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    hana( ु *`ω、)ु

    シブに上げてる漫画とかの作業進捗やらをぽいぽい
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    POIPOI 304

    hana( ु *`ω、)ु

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    https://poipiku.com/116250/7093410.htmlこれの続き

    まだ続く



     パルコニーから飛び降り、意識の途切れる瞬間、脳裏に浮かんだのは妹の笑顔だった。意識を取り戻し彼女の目に映る景色はまたあの華美な部屋。
     寝かされていたソファーの向かい側へ目をやれば、向かいのソファーに座り頭を抱えてうずくまっている看守長。数時間前に見た光景と全く同じで夢でも見ているのかと着ている服を確認すると、ぶかぶかのローブが血でべったりと汚れていた。血に驚いて体を確認するが痛みも無く、怪我どころか打撲痕一つないきれいなものだった。
     どうなっているのか聞こうかどうしようかと看守長に視線を向けるが、彼は頭を抱えうずくまったまま動く気配がない。
     彼のゆるくカールした白い髪を見ていると彼女が子供の頃可愛がっていた犬が連想され、撫でまわしたい衝動がうずうずと沸き起こって来る。さっき触った時は押し倒されはしたが別段ひどい目にあわされたわけでも怒られたわけでもない。我慢できなくなり、少しだけならと恐る恐る頭をなでてみた。
     頭に触れると、看守長はピクリと反応した。しかし、文句を言うわけでもなく、無言でされるがままになっている。
     大人に見つからないように友人とこっそり飼っていた白い犬も丁度こんな感じの手触りだった――。幼少期を懐かしみうっとりとしていたが、遂に声を上げた看守長に思い出の記憶から一気に現実に引き戻された。
    「なぜ、私の頭を撫でるのだ?」
    「あっ――。す、すみません」
     怒りだされてはたまらないので撫でていた手を慌ててひっこめる。
    「よい、好きに続けろ」
     意外な返答に驚きつつ、ならばとまた頭を撫でる。しばらくの沈黙の後、看守長が口を開いた。
    「着替えが必要であろう。浴室に置いておいたから着替えてくるがよい。入浴もしたければ好きにせよ」
     気力無さげにぽつぽつとそう告げる。
     見苦しい格好だから何とかしてこいと言っているのかしら?と思い、彼女は看守長の言葉に従い、頭を撫でるのをやめ浴室へと向かった。
     浴室のドアが閉まる音を聞いたのち、彼は座っていたソファーの背もたれに深く背中を預け天井を見上げ大きなため息をついた。
     私は一体何をしているのだ?一度蘇生してすぐに後悔した。どうしたものかと持て余していたところで、勝手に死んでくれて安堵したはずだった。しかし、また死体を拾ってきて蘇らせてしまった。
     ここから逃げ出すために死を選んだが、私がそれを阻んだ。あの女は囚人ではないが、これでは囚人とさほど変わらない。
     マギールに請われた時に素直に蘇生してやれば今とは違ったのだろうか?マギールは夢がどうのと言っていたが、マギールならあの女の夢を叶えてやれずとも追わせてやれたのだろう。
     ぐるぐると長いこと物思いにふけっている間に、入浴と着替えが済んだ女が浴室から出てくる音が聞こえた。
    「あの、これ……」
     戸惑いがちに声をかけられ彼女の方を見やると、着替えに用意したローブを纏っていた。今回はサイズも丁度よさそうに見える。
    「サイズが合わぬと不満げだったから、支給品の倉庫から見繕ってきたのだ。普段着ている物が良いのだろうが、生憎ここには人間の服は囚人用の物しかないからな。取り寄せるのに時間がかかる。しばらくはそれで我慢しておけ」
