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カフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。

##カフェ・リンドバーグ ##小説

指先が届くまで、あと……2


「一ノ瀬くんは、最後に髪をカットしたのはいつなの?」
店を閉めて、テラス席を掃除している時だった。高見沢さんが椅子の位置を直しながら聞いてくる。
この頃、邪魔だと思っていた。俺は前髪を引っ張って、高見沢さんの質問に答える。
「大学を卒業してからは切っていません」
「君は色々と大変だったようだからね」
高見沢さんは気遣うような口調の後、柔らかく微笑む。就職する筈だった会社が倒産し、住む場所がなくなった事情を知っているからだろう。今は寝床と働く場所があるから、周りが心配する程、落ち込んではいない。
「そろそろ、切った方がいいですよね」
「一ノ瀬くんは伸びたままでもむさ苦しくは見えないだろうけれど、間もなく30度近くになりそうだからね」
暑いのは平気だけど、接客業だからスッキリさせた方がいい。今度の休みに、大学時代に行っていたところで切ってこようかな。
「ぼくの行きつけの美容院は、良心的な値段だよ。お友達招待券があるから、良かったら使ってみるかい?」
前髪を摘まんだまま考え込む俺を見て、高見沢さんが声を掛けてくる。友達という単語に照れくささを感じながら、俺は返事に迷った。
美容院には、お洒落なイメージがある。俺みたいな奴が行ったら、浮いてしまわないだろうか。
「初めて行くお店って、緊張するよね。ぼくも一緒に行くかい?」
「いいんですか」
「うん。近いうち、カットしたいと思っていたから」
「それでは、よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、早速、行く日を相談する。共に、次の休みが空いていた。
高見沢さんと店の外で会うのは初めてなので、ドキドキする。待ち合わせの場所と時間をメモしながら、楽しい日が過ごせればいいと思った。。


「髪、切ったんだな」
休み明けの出勤日。フロアに顔を出すと、三原さんは俺に変化に気付いてくれた。
俺はコクッと頷きながら、短くなった襟足を撫でる。いつもより、髪の触り心地が良い。
高見沢さんに連れて行って貰った美容院は、白を基調とした清潔感のある店だった。短くなればいいとだけ思っていたけど、シャンプーだけではなく、トリートメントまでして貰った。招待券のお陰もあるけど、思っていたより安く済んだ。
「男前になったじゃん」
三原さんはニカッと笑いながら、俺の頭をひと撫でする。男前は言い過ぎだけど、誉められて嬉しい。


フロアのモップ掛けが済んで少し経った頃、高見沢さんがフロアに顔を出す。俺はテーブルを拭く手を止めて、高見沢さんに近付いた。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「こちらこそ、お茶に付き合ってくれてありがとう。機会があったら、また行こう」
「はい」
高見沢さんはフワリと微笑んでから、鉢植えに水を与えはじめる。俺も、仕事の続きに取り掛かろうとした。
視線を感じて、カウンターに目を向ける。三原さんはハッとした顔になった後、不自然な様子でオーブンと向き合った。


今日も自主的に残業をして、やることがなくなったので帰ろうとする。俺はカウンターに寄ると、三原さんに声を掛けた。
「お先に失礼します」
「あのさ。お前って、休みに司と出掛けたのか」
唐突に問われてビックリした後、昨日のことを三原さんに教える。伸び放題だった俺の髪を気に懸け、高見沢さんが美容院に連れて行ってくれたこと。その後、紅茶をメインに扱うカフェで少し遅い昼食を摂ったこと。
俺の拙い話に耳を傾ける間、三原さんはずっと黙っていた。これまでならば、笑顔で相槌を打ったり興味深そうに先を促したりしてくれたのに。いつもの三原さんと違うと思いながら、漠然とある可能性が浮かんだ。
「アイツ、お前と出掛けて楽しかったみたいだな」
そんな悲しそうに笑わないで。胸がキュッと締め付けられて、息をするのが辛い。ジッと見つめていると、三原さんが観念したように肩を落とした。
「オレ、司に惚れているんだ」
ああ、やっぱり。男が男に惚れていると聞いたのに、すんなりと納得する。
「玉砕覚悟で告白したら、一応、OKは貰えた。でも、恋人として受け入れてはくれなかった」
三原さんは自分を戒めるように、ペチッと額を叩く。それから取り繕うように、俺に笑い掛けてきた。
「悪い、変な話を聞かせちまったな」
俺は、小さく首を振る。高見沢さんは、とても綺麗で、間近で微笑まれると俺でもドキリとする。
「オレがあまりにも必死だったから、断れなかったのかな。実際のところ、心と体が伴っていなかったみたいだし」
「体って……」
「生々しい話になるけど、欲情してアイツを求めたんだよ」
三原さんの答えを聞いて、一瞬にして顔が熱くなった。それと同時に、形容しがたい燻りが胸の内に生まれる。
何だ、これ。すぐに消してしまいたくて、無意味にシャツの胸元を擦る。
「もし、俺が三原さんに好きって言われたら、嬉しいけど」
俺は、何を言っているのだろう。嫌だな、胸のモヤモヤがまだ残っている。三原さんは俺から目を逸らすと、気まずそうに頭を掻いた。
「お前って、いい奴だな。司と出掛けたって聞いて嫉妬して、馬鹿みたいだ」
俺がブンブンと首を振ると、三原さんが頭を撫でてくる。好きな人が他の奴と仲良くしたら、嫉妬するのは当たり前だ。チリチリと、仄暗い感情が燃えるように。
それは今、俺の胸で宿しているもの。こんなもの、三原さんに知られたくない。
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できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……5


