山田せら

落書きしないと呼吸ができないタイプ
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ポイポイ 304

山田せら

らくがき冬の昼下がり/しんしぐインクが踊る書類から目を離さずにいるのに書類の山に伸ばされた指先がなぜ毎回取り違えずに済んでいるのか、真也には不思議でしかたなかった。
「……?どうしました?真也」何かありましたか、と視線に気がついた彼が顔を上げ、ようやく右手が止められる。そのまま手の中でくるりとペンが一回転した。車は急には止まれないとは言うけれど、ペンも急には止まれないのかな、と思考の隅でそんなことが浮かんだ。
「どうもしないけど………時雨を見てただけ」
「俺は見せ物ではないのですが」
「面白いよ?」
軽く顰められた顔を元に戻すように柔らかく指で揉むと、誤魔化さないでと抗議の声が続く。
「誤魔化してるわけじゃないんだけどな」
「誤魔化されてる気分になるんですよ、真也はたまに、すごく………ずるいから」
「そう?」意識して窺うように目を合わせ、覗き込む。薄氷の奥の、僅かに色の違う深い海が騒めくように瞬いて伏せられて、僅かに甘さが含まへれたため息がひとつ。
「………そういうところですよ。わざとでしょう」
「あ、バレた?」
「もう………」
「でも、その前のは本当だよ」誤魔化したわけじゃなくて、と続けながら彼が整理していた紙の山に目をやる。報告書、議事録、予算案、申請書………。元"歩く生徒会"の異名は伊達じゃないとばかりに顧問のはずの時雨はとても一人で行うような量ではないそれを生徒会のみんなに回す前にこなしてしまうだった。確認ついでに自分がやった方が早くて、というのは目の前の彼の言い分。白華先輩が全て行ってしまうので我々の仕事がない、というのが副会長に就任されてから数ヶ月経って更なるやる気を見せる針宮くんの言い分だった。どちらの言い分も納得せざるを得ないほどの手際の良さにただただ感心し、尊敬してしまう。
「僕には出来ないことだなあと思って」
「そんなことないよ、ただの雑務ですから。誰にでも出来ることです」
「そんなことないと思うけどなあ」
ふう、と伸びをする彼の細い身体を見る。同じものを食べていて、特段不健康なほど運動嫌い………などと言うわけもなく、どちらかというと自分よりもかなり運動能力は優れているようだけど、時雨は見た目には筋肉がつきにくいようだった。華奢に見える彼の幾度とない武勇伝を話しても信じないもの方が多いだろう。
「………仮に、そうだとしても。誰にでも出来ることだとしても、きっと、時雨だから出来ることも沢山あるよ」
僕との会話を機に休憩を決めたのか、別の方向に身体をぐい、とのばす彼に言葉を投げると「そうで…すか?」と不思議な間と共に返される。
「うん、………時雨だから、頼みたくなっちゃうことも、助けたくなるようなことも。沢山、あると思うんだ」
「それ………は、光栄で、すね」
「………柔軟、手伝おうか?」
「真也とその手のことをするとなかなか終わらないので遠慮します」
「えっ⁈」
「君の体操に付き合って一時間経ったことが過去に何度かあるもので」
忘れているようですが、と苦笑しながら立ち上がる彼に、ついごめんとだけ口をつく。
「悪気はないんだろうけどね。……俺の身体を思ってくれたのでしょう?頼りにしていますよ、柴咲先生。お茶は?」
「うわ、その呼び方やめて………」
「はは、ごめん。それで?今ならお茶菓子にシュトーレンがつきますよ」
「飲む………」
「任せて」
意趣返しだろう、時雨にしては少し意地悪な言い回しに思わず顔をしかめた僕に笑って悪戯を思い付いたかのようにウインクをひとつ。「お詫びに、今なら恋人からのキスもつけるからそんな顔しないで。いい子で待っててくださいね?」
「………それは、ずるいよぉ〜………」
そんなの、黙って待つしかないじゃないか。

***

「随分ご機嫌だね?」
準備を殆ど終えて、後は蒸らし終わった紅茶をカップに注いで持ち運ぶだけ………という段階になって姿を見せた柳が僕におこぼれはないのかな?などと言いながらせっかく切ったシュトーレンに手を伸ばしたのでざくり、とすぐそばのナッツを切り刻んで見せる。
「おや、これはまた情熱的だ」
「同じ目になりたいのなら、止めませんよ」
「それは怖いな。そこまで厳しいのも珍しいね。これは真也の好物なのかな?」
「………そういう訳では、ありませんが」
時間が程よく経ったのを確認し、予め暖めておいたふたつのカップに順番に注いでいく。いい香りだね、と続ける柳こそ、今日は機嫌がいいのか特別よく口が回るようだ。
「何かありました?」
「これは驚いた。時雨が仕事を抜きに僕の近況を気にする日が来るとはね」
「俺にだって机を並べて勉学に励む級友を気にする程度の人の心は持ち合わせていますよ。それに、気にかかる程度には今日の君の口は滑らかですから」
「そう?……自分じゃ気づかなかったな」
本気で驚いたように目を見開き、かと思うと嬉しそうに笑って見せた。そういう顔をすると、彼が女生徒に持て囃されているのもどこか納得できる。
「最近、毎日が楽しくてね」
「君は以前から薔薇色の青春を謳歌しているとばかり思っていましたが」
「それは否定しないよ。どのスウィーティーたちとのひと時も甘美で心弾むものさ。だけど……なんて言えばいいかな。うん、退屈な時間が減った……減って、うん、退屈しなくなった、といった方が正しいのかもしれない」
意外な言葉に驚いて顔を上げると美人のそういう顔は悪くないね、といつも通りの軽薄な言葉が降ってくる。
「心にもない世辞を言い続けていては、いずれ本気になったときに言葉が足りなくなりますよ」
「おや、僕はハニー達にはいつでも本気だけどね?まあ…忠告いたみいるよ。恋に溺れている当人からならね」
「………俺は」
「うん?」
「俺は、そんなにわかりやすいでしょうか………」
いつのまにかカップに適量を注ぎ終わり、少し余してしまったポットを横に置きながら尋ねると柳は呆れたとばかりにそれらを指差す。
「その大きめのカップに、その量。君が間違えたとも思い難いし、真也が溢さない適量なんじゃないのかい?そのケーキ……シュトーレンかい?もひと口サイズにわざわざ切ってあるようだし。前からそうだったけど、ここ最近目に見えて過保護というか、甲斐甲斐しいよね、時雨は。真也の方も受かれてるのを隠そうともしないし、逆に君たち、隠しているつもりだったのかい?」
「………………」
「それから、」と、長い髪に隠されている柳の首筋がとんとんと叩かれる。お互いに驚いて顔を上げると浅霧がにやけた顔で突っ立っている。いい場面に遭遇したとばかりに、これまた随分と機嫌が良さそうだった。………俺の気分は下がる一方なのだが。
「休みの日、思いきり見えてるケド?」
「な」
「授業の時は気にしてるみたいだけどね〜。土日とか、たまにそこに立ってる時とかに?真ちゃんてば、意外と激し〜んだ?」
「………」
思わず二人の真横にナイフを飛ばしてみせるともう慣れたとばかりに楽しげに「暴力はんたーい」だの「随分物騒な嫁をもらったね、真也は」だの好き放題言ってみせる。
「………お茶が冷めますから、俺はこれで。二人とも、次はご自慢の顔が的になると思ってくださいね」
「やーだおっかなーい。真ちゃんに言いつけちゃおっかな〜」
「真也を巻き込んだら、埋めます」
「おっと。これは本気だね。巳影、そろそろ退散しようか。あ、ポットの紅茶、もらっていいかな?悠馬に飲み物を頼まれてたんだった」
「………もう、好きにしてください」
糠に釘とはこういうことだろうか。休憩のつもりが随分疲れる羽目になった頭とティーセットを抱えて自室に戻る。散々揶揄われたばかりだと言うのに、部屋に真也がいる、と思えば気分が軽くなるのは、やはり俺は相当安直なのだろうか。3189 文字