輝と薫がただただラーメン食べるだけ何でここに来たのかって、「そこにあったから」としか言いようがない。事務所から門前仲町駅までの徒歩移動の短い時間で、冬の冷たい空気と強く吹き付ける風が体温を急速に奪っていく。
そんな道すがら出会った店と、偶然開いた扉の向こうから漂う温かさは、仕事終わりの空腹も相まって俺の足を店内へと誘った。俺の後ろで首を横に振っていたあいつをどうにか説得し、店の奥のテーブル席を案内してもらい、店員さんに注文を取ってもらったところで回想終了。
何と言うかつまり、俺は桜庭とラーメン屋に来ている。
桜庭と、初めて二人で晩メシを共にすることになった。
最近出来たばかりのこの店は、元々京都から移転してきたばかりの向こうじゃ結構有名な所だったらしい。桜庭は知ってるか訊いたけど、俺の言葉に被せるように「知らん」と即答される。一応聞いとけよ、最後まで。
「おまえってラーメン食べる印象無さそうなんだよな。つうか、何となく医者ってラーメン食べなさそうな感じがすんだよ。ほら、栄養の偏りがとか不摂生がとか、そういうやつで」
「それは医者に対する偏見だな。君の想像通りの医者もいるだろうが、少なくとも僕の周りにはいなかったし、僕もそうではなかった。……それと、別に僕は来たくて来たわけじゃない。君が勝手に連れてきただけだ」
「さっきも言っただろ、俺すげー腹減っててさ。寒いし腹減ってるし、ここのラーメンが旨そうに見えてしょうがなかったんだよ」
そんなことを言っているうちに、ラーメンが二つ運ばれてくる。細麺が食べやすそうで、トッピングには珍しく水菜が乗っている。薄切りのチャーシューも旨そうだし、スープには三種類の素材がバランス良く使われているんだとか。ラーメンがテーブルに置かれた途端、桜庭はふいっと顔を背けていたけど、何が気に食わないのだろうか。ちょっと考えて、すぐに合点が行く。眼鏡が曇るのを嫌がったのだった。結構可愛いとこあんのな、なんて思ったのがそのまま口から出そうになって、踏みとどまる。多分、面倒なことになりそうだ。
「おおー、やっぱ旨そう。な、桜庭。たまには悪くないだろ?」
「……確かに、腹は減っていたしな」
桜庭が割り箸を手に取り、横髪を耳にかけて麺を啜る。それから、レンゲでスープを一口。あっさり塩味のラーメンはたった一口で桜庭の舌を唸らせたらしく、暫く無言で食べ進めているのをなんとなく眺めてしまった。
「旨そうに食ってるな、腹ペコ桜庭ちゃん」
「その言い方はやめろ。それと、さっきから何なんだ。ジロジロと見てばかりいないで、君も食べたらどうだ」
「いや、やっぱ意外でさ。桜庭とラーメンの組み合わせって初めて見たし、新鮮でいいなーって」
「意味が分からん。大体、食事を共にしたことは何度かあるだろう」
「いや、あるけどさ。プライベートで、ってのは初めてだろ? 成り行き上だけど、今結構嬉しいんだぜ」