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1180年、角弓の節────
「……もうそんな季節になるのか」
不意に鼻に届いた甘い香りに、ジェラルトは足を止める。大修道院にある木々に紛れている小さなオレンジ色の花をたくさんつけるそれを見つけると、最愛の人を嫌でも思い出してしまう。この香りに満たされる頃、彼女はいなくなってしまったが─────
「ジェラルト…? 何をしているんだ?」
背後から名を呼ばれ、振り返るまでもなく誰だかわかる。自分の最愛の人───妻であるシトリーが、自身の命と引き換えに産んだ息子であるベレトだった。彼女の命日が、ベレトの誕生日である。しかしジェラルトは、それを息子であるベレトには教えていない。それはそうだろう、ベレトには出生の事をこの二十年間隠してきたのだから。
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