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    NRCでの不穏な日々。

    異形の森 また襲われたらしいぞ。
     左右の目の色が違う奴にやられたらしい。
     外廊下を歩いていても、階段を上っていてもそんなヒソヒソ声が耳に届く。上下左右から送られる囁きに、不穏さを感じるなというほうが無理があった。横目で伺ってみれば生徒達がああでもない、こうでもないと深刻な顔で額を突き合わせている。腕章はてんでバラバラだったし、見たこともない面立ちでもあったので寮はおろか学年すら入り乱れているのだろう。中には見知った生徒もいたが。
    「姦しいことだなぁ」
     友人がケタケタと笑う。この学園は他人の不幸は蜜の味、を合言葉とするようなロクデナシばかりだ。火の粉がかからないうちは楽しいのであろうことは理解にたやすい。巻き込んでくれるなよ。僕の肺が淀んだ空気を送り出して、鼻から抜けた。
    「なんでも、不特定多数が腕や脚をやられてまともに動けないらしいぞ」
     子どものような声で告げる友人を、頭を振ってたしなめる。放っておけばいつまでも彼らの不幸を酒の肴にするのだ。僕自身はそういった血なまぐさい噂話は食事の供にも、子守歌にもしたくない。常日頃から息を潜めて生活している身からすると、無用な火を起こして煙を立てたくはないのだ。何がきっかけでどのような不条理に捕まるかわかったものではないので、空気は空気、壁は壁としてひっそり日々を過ごすに限る。ただでさえ我が寮、我がクラスには不条理の代名詞が存在しているのだから。
     両目の色が違う奴に襲われた。
     金と緑の目が暗闇で光ってた。
     足の腱をばっさりやられて、かろうじて見えたのが二色の目だった。
     あちこちから耳に入る声。はたしてそれは事実なのか、それとも噂に尾鰭背鰭がついただけのものなのか。未だに背後で愉快そうに笑いを滲ませる友人をよそに、教室へ歩みを進めた。途中、事件現場であるのか侵入禁止のために魔法のロープが張られた一角に行き当たった。近くで騒いでいる一団はスマホのカメラを起動させていたし、関わりたくはないが興味はある生徒は少し離れてやはりヒソヒソ、ヒソヒソと視線を向けている。上にばかりニョキニョキ伸びて混雑している頭から、油断だらけの彼らの足元へ目を移すと、合間から黒く汚れた廊下が僅かに見えた。ブロットがこびりついたようなそれは、生徒が発したフラッシュを鈍く反射する。赤い塗料が乾いた様相。まごうことなく被害者の血液だろう。昼食にミネストローネはやめておこう。ハーツラビュルの法律は僕には関係ないけど、ソースたっぷりのハンバーグもよそう。ちょうど今日は火曜日でもある。やっぱり僕には関係ないけど。
    「まったく、NRCの生徒ともあろう者が嘆かわしい。規制線の意味がわかっていないようだね」
     張りのある声がして振り向いた。ワインレッドの丸い頭、幼げな印象の可愛らしい顔立ち。同級生でもあるハーツラビュルの女王がそこにいた。
    「事件現場を荒らすような愚かな真似だけはしないといいが」
    「写真撮ったって、魔法の効果できちんと映りはしないのにね」
    「それすらもわかっていないのだから、彼らのリテラシーの程度が知れるというものだよ。君もああはならないように」
     おわかりだね? 眉を跳ね上げてローズハートが僕を見上げる。彼に言われるまでもなく、大人の仕事を邪魔するつもりなど毛頭ない。友人もクフクフ含み笑いでユラユラしていた。ちゃんと立ってないとすっ転んで泣きを見るぞ。
    「マジカメにあげて探偵のまねごとをしたって、僕にメリットはないよ」
     赤毛の坊ちゃんが鼻を鳴らした。
    「みんなが君のようにものわかりがいいといいんだけど」
    「ローズハートが思っているほどお利口じゃないよ」
    「それでもオクタヴィネルにはもったいないくらいさ。どうだい、今からでもボクのトランプ兵にならないかい?」
    「遠慮しておく。これでもあの静かな寮は気にっているんだ」
     例外はあるけれど。海の底の独特な静けさは心地よいけれど、モストロ・ラウンジに代表されるような寮長周辺の喧騒は勘弁願いたいと思っている。隙あらば弱みを握っていいようにコントロールしたがるタコと、こちらが望んでもいないのに懐に入り込んでは突っつきまわすウツボ、情緒が三歳児にも満たないくせに手足と力だけはすくすく育ったウツボその二。そのあたりに関わると七面倒くさいことになるから、彼らへの用事事態を作りたくなかった。幼女ウツボと同じクラスというだけで辟易としているというのに、生活の基盤となる寮にまで浸食されてはたまったものではない。だからといって規則だのお茶会だのというものに振り回されるハーツラビュルに移る気もないが。
     次の授業が二組合同だったらしく、僕が教室へと足を向けるとローズハートが隣に並んだ。頭一つ分身長が低い彼はチマチマとついてくる。別に一緒に移動する約束をしたわけでもなし、特に仲が良いということでもないので、スピードを合わせてやるつもりはない。それは友人も同じようで、もぞもぞと僕たちの後ろを這っていた。だというのに赤髪の寮長様は小走りになりながらも何食わぬ顔で会話を続けてくる。
    「それにしても騒がしいね。襲撃に関しては学園長を筆頭に捜査されているというのに」
    「まぁ、こう立て続けに生徒が被害にあったとあれば、次は我が身かもって心配になるんだろう」
    「ウハハ、それはそう」
    「君はどうなんだい? なす術もなく害されそうだけれど。防衛魔法の授業はきちんと受けているんだろうね」
    「まぁ、ほどほどに」
    「半分眠っててたたき起こされたばかりだというに、どの口が言っているんだかぁ」
    「まったく君は……」
     ケタケタ。後ろにいて顔は見えないが、友人の両目はきっと三日月にしなっているのだろう。ローズハートの呆れ声はすぐ隣から聞こえる。彼は肩をいからせて歩くのがとても似合っていると思う。
    「それにしても、犯人は左右で色違いの目か。僕の頭には二人ほど候補がいるんだけど、ローズハートはどう?」
    「その特徴は彼らの代名詞だからね。問題はどちらか、という点だけど」
    「両方かもしれないぞ~」
    「ボクとしてはフロイドもジェイドもやりかねないと考えてしまうね」
     ここ一週間ほどで頻発している、NRC傷害事件。現時点で被害者は六人、本日早朝の件でついに七人になった。彼らに共通点はなく無差別の犯行とされている。いずれも鋭い刃物で切りかかられており、足をやられスポーツ選手としての生命線を断ち切られたり、ひどいものは片手の指が二本なくしたという。恐慌状態に陥ってろくに聞き取りできない生徒もいるなか、証言できた数人は「色の違う両目が暗闇で光っていた」と口を揃えていた。そうすればおのずと思い浮かぶのはNRC名物の双子、ウツボの人魚のリーチ兄弟だ。契約不履行者相手ならあいつらはやりかねない。彼らのやんちゃにある程度耐性があるはずのオクタヴィネル寮生ですら、ここ数日は談話室の利用を控えていた。二人にでくわさないように注意をはらっているのだろう。僕はそもそも寮に戻ったら部屋から出ないため、むこうから出向いてこない限りは接点などないのだが。
    「……そうは言ってもね、ボクはあの二人が犯人だとは思えないんだけどね」
     ローズハートの声は硬かった。
    「どうして?」
    「そもそもの話」
     先の廊下でハーツラビュルの副寮長が片手をあげて呼んでいた。
    「フロイドもジェイドも、この一週間療養しているんだよ」
     君は先に行っていてくれ。それだけ残してローズハートはクローバー先輩の元へ歩いて行った。





