その日はなんだか落ち着かず、寝る前に軽く走りたくなった。11月、冬に入ろうとしているひやりとした空気は気持ちいいのだが、なんだか身体がぎくしゃくして、身が入らない。ガゼボから聞こえる口ずさむような讃美歌に足を止めてしまったのは、そんな違和感の重なった日だからだろう。アメイジング・グレイスだ。かなり急ブレーキだったