どうしてこうなったのか。大倶利伽羅は今にも頭を抱えたくなる衝動に駆られる。
師と仰ぎ、一定の間隔を空けて後ろをついてくることも多々ある兄弟刀。それが今、べったりと背中に張り付いて、両の腕を腹に巻きつけて離れない。
ことの発端は日中に遡る。出陣から帰還した火車切が大倶利伽羅の姿を視界に捕えるや否や駆け寄ってきた。聞けば今回の出陣で通算百回目となる誉を奪取したとのことだ。
「そうか」と短く相槌を打つ大倶利伽羅に、火車切は「それで……あの」と歯切れが悪そうに己が指を忙しなく揉みながら続ける。
「その、まだ大倶利伽羅と並べるほどじゃないってわかってる」
「それが何だ」
「りゅ、龍……まだ、我慢するから。代わりに、他のところ触らせてほしい……」
時の流れが止まったかのように、大倶利伽羅は身を固める。他の刀の耳に入れるわけにはいかないその小さな声を、漸く脳が処理をしたらしい。慌てて見渡す周囲には、他の刀の気配を感じられなかった。
「……人間って、人と触れ合うことを喜びとするって聞いた。そういう感覚、俺にはまだわからない。……そういうの、知るなら相手は大倶利伽羅がいいって思った。だめ、かな」
いくら顕現が早かったとはいえ、大倶利伽羅にも知識としてあるが経験はない現象だ。そもそも他者との触れ合いを望んだこともない。だが、そう強請られて嫌悪を感じないどころか悪くないとすら自覚した時、気が付けば「夜にな」と二つ返事で承諾していた。
夕餉から湯浴みまで済ませ、床に就いて今日という一日を終えようとした夜も更ける頃にやってきた来客の顔には、どこか緊張の色が浮かんでいる。あれからどのような思いでこの時間まで過ごしていたのだろうか。どんな答えが返ってこようがこちらの言葉が詰まるのは明確だ。大倶利伽羅は口を閉ざしたまま敷いて間もない敷布の端へと腰を下ろす。隣に座るものだと思っていたが、「お邪魔、します」と断りを入れた火車切は大倶利伽羅の背後を陣取った。それから今に至る。
龍以外のところ。それは左腕を避けた部位、例えば手、右腕あたりを指すものと認識していた。確かに左腕には触れられていないが、そこを触れるよりも大胆だと感じるのは気のせいではないはずだ。窘めて腕を解く選択肢はある。