恋煩いは、こじらせる一方。周りに迷惑を掛けないよう、仕事中は特に注意した。大きなミスはしなかったけど、精神的に参ってしまう。
傍からも、俺が疲れているように見えるのだろう。仕事が終わると、美味しいものを食べようと、ちぃが誘ってきた。家に帰れば、マスターがカフェラテを飲ませてくれたり甘い酒やお菓子をくれたりした。
ちぃは何も聞いてこないし、マスターは励ましや慰めの言葉を掛けてこない。それでも、二人の気遣いが感じられた。
高見沢さんも、俺を心配しているみたいだ。試飲して欲しいと、ハーブティーを淹れてくれたことがある。リラックス効果があると、柔らかな笑みと共に教えてくれた。
ミントのスッキリした味と匂いに混じって、罪悪感の苦味がする。こんな優しい人に妬くなんて、自分が嫌になった。


ここ数日は残業をしていないけど、朝はいつも通りの時間に出勤していた。三原さんと二人きりだと思うと、どんなに目を逸らしても追い縋りたくなる。仕事に集中しようと、無駄に力を込めて、モップを動かした。
「進哉」
名前を呼ばれて、心臓が大きくバウンドする。三原さんがカウンターから出てきて、俺に近寄ってきた。
「体の調子、悪いんじゃねえか?」
三原さんは眉間に皺を寄せながら、俺の顔を覗き込んでくる。キスのことを思い出して、頬が燃えるように熱くなった。
「ここのところ元気がないし、残業していないじゃん。顔が赤いけど、熱あるんじゃねえの」
三原さんも、俺の様子が変だと思っていたんだ。申し訳ないと思う一方で、嬉しくさえなる。柔らかく額や頬を触られて、心臓の動きがこれまでになくオーバーワークしている。
「目が潤んで辛そうだな。これ以上悪くなる前に、病院に行った方がいいぞ。保険証はあるのか?」
「平気、です」
「無理するなって。お前が抜けても何とかなるさ」
「俺、必要じゃないんですか」
「そうじゃねえって」
三原さんは聞き分けのない子供を宥めるように、両手で俺の頬を包み込む。そんなことをされたら、好きと言う気持ちが膨れ上がって、胸が圧迫してしまいそう。
「病気じゃないんです」
「だったら、これまで溜まった疲れが出たんだ。入る筈だった会社が潰れたこと、お前が思う以上にショックだったんだよ」
違う。俺はムキになって、首を振る。
駄目だ、もう抑えきれない。俺はコックコートに包まれた二の腕を掴むと、三原さんをひたと見つめる。普通ではないと思ったのか、三原さんは後ずさった。
「好き、です」
三原さんは驚きを露わにする。俺を恋愛対象として見ていないと、すぐ分かる程に。
「お願いです、迷惑ならばフッてください」
三原さんは何か言おうと、口を開く。でも、言葉が浮かばないといった様子で目を伏せた。
「悪い」
少し沈黙があった後、三原さんはそれだけを告げる。うん、分かっていた。掴んだ腕を離すと、三原さんは小さく身動ぎをする。
すみません。俺は頭を下げてから、掃除の続きに取り掛かった。
先程のことは大したことではないと演じるのは難しい。でも、失恋の痛みを表に出しては駄目だ。せめて、今日だけは。
フッてくれたことに感謝しよう。変な期待をすることなく、気持ちの整理が出来るようにしてくれたのだから。1353 文字

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できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……4


三原さんは唇を奪われたことに気付いていないようだった。後ろめたい気持ちで一杯の俺に対して、拍子抜けするくらい明るい笑顔で接してくる。バレなくて良かったと安心する一方で、膨れ上がる想いを知って欲しくなった。
三原さんを困らせるだけだから、好きとは言えない。でも、気持ちを抑え続けるのには限度がある。枷が外れたら、またキスをしてしまう。


「今日、予定はあるのか?」
朝、フロアを掃除していたら、三原さんに声を掛けられた。みるみる胸が熱くなって、鼓動が激しさを増す。
「仕事が終わったら、飯食いに来いよ」
行きたいと、本当は即答したい。でも、俺は振り切るように、首を振る。
「すみません。マスターにコーヒーの淹れ方を教えて貰う約束をしているんです」
「勉強熱心な奴だな。上達したら、オレにご馳走してくれよ」
「すみません」
「何度も謝るなって」
違うんです。嘘をついて、すみません。モップの柄を握りながら、俺の頭を撫でる三原さんを見つめていた。


仕事が終わって、目的もなくバイクを走らせる。タンクトップから剥き出しの腕に、夜風がヒヤリと冷たい。
これまでならば、バイクに乗ると苛立ちや沈んだ気持ちが慰められた。それなのに、三原さんのことばかり考えてしまう。そして、高見沢さんが羨ましくて、恨めしかった。
心が乱れた状態で運転をするのは危険だ。今夜のツーリングを切り上げようと決めて、途中でコンビニエンスストアに寄る。
夕飯を買って帰れば、マスターは既に戻っているようだった。音を立てないように注意しながら、自分の部屋に入る。
灯りと点けると、殺風景な室内が映し出された。フローリングにペタッと座ると、三原さんが作るものとは比較にもならないサンドイッチをオレンジジュースで流し込む。一気に食べ終わって、一つ溜息をついた時、ドアをノックされた。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
マスターが部屋に入ってきたので、簡単な夕食で出たゴミを片付けて、居住まいを正した。マスターは、医者が診察するような目で俺を見る。
「ここ最近、何かありましたか」
そんなことはないと答えるには、動揺が大きく出ていた。マスターには隠せないと観念して、俺はうな垂れる。
「その、すみません」
「謝ることはありませんよ。私が勝手に心配しているだけですから」
俺は謝ってばかりだ。あまりの情けなさに、膝の上に載せた手に力を込める。
「好きな人に、俺だけを見て欲しい」
三原さんは、いつも俺にスキンシップをしてくる。その度にドキドキするけど、心は高見沢さんを追っていると思えば息苦しくなった。
もし、俺から触れたら、笑顔で受け止めてくれるだろうか。俺の気持ちを知った途端、伸ばした手を拒まれそうで怖い。
「すみません、変なことを言いました」
包むようなマスターの眼差しに甘えて、願望を口に出してしまった。マスターの表情は、秋の晴れた日みたいに穏やか。
「夕食は、それだけでしたか」
マスターは、俺の脇に置いたコンビニエンスストアの小さな袋を目で示す。胸の締め付けがきつくて食欲がないと言っては、心配されるだろうか。マスターは俺の手を取って、立ち上がらせた。
「コーヒーを淹れるので一緒にどうかと、誘おうとしたところです。知人からクッキーが届いたので、いただきましょうね」
「……はい」
俺の手を掴むマスターの手は、少し冷たく感じる。でも、夜風の素っ気なさとは違って心地良かった。1438 文字

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できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……3