     友人はケタケタ、クフクフ笑い続ける。
     すっかり人の気配がなくなった廊下で、僕は背後を振り返った。
    「まさかおまえじゃないだろうね」
    「さぁなぁ、細かいことは忘れちまうタチなもんで」
     日の光が途切れたそこにゆらゆらと靄が蠢いている。その、ちょうど人の顔があるような位置にゴールデンベリルとスフェーンが浮かんで、ニタリと嗤ったのだった。





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    snmyhzck_tr

    MAIKINGこれ(https://poipiku.com/1148081/6997464.html)の続きっぽい何か。
    異形の森 2 フロイド・リーチはゴーイングマイウェイを絵に描いたような人魚だが、彼にだって不得手とするものくらいある。束縛しかり、しいたけしかり。それらがそうなるだけの所以があって嫌いな物事として、小ぶりだけどやたらと高演算な頭部に押し込められている。あるいは心臓から送り出されて全身を循環しているのであろう。席について淡々とした講釈を聞き流すだけの授業は、フロイドの体内を巡る苦手なもののひとつだ。だからこそやんちゃの称号を欲しいままにする人魚が、ほんの少し目を眇めるだけに留めているのがひどく不気味だった。
    「どうかした?」
     回されたプリントを差し出して思わず問う。そしてすぐに失敗した、と口の中だけで呟いた。フロイドが小さく舌打ちをして、乱暴にプリントを奪ったからだ。一瞬視線を向けられ、用はないとばかりに外された。何かを言ってくるでもなく、ましてや不条理に絞めてくるわけでもなかったことに安堵する。それが伝わったのかまた舌打ちされたため、これ以上不興を買わず意識に踏み込まないよう努めてシャットダウンする。机はそこそこ大きいから互いの間に距離があるのが救いだ。どうせなら衝立も設置したい。
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