「…おっと」
タワーファンからの穏やかな風に吹かれながら流れるような所作でペンを動かしていた志村が、ふと手を止めた。
仁の学校から保護者に配られた書類。その記名欄に記した名は『境井仁』。
「やれやれ、癖というのは恐ろしいものだな」
とは言え、この間まで確かに彼の甥は『境井仁』だった。名札や持ち物にもずっとそう書き続けてきたのだ。間違えるのも無理はない。
訂正して、改めて書き直す。
『志村仁』
「………」
その文字列を見つめて、ふぅ、と小さく息を吐く。
彼の脳裏には、仁と養子縁組した日の事が浮かんでいた。
幼くして母を、小学生の時に父を喪い、ついに独りになってしまった仁を引き取ってからもう10年になる。
その間ずっと、彼を養子に迎えたいと思っていた。何度も仁に切り出そうとして、しかし結局出来ずに時間だけが経って。
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