     そう説明しても、彼女はその場に立ち尽くすばかりで動かなかった。表情を読み取ろうとするも、怯えているのか混乱しているのか、あるいは両方かよくわからない。
    「少し話をしようではないか。こちらへ座れ」
     混乱しているのを放置して、また飛び降りられてはかなわないと思い、話をするために向かいのソファーに座るように促した。彼女の方も別に抵抗するでもなく、勧められるままに恐る恐るソファーに腰かける。
     女が座るのを見届けてから看守長はぽつりぽつり話始めた。
    「最初に言った通り、キサマは囚人としてここに連れてこられたのではない。それは理解しておるな?それから、私はキサマに対して害意ない。だから、必要以上におびえる必要はない」
     ここまで言い終わってから、言うか言わぬか迷うように言葉が途切れた。少しの沈黙の後にまた口を開く。
    「手違いで来てしまったのだから、モンゾーラに帰りたいと望むならば……そうしよう」
     言い終わると彼女の目が嬉しそうに輝いた。
    「帰れるんですか!?帰りたいです!」
    「そうか……。私もあまり自由のきく身ではないから、次の休暇は……三日後だったか、その日に船を出させよう」
    「本当ですか!良かった!」
     ここに来てから初めて彼女が見せた笑顔だった。それとは対照的に、看守長の胸は鈍く痛んだ。
    「話は、もうよいな。この部屋の中だけに限るが、出立の日まで自由に過ごすがよい」
     言い終わると彼はソファーから立ち上がり、書き物机に向かって途中だった報告書の執筆に戻った。

     しばらくの間、ペンを紙に走らせる音だけが部屋に響いていたが、ずっとソファーに座っているのにも飽きたのか、女は立ち上がり所在なさげに部屋の中をうろうろし始める。
     看守長は最初の内は好きにさせ放置していたが、どうも視界の隅でちらちらと動くものがあると集中が乱される。たまりかねて声をかけた。
    「何をしている?退屈ならば、そこの本棚の書物でも読んでいればよかろう」
     言いながら壁に作りつけられた大きな本棚を指さす。
    「良いのですか?」
    「構わぬ。ただし、燃やすな」
     燃やすなとは妙な注意をすると不思議に思いつつ、深くは考えず適当に本棚から1冊取り出しパラパラとページをめくった。
    「ヒッ!?」
     声にならない悲鳴を上げ、彼女は手に持っていた本をばさりと落としてしまった。
    「何なのだ!騒がしい。キサマは静かに読書もできぬのか」
     書類の執筆がちっとも進まないと腹立たし気に女の方を見やると、彼女が真っ赤な顔をして本棚の前で立ち尽くし、もの言いたげにこちらを睨んでいた。
    「何だというのだ?」
     書き物机の椅子から立ち上がり彼女が落とした本を拾い上げ、ああと納得した。
    「ふむ、これは婦女子には少々刺激的か……」
     言いながら、拾い上げた本を大事そうに元の場所に仕舞う。
    「なっなっ......どうしてこんな如何わしい本が、普通に見えるところに置いてあるんですか!?こういうのは人目に触れないところに、こっそり置いておくものではありませんか!?」
     不意打ちに近い形で男女が裸でもつれ合う姿絵の描かれた本の中身を見てしまい、羞恥で彼女は真っ赤になって猛抗議した。
    「ふむ、なかなかよい顔をするではないか。……面白い」
     看守長は何か思いついた体で楽しそうにそう言うと、さっき仕舞った本をもう一度本棚から取り出し、おもむろに彼女を抱き寄せ、そのまま彼女を自分の膝の上に座らせる格好でソファーに腰かけた。
    「静かに読書もできん童のようなキサマに、私が読み聞かせをしてやろうではないか」
     至極楽しそうにカラカラ笑う看守長とは対照的に、彼女は両腕ごとがっしりと抱き留められた看守長の腕から逃れようと藻掻く。
    「結構です!放してください!」
     そう叫んで、激しく藻掻いても親子ほどの体格差のせいもあって腕はびくともしない。
    「遠慮せずともよいよい。それでは、はじめるかの」
     楽しそうに言いながら表紙をめくり、姿絵に添えられている文章を朗読し始める。
    「わー!わー!何も聞こえませんー!何も見ませんー!」
     読み聞かせられる本の方に意識を取られまいと大きな声で叫び、本から顔を背ける。その様が余計に看守長を楽しくさせるのか、背けられた顔の方向に彼女が見えるようにススッっと読んでいる本を動かす。
     そんなことを繰り返して本の四分の一程読み進めたところで、顔と本の追いかけっこに疲れたのか、とうとう彼女は看守長の胸に顔をうずめてしまった。
    「それでは見えんだろう?遠慮することはない。ほれ、顔をあげよ」
     さも楽しそうに言いながら彼女の顔を覗き込んだ瞬間、彼は息を詰まらせた。
     彼の胸元から少しだけ顔をあげて恨めしそうに見上げる彼女の目は熱を帯び若干潤んでいた。嫌気がさして視界をふさぐ為、胸に顔をうずめたのだと思っていたが、どうやら本の毒気にあてられてしまったらしい。
    「何だ、その物欲しげな顔は?浅ましい女だ」
    投げかけた酷い言葉とは裏腹に、ずっとこのまま腕の中で己の胸に身を預けていてほしいという思いが沸き上がり惚けていた。すると、抱き留める腕の力が一瞬緩んだ隙に、彼女は看守長の腕からするりと抜け出して、浴室に向かって全力で駆けていく。
    「セクハラ!変態!この悪魔!大嫌い!!」
     そう叫ぶと浴室に飛び込みドアを勢いよく閉め、閉じこもってしまった。
    「誰が変態か!キサマはマギールの所でこれ系の本を燃やしただろう!おかげでここの本を数冊マギールに回さねばならなくなったのだぞ!キサマに燃やされた本の恨みを思い知ったか!!」
     セクハラだの変態だの罵詈雑言を浴びせられて黙っていられなかったのか、閉じられた浴室のドアに向かって看守長は叫ぶ。
    「変態!!!」
     浴室の扉越しにそう返されたのち、部屋はしんと静まり返った。
    (おのれ、あの眼差しは反則であろう……。それにしても、大嫌いだと言葉にされるのはわかっておっても少々堪える……。)
     小声でぶつぶつと呟きながら本棚へ本を仕舞い、また書き物机で書類に向かうことにした。




     どれくらい時間がたったか、窓から見える空は茜色に染まっていた。看守長は夕食を食堂に取りに行っていたようで、中身の詰まった麻袋を抱えて丁度部屋に戻って来たところだった。
     部屋を留守にしている間も女は浴室に閉じこもったまま出てきた気配がない。仕方なく浴室の扉越しに声をかける。
    「いつまでそうしておるのだ。食事の時間だ」
     呼びかけても返事がない。
    「おい!入るぞ!」
     しびれを切らしてドアを開けると、ドアから一番離れた浴室の隅でうずくまり、こちらを睨んでいる女と目が合った。泣きはらしていたのか目が腫れている。
    「長いことそうしておるのも疲れるであろう?食事を持ってきた」
     そう声をかけても彼女は動こうとしない。飛び降りた次は飢え死にするつもりかと、看守長は頭痛がした。ならばと一計思い付く。
    「そんなに風呂場が好きか。仕方がないのー、食事の前に私は風呂に入りたいのだがなー」
     彼女に聞こえるようにわざと大き目の声でそう言いながら服を脱ぐふりをする。慌てふためいて浴室から出ていくだろうと予想し、ちらっと彼女の様子をうかがった。しかし、それがどうした知ったことかと言わんばかりにそっぽを向いて、浴室の隅から動く気配がない。
    (おのれ……)