俺は本来の時間よりも早く出勤し、残業もしている。世話になっているマスターに恩返しをしたくてはじめたことだけど、今では目的が変わってきていた。
パティシエの三原さんは仕込みの為、店に来るのが誰よりも早く、帰るのは一番遅い。だから、三原さんと一緒にいる時間が自然と長くなった。
高見沢さんへの想いを吐き出して以来、三原さんは前よりも気安く俺に接するようになった。これくらい入るだろうと、出勤してすぐに、おにぎりやサンドイッチをくれることがあった。仕事の後、三原さんの家に招かれて、夕飯をご馳走になることも増えた。
三原さんの作るものは旨いから、食事は楽しみ。何も食べられなかったとしても、三原さんと過ごせればそれで良かった。
学生時代の話、パティシエ修行中の話、工房で働いていた頃の話。どれを聞いても楽しかったし、笑いを堪えきれない様子で話す姿を見ると嬉しくなった。
三原さんは、俺の話を聞きたがる。口下手なりに色々と伝えれば、見守るような目で耳を傾けていた。
バイクの話をすると、三原さんは興味津々に身を乗り出す。二輪の免許を持っていると知って、一緒にツーリングしたら楽しそうだと夢想した。
でも、三原さんがこんな風に過ごしたい相手は俺なんかではない。高見沢さんのことを考えると、水気を含んだ雲が一面を覆うように気分が沈む。
「お前と飯を食うのは楽しいな」
三原さんは、俺を無害な子犬だと思って油断している。ずっと消えないままの嫉妬心があることを知っても、一緒に食事をしてくれるのだろうか。
明るくて、面倒見が良くて、旨いものを作ってくれる人。これが「カフェ・リンドバーグ」で働きはじめた頃、三原さんに抱いた印象だ。三原さんに纏わるエピソードや癖、部屋にあるアイテムで好みを知っていく。
じゃれつくように抱き着かれて、可愛がるように頭を撫でられる。三原さんは、俺を不器用で放っておけない後輩として見ている。でも、俺は三原さんを独り占めしたいくらい好き。


今日も、三原さんの手料理をご馳走になる。たまには和食も食べたいだろうと、親子丼を作ってくれた。デザートのオレンジゼリーは、舌触りが滑らかで、果汁の甘酸っぱさが片想いする胸に沁みる。
皿が全て空になって、会話が途切れる。本当は前から言いたかったけど、出しゃばった真似をしていいのか迷っていた。でも、何度もお邪魔しているから、そろそろ大丈夫だろう。
「あの、皿、洗います」
「いいって。今日も沢山働いたんだから寛いでいろよ」
「いつも旨いもの食べさせて貰っているから、お礼がしたいです。本当ならば、材料費を出すべきなんでしょうけど」
「高級な食材を使っている訳じゃないし、お前はよく食うけど、金はそんなに掛かっていないよ。まあ、お前がそういうなら、お願いするかな」
三原さんは食器運びまでは手伝って、後は任せたというように、俺の肩を叩いた。俺はシンクの前に立つと、スポンジに洗剤を含ませる。
今夜は丼ものだったし、三原さんは料理の合間に使い終わったものを片付けていたので、洗い物が少ない。道具や調味料は、所定の場所に納められてある。
丁寧に洗って、食器カゴに入れた。シンクの縁を布巾で拭ってから、三原さんのところに戻る。
あまり時間は掛かっていなかったと思うけど、三原さんはベッドに寄り掛かってうたた寝していた。朝早くから働いているので、無理もない。
ただ、日中は気温が高いけど、夜になると肌寒くなる。このまま寝ては、風邪を引いてしまうかも。
三原さんを起こそうとして、俺はしゃがむと肩を揺すろうとした。でも、気持ち良さそうな寝顔に見入ってしまう。
普段は男らしくて格好良いけど、少し口が開いて可愛い。フッと口が緩んでしまう。
俺の前では、こんな風にリラックスして欲しい。辛そうな顔を見ると、俺まで悲しくなるから。
好き。口から想いを零さないように努めた。でも、体は勝手に動く。
顔を寄せて、三原さんの唇にキスをした。温かい。うっとりした気分に浸った後、とんでもないことをしたと反省する。
余程疲れていたのか、三原さんは今も寝息を立てている。俺はホッとすると、音を立てないように注意して、部屋を出た。逃げるように、バイクを停めた場所へ向かう。
ドアに鍵が掛かっていない状態だけど、大丈夫だろうか。せめて、毛布を掛けてあげれば良かった。
バイクに跨って、いつもよりスピードを出す。今も、唇にキスの感触が残っている。鼓動を激しくするのは、キスしたことへの興奮と罪悪感だ。1875 文字

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できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……2


「一ノ瀬くんは、最後に髪をカットしたのはいつなの?」
店を閉めて、テラス席を掃除している時だった。高見沢さんが椅子の位置を直しながら聞いてくる。
この頃、邪魔だと思っていた。俺は前髪を引っ張って、高見沢さんの質問に答える。
「大学を卒業してからは切っていません」
「君は色々と大変だったようだからね」
高見沢さんは気遣うような口調の後、柔らかく微笑む。就職する筈だった会社が倒産し、住む場所がなくなった事情を知っているからだろう。今は寝床と働く場所があるから、周りが心配する程、落ち込んではいない。
「そろそろ、切った方がいいですよね」
「一ノ瀬くんは伸びたままでもむさ苦しくは見えないだろうけれど、間もなく30度近くになりそうだからね」
暑いのは平気だけど、接客業だからスッキリさせた方がいい。今度の休みに、大学時代に行っていたところで切ってこようかな。
「ぼくの行きつけの美容院は、良心的な値段だよ。お友達招待券があるから、良かったら使ってみるかい?」
前髪を摘まんだまま考え込む俺を見て、高見沢さんが声を掛けてくる。友達という単語に照れくささを感じながら、俺は返事に迷った。
美容院には、お洒落なイメージがある。俺みたいな奴が行ったら、浮いてしまわないだろうか。
「初めて行くお店って、緊張するよね。ぼくも一緒に行くかい?」
「いいんですか」
「うん。近いうち、カットしたいと思っていたから」
「それでは、よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、早速、行く日を相談する。共に、次の休みが空いていた。
高見沢さんと店の外で会うのは初めてなので、ドキドキする。待ち合わせの場所と時間をメモしながら、楽しい日が過ごせればいいと思った。。


「髪、切ったんだな」
休み明けの出勤日。フロアに顔を出すと、三原さんは俺に変化に気付いてくれた。
俺はコクッと頷きながら、短くなった襟足を撫でる。いつもより、髪の触り心地が良い。
高見沢さんに連れて行って貰った美容院は、白を基調とした清潔感のある店だった。短くなればいいとだけ思っていたけど、シャンプーだけではなく、トリートメントまでして貰った。招待券のお陰もあるけど、思っていたより安く済んだ。
「男前になったじゃん」
三原さんはニカッと笑いながら、俺の頭をひと撫でする。男前は言い過ぎだけど、誉められて嬉しい。


フロアのモップ掛けが済んで少し経った頃、高見沢さんがフロアに顔を出す。俺はテーブルを拭く手を止めて、高見沢さんに近付いた。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「こちらこそ、お茶に付き合ってくれてありがとう。機会があったら、また行こう」
「はい」
高見沢さんはフワリと微笑んでから、鉢植えに水を与えはじめる。俺も、仕事の続きに取り掛かろうとした。
視線を感じて、カウンターに目を向ける。三原さんはハッとした顔になった後、不自然な様子でオーブンと向き合った。


今日も自主的に残業をして、やることがなくなったので帰ろうとする。俺はカウンターに寄ると、三原さんに声を掛けた。
「お先に失礼します」
「あのさ。お前って、休みに司と出掛けたのか」
唐突に問われてビックリした後、昨日のことを三原さんに教える。伸び放題だった俺の髪を気に懸け、高見沢さんが美容院に連れて行ってくれたこと。その後、紅茶をメインに扱うカフェで少し遅い昼食を摂ったこと。
俺の拙い話に耳を傾ける間、三原さんはずっと黙っていた。これまでならば、笑顔で相槌を打ったり興味深そうに先を促したりしてくれたのに。いつもの三原さんと違うと思いながら、漠然とある可能性が浮かんだ。
「アイツ、お前と出掛けて楽しかったみたいだな」
そんな悲しそうに笑わないで。胸がキュッと締め付けられて、息をするのが辛い。ジッと見つめていると、三原さんが観念したように肩を落とした。
「オレ、司に惚れているんだ」
ああ、やっぱり。男が男に惚れていると聞いたのに、すんなりと納得する。
「玉砕覚悟で告白したら、一応、OKは貰えた。でも、恋人として受け入れてはくれなかった」
三原さんは自分を戒めるように、ペチッと額を叩く。それから取り繕うように、俺に笑い掛けてきた。
「悪い、変な話を聞かせちまったな」
俺は、小さく首を振る。高見沢さんは、とても綺麗で、間近で微笑まれると俺でもドキリとする。
「オレがあまりにも必死だったから、断れなかったのかな。実際のところ、心と体が伴っていなかったみたいだし」
「体って……」
「生々しい話になるけど、欲情してアイツを求めたんだよ」
三原さんの答えを聞いて、一瞬にして顔が熱くなった。それと同時に、形容しがたい燻りが胸の内に生まれる。
何だ、これ。すぐに消してしまいたくて、無意味にシャツの胸元を擦る。
「もし、俺が三原さんに好きって言われたら、嬉しいけど」
俺は、何を言っているのだろう。嫌だな、胸のモヤモヤがまだ残っている。三原さんは俺から目を逸らすと、気まずそうに頭を掻いた。
「お前って、いい奴だな。司と出掛けたって聞いて嫉妬して、馬鹿みたいだ」
俺がブンブンと首を振ると、三原さんが頭を撫でてくる。好きな人が他の奴と仲良くしたら、嫉妬するのは当たり前だ。チリチリと、仄暗い感情が燃えるように。
それは今、俺の胸で宿しているもの。こんなもの、三原さんに知られたくない。2231 文字

