夏の日、残像 08 錆兎「どこだよ、ここ」
「うん、遠く?」
その駅で降りたのは、俺たち二人だけだった。山の中のさびしい駅だ。一本の線路を挟んで、左右に乗り場があり、上りと下りの間には階段があった。明かりも最低限しかなく、周りは真っ暗で、生い茂っている木のシルエットがザワザワと迫ってくるような。
ほとんど客が乗ってない電車をなんとなく見送って、義勇は駅の階段とは逆方向の、ホームの端に向かって歩き出した。
「えっ?」
てっきり階段を使って逆のホームに行くと思っていた俺は、驚いて義勇の後を追った。
「そっちじゃないだろ」
そう言って腕をとると、義勇は顔だけこちらを向いて、ニヤリと笑う。
「いいんだ。もう折り返しの電車は終わってるし」
そして何を思ったのか、俺の腕を払い、フェンスの上部に手をかけてひらりと飛び越した。
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