     効き目が無いからと、風呂に入るのを諦めては決まりが悪い。浴室に女がいた所で、こちらも知ったことかと入浴することに決めた。肌を晒すのはあまり気が進まないが、半ば自棄になりながら脱衣を済ます。湯を浴びようとシャワーの前に立ち、女の方にちらりと目をやると、こちらを完全に無視しているのかそっぽを向いたまま黙り込んでいる。
     一々彼女を気にするのも馬鹿馬鹿しくなり、とっとと済まそうとシャワーの蛇口を捻った。
     一方、彼女は無視している体でいて、何かされるのではないかと警戒のため、看守長をチラチラと盗み見ていた。ぶら下げたモノを隠すこともしない、本当に最低な男だと心の中で悪態をつきながら、ソレから目を逸らすために視線を上半身へ移した。
     目の前で全裸でシャワーを浴びている男は普段のローブ姿からは、想像もし得ないほど鍛え上げられた体をしていた。彼の人間とは違う特有の肌の白さも相まって、その姿は白亜の彫像を思わせる。
     美しいのは見た目だけ、中身は最低の下衆だ。見た目に引きずられてはいけないと、意図せず高鳴っていた鼓動を鎮める。それでも美しさのせいか目が離せなくなり、見惚れていると白亜の彫像に走るノイズのような物に気が付いた。
     湯煙の中、目を凝らすとノイズに感じたのは火傷のようだった。よく見ると全身真新しい火傷だらけだ。特に背中はひどいように見受けられた。彼女は知る由もないが、炉の中で胸に抱いた遺体がこれ以上炎に晒されないように噴き出る炎から庇った為だった。
    「その火傷……」
     無視しようと固く心に決めていたのに、つい声を出してしまった。
    「ん?言ったではないか、キサマを炉から出すのに私も焼かれてしまったと。なんと物覚えの悪い……」
     声が聞こえたのか看守長は頭を洗いながらめんどくさそうに答えた。
     返答があったことで、相手に会話する気があるのを感じ取り、ずっと思っていた疑問をぶつけることにした。
    「おかしいんですよ。服は焼け落ちてたのに、私はどこも火傷なんて負ってないんです。飛び降りた時も、服だって血まみれだったのに、怪我一つないんですもの」
    「う、うむ……。それは良かったのー。運のいい奴めー」
     都度蘇生して、魔法の仕様で完全回復しているとは絶対に感付かれたくなかったので、運が良かったと誤魔化すことにした。蘇生させた理由を問われても、己もよくわかっていないから困るのだ。それに病の苦しみせいか、死を希っている節のある彼女から死を取り上げていることを悟られたくなかった。知られれば今以上に拒絶されるのは容易に想像できるからだ。
    「あなたが何かしたんじゃないんですか?」
    「私は傷を癒すことはできぬ。その証拠に私の火傷はそのままではないか。妙な事を申すな」
     半分嘘だが半分は本当だ。生者の傷は癒せない。真実を織り交ぜた嘘は効き目があったようで、それ以上彼女は追及しなかった。追及しても無駄だと悟ったのであろう。ただ、彼の負った火傷は少なからず自分を庇った為なのが察せられ彼女は居た堪れなさを覚えた。
    「痛くないんですか?手当も一人でやりにくいのならお手伝いしましょうか……?」
     そう声をかけられ、シャワーを浴びている看守長の動きが一瞬止まった。
     明らかに彼女の態度が軟化したのが嬉しくなり、止せばいいのにむくむくと悪戯心が沸き上がって来る。
    「そうなのだー。痛いのだー。どうしてくれようかー」
     わざとらしく声を上げながらしゃがみ込む。
    「とーっても痛くて可哀相な私に、キサマはどうしてくれる?」
    悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ネコ科動物のような格好でヒタヒタと彼女に這い寄る。
    「そっ、そんな恰好で近寄らないでください!!」
    叫び声をあげて彼女は迫って来る彼を見ないように両手で目をふさいだ。
    「なぜ目をふさぐ?さっきから盗み見しておったのは分かっておるぞ」
     そう言って息がかかる距離まで近づいた時、彼女が震えていることに気が付いた。悪ふざけのつもりが、ひどく怯えさせてしまったらしい。
    「またか……。怯えるしか能の無い、つまらぬ女だ」
     苛立たし気にそう言うとシャワーの栓を閉め、衝立の向こうの脱衣スペースへ去って行った。
     苛立ちの言葉を彼女にぶつけたものの、実際に苛立っていたのは自分自身にだった。どうにも上手くいかない、小器用に振舞えない自分に腹が立った。
     夜着を纏い身づくろいを済ませ、女の方へ目をやったが、浴室に入ってきた時と同じように彼女は隅でうずくまったままだった。
    (梃子でも動かぬつもりか。どうしたものか……)
     少しの間、看守長は思案するように目を伏せてていたが、何かを思いついたようだ。
    (眉唾であまり気が進まぬが、拗ねた彼女がどうたら?だったか?あれを試してみるか……)
     以前食堂で、看守や船乗り達が熱心に回し読みをしていた本の一節"拗ねた彼女の取説""素敵な王子様風に"を思い出し、王子様とやらはよくわからないが書かれていた通りにしてみることにした。
    「困ったお姫様だ……。私を困らせる姫も愛らしいが……姫の許しを希う私を哀れに思うなら、こちらへおいで。仲直りをしよう」
    精一杯の柔らかな笑みを浮かべ言ってみたものの、芝居がかった歯の浮くセリフに寒気がした。
    (これは、ダメだな。次の手はどうするか…)
    と思案していたら、浴室の隅に固くうずくまっていた女が魔法にでもかかったようにふらふらと立ち上がりこちらへやってきた。
    「そっ、そういうのはズルいです……」
     困ったような顔で頬を赤らめながら俯き加減に彼女は呟いた。
    (存外チョロいものだ。)
     彼女に見られないようにほくそ笑む。
     一般的にお姫様などと呼ばれれば、ふざけているのかと余計に機嫌を損ねそうなものだが、彼女の職業は歌姫だからか、すんなり受け入れられた。それ以上に彼は気が付いていない。芝居がかった嘘くさい歯の浮くようなセリフも、その口から放たれればたちどころに相手を夢見心地にさせる己の顔面レベルの高さに。言動が最低でなければこれほど彼女に拒絶されることもなかったはずである。
     何はともあれ応接ソファーに向かい合って座り、看守長は食堂から持ってきた麻袋の中身をテーブルに出した。彼女が良く見慣れたキャベツと一緒に見慣れない赤橙の果実のようなものも混ざっている。
    「これは?」
    「モモガキだったか?モンゾーラには自生しとらんかったな。食べ慣れた物の方が良いなら無理に食べずともよいぞ」
    「いえ、いただきます」
     言いながら恐る恐る手に取り、臭いを確かめてみると、甘い香りがした。思い切って齧ってみると、今まで味わったことのない瑞々しくて甘い風味が口いっぱいに広がる。気に入ったようで彼女は無心で一つ目、二つ目と果実をカリカリと齧る。その様子がなにやら小動物のように見えて、満足げに看守長は目を細めていた。
     お互いに何か言って機嫌を損ねても面倒なので、会話を交わすこともなく淡々と夕食を済ませた。

     食事がすんだ後、看守長は日中思うように進まなかった報告書を仕上げる為に、書き物机に向かっていた。彼女の方は何をするでもなくソファーに座って大人しくしていたが、思い立ったように立ち上がり何かを探すようにキョロキョロしながら部屋をうろうろし始めた。
    「どうした?」
     書類に視線を落としたまま看守長は声をかける。
    「あの……、救急箱はありますか?」
    「何だ、どこかにぶつけてかすり傷でも負ったか?どんくさい奴だ……」
     ため息交じりに言いながら、書き物机の引き出しから救急箱を取り出す。
    「いえ、私じゃありません。火傷の手当てをしましょう」
     彼女の気遣いに嬉しくなり口元が緩む。しかし、すぐに彼の表情は暗く沈んだ。
    「必要ない。私は人間とは違う。放っておいても数日で跡形もなく癒えよう」
    「でも……」
    「さっきはキサマが浴場に居座っていたから仕方なく湯浴みをしたが、私は女人に肌を晒すのは好かん。それに、その手で私の肌に触れるつもりか?」
     手と言われ彼女は自分の両手を見てみるが、別に変わったところはないし、汚れているわけでもない。
    「ちゃんと洗ってます……」
     また意地悪を言われていると思い、言い返した。
    「そうではない。私は女人の素肌に触れるのを禁じられているのと同じで、触れられるのも禁じられておる。わかるな?」
     取り出した救急箱を元の場所に仕舞いながら、煩わし気に説明する。
    「それより、着替えのローブと一緒に浴室に置いておいた手袋はどうした?」
     一緒に置いておいた手袋と言われ、彼女は思い出した。確かに今着ているローブと一緒に手袋も置いてあった。手袋の意図がわからず、必要ないと判断してそのままそこに置いてきたのだ。
    「私が面を付けていればキサマに手袋は必要無いのだがな。キサマはあの面が心底駄目なのであろう?」
     無遠慮に好き放題、意地悪ばかりされていると彼女は思っていたが、どうやら彼は彼なりに気使いをしていたのだと思い至る。
    「あの、浴室に置きっぱなしだと思うので取ってきます」
     そう言って浴室に向かおうとしたところ、呼び止められた。
    「今日はもうよい。宵も更けてきた、そろそろ休め。お前の相手ばかりしていると仕事が全く進まんのだ」
     言いながら浴室とは反対側の壁、作りつけられた本棚の横にある扉を指さす。
    「物置だが、眠るだけなら不都合あるまい」
     彼に促されるまま、指さされたドアへ向かい扉を開く。中は確かに6〜7平米程で狭いが、窓もあり寝起きするには十分だった。階段下のスペースなのか天井が斜めになっていて、看守長の言う通り物置部屋なのだろう。
     物置と言うわりに、部屋はがらんとしていて、隅に寝藁が一つだけぽつんと置かれていた。
    「あの…?看守長様はどこで眠るのですか……?」
     魔物は寝藁で眠る。副総督様がそうだったと彼女は思い、嫌な予感がして置かれた寝藁を指して聞いた。
    「私か?私はこの辺りで寝起きしておるが、それが何だというのだ?」
    この辺りと言って、彼がいる書き物机の後方を指さす。
    「そうですか……。それなら……良いです」
    ホッとしたような、それでいて何やら煮え切らない口調だった。
    「何なのだ?まさか、添い寝せんと眠れんなどと言うつもりか?童でもあるまいし……」
    「ち、違います!そうではなくて、用意してもらって言いにくのですが……、人間は寝藁では眠れません……」
    「何?ならばマギールの所ではどうしておったのだ?」
    「副総督様の所では牢獄ベッドがあったので……。あ、でも、いいんです。床で眠れますから。おやすみなさい」
     置かれている寝藁でこの男が眠るのでは無いとわかっただけで十分だったので、早々に話を切り上げることにした。会話を続けて、また意地悪を言い出されてはかなわない。
    「いや、待て」
     物置部屋に入りドアを閉めようとしたところで止められる。
    「ソファーにでも座って待っていろ、いいな?」
     そう念押しすると、看守長は書き物机の椅子から立ち上がり、足早に部屋から出て行った。
     彼女は部屋に一人取り残され、少々困惑しながら言われた通りソファーに腰かけた。
     数十分ほど待っても、看守長が部屋に戻ってくる気配はない。彼女は昼間に気を張っていて疲れていたのもあり、うつらうつらし始めたのもつかの間、ソファーの上で眠りこけてしまった。



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