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できたカフェ・リンドバーグ二次創作小説長編。拓実×進哉。指先が届くまで、あと……1


「カフェ・リンドバーグ」での仕事に慣れて、周りに目を向ける余裕が出来たせいだろうか。最近、三原さんの高見沢さんに向ける眼差しが気になる。
俺には理解出来ない、熱っぽさと一途さ。怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える表情。
二人は、「カフェ・リンドバーグ」を立ち上げる頃からの付き合いらしい。喧嘩しているようには見えないし、仲の良い同僚という感じだ。
俺は首を傾げながら、三原さんの眼差しを追い掛ける。その先には、決まって美しい人がいた。どうしてだろう、こっちも見てと思ってしまう。


ロッカー室で鏡と睨めっこしながら、身だしなみをチェックする。髪は跳ねていないし、タイは曲がっていない。
よしと頷いて、俺はフロアに向かう。ドアを開けると、マフィンの匂いと共に三原さんの笑顔で迎えられた。
「おはよう、ございます」
「おはよ」
焼きたてのお菓子みたいに、心をほこっとさせる笑顔。つられて口元が綻ぶけど、仲間外れされた気分にもなる。
俺も、あんな風に見られたいのかな。でも、実際にされたら困る気もする。
三原さんにペコッと頭を下げて、隅からモップで床を磨く。チラリとカウンターを見れば、ケーキの飾り付けをしているのだろうか。ここから手元は見えないけど、旨くなる魔法を掛けているみたいだ。
三原さんは時々、手を止めては、コソッと溜息をつくことがある。溜息の理由に、高見沢さんは関係あるのかな。
嫌だな、それでは高見沢さんが悪いみたいではないか。あんなにも優しくて、仕事が出来る人はいないのに。
只でさえドジなのに、仕事中に考えごとをしている場合ではなかった。前に柱があることに気付かないで、ゴンと鈍い音を立てて衝突してしまう。
小さく呻きながら額を擦っていると、カウンターから大きな笑い声がした。三原さんが腹を抱えて笑っているらしい。自分が悪いと分かっているけど、あんなに笑わなくてもいいのに。
「凄い音がしたけど平気か?」
「はい。俺、頑丈ですから」
三原さんは笑いを堪えながら、犬を呼ぶように手招きする。何だろうと思いながら、俺はモップ片手にカウンターへ近付いた。
「ちょっと赤くなっているな」
こちらにニュッと伸びた腕はガッシリしている。優しく額に触れる手は、大きくて温かい。
「痛いの、痛いの、飛んでいけ」
悪気はないのは承知で、俺は子供扱いされたと唇を尖らせる。三原さんは俺の頭をわしゃっと撫でた後、ニカッと笑った。
「あとは、旨いもんを食えばOKだな」
三原さんはトングを持つと、カウンターで粗熱を取っていたマフィンの一つを皿に載せる。ほらと差し出されて、俺は三原さんと皿を交互に見た。今日のマフィンは、ナッツの香ばしい匂いがする。
「食えよ。ちょっと焦げているけど、痛みの特効薬だ」
素直に嬉しかったので、俺は頭を下げてから受け取る。商品として並ぶものと比べれば、焼き色がやや濃い。食べるには問題がないし、匂いがより香ばしく感じた。
慎重に包み紙を剥がして、マフィンにかぶりつく。温かなお菓子の味は、つまらないことが吹き飛ぶくらい旨かった。1295 文字