を出す。俺はテーブルを拭く手を止めて、高見沢さんに近付いた。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「こちらこそ、お茶に付き合ってくれてありがとう。機会があったら、また行こう」
「はい」
高見沢さんはフワリと微笑んでから、鉢植えに水を与えはじめる。俺も、仕事の続きに取り掛かろうとした。
視線を感じて、カウンターに目を向ける。三原さんはハッとした顔になった後、不自然な様子でオーブンと向き合った。


今日も自主的に残業をして、やることがなくなったので帰ろうとする。俺はカウンターに寄ると、三原さんに声を掛けた。
「お先に失礼します」
「あのさ。お前って、休みに司と出掛けたのか」
唐突に問われてビックリした後、昨日のことを三原さんに教える。伸び放題だった俺の髪を気に懸け、高見沢さんが美容院に連れて行ってくれたこと。その後、紅茶をメインに扱うカフェで少し遅い昼食を摂ったこと。
俺の拙い話に耳を傾ける間、三原さんはずっと黙っていた。これまでならば、笑顔で相槌を打ったり興味深そうに先を促したりしてくれたのに。いつもの三原さんと違うと思いながら、漠然とある可能性が浮かんだ。
「アイツ、お前と出掛けて楽しかったみたいだな」
そんな悲しそうに笑わないで。胸がキュッと締め付けられて、息をするのが辛い。ジッと見つめていると、三原さんが観念したように肩を落とした。
「オレ、司に惚れているんだ」
ああ、やっぱり。男が男に惚れていると聞いたのに、すんなりと納得する。
「玉砕覚悟で告白したら、一応、OKは貰えた。でも、恋人として受け入れてはくれなかった」
三原さんは自分を戒めるように、ペチッと額を叩く。それから取り繕うように、俺に笑い掛けてきた。
「悪い、変な話を聞かせちまったな」
俺は、小さく首を振る。高見沢さんは、とても綺麗で、間近で微笑まれると俺でもドキリとする。
「オレがあまりにも必死だったから、断れなかったのかな。実際のところ、心と体が伴っていなかったみたいだし」
「体って……」
「生々しい話になるけど、欲情してアイツを求めたんだよ」
三原さんの答えを聞いて、一瞬にして顔が熱くなった。それと同時に、形容しがたい燻りが胸の内に生まれる。
何だ、これ。すぐに消してしまいたくて、無意味にシャツの胸元を擦る。
「もし、俺が三原さんに好きって言われたら、嬉しいけど」
俺は、何を言っているのだろう。嫌だな、胸のモヤモヤがまだ残っている。三原さんは俺から目を逸らすと、気まずそうに頭を掻いた。
「お前って、いい奴だな。司と出掛けたって聞いて嫉妬して、馬鹿みたいだ」
俺がブンブンと首を振ると、三原さんが頭を撫でてくる。好きな人が他の奴と仲良くしたら、嫉妬するのは当たり前だ。チリチリと、仄暗い感情が燃えるように。
それは今、俺の胸で宿しているもの。こんなもの、三原さんに知られたくない。2231 文字

ともや

できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……1


「カフェ・リンドバーグ」での仕事に慣れて、周りに目を向ける余裕が出来たせいだろうか。最近、三原さんの高見沢さんに向ける眼差しが気になる。
俺には理解出来ない、熱っぽさと一途さ。怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える表情。
二人は、「カフェ・リンドバーグ」を立ち上げる頃からの付き合いらしい。喧嘩しているようには見えないし、仲の良い同僚という感じだ。
俺は首を傾げながら、三原さんの眼差しを追い掛ける。その先には、決まって美しい人がいた。どうしてだろう、こっちも見てと思ってしまう。


ロッカー室で鏡と睨めっこしながら、身だしなみをチェックする。髪は跳ねていないし、タイは曲がっていない。
よしと頷いて、俺はフロアに向かう。ドアを開けると、マフィンの匂いと共に三原さんの笑顔で迎えられた。
「おはよう、ございます」
「おはよ」
焼きたてのお菓子みたいに、心をほこっとさせる笑顔。つられて口元が綻ぶけど、仲間外れされた気分にもなる。
俺も、あんな風に見られたいのかな。でも、実際にされたら困る気もする。
三原さんにペコッと頭を下げて、隅からモップで床を磨く。チラリとカウンターを見れば、ケーキの飾り付けをしているのだろうか。ここから手元は見えないけど、旨くなる魔法を掛けているみたいだ。
三原さんは時々、手を止めては、コソッと溜息をつくことがある。溜息の理由に、高見沢さんは関係あるのかな。
嫌だな、それでは高見沢さんが悪いみたいではないか。あんなにも優しくて、仕事が出来る人はいないのに。
只でさえドジなのに、仕事中に考えごとをしている場合ではなかった。前に柱があることに気付かないで、ゴンと鈍い音を立てて衝突してしまう。
小さく呻きながら額を擦っていると、カウンターから大きな笑い声がした。三原さんが腹を抱えて笑っているらしい。自分が悪いと分かっているけど、あんなに笑わなくてもいいのに。
「凄い音がしたけど平気か?」
「はい。俺、頑丈ですから」
三原さんは笑いを堪えながら、犬を呼ぶように手招きする。何だろうと思いながら、俺はモップ片手にカウンターへ近付いた。
「ちょっと赤くなっているな」
こちらにニュッと伸びた腕はガッシリしている。優しく額に触れる手は、大きくて温かい。
「痛いの、痛いの、飛んでいけ」
悪気はないのは承知で、俺は子供扱いされたと唇を尖らせる。三原さんは俺の頭をわしゃっと撫でた後、ニカッと笑った。
「あとは、旨いもんを食えばOKだな」
三原さんはトングを持つと、カウンターで粗熱を取っていたマフィンの一つを皿に載せる。ほらと差し出されて、俺は三原さんと皿を交互に見た。今日のマフィンは、ナッツの香ばしい匂いがする。
「食えよ。ちょっと焦げているけど、痛みの特効薬だ」
素直に嬉しかったので、俺は頭を下げてから受け取る。商品として並ぶものと比べれば、焼き色がやや濃い。食べるには問題がないし、匂いがより香ばしく感じた。
慎重に包み紙を剥がして、マフィンにかぶりつく。温かなお菓子の味は、つまらないことが吹き飛ぶくらい旨かった。1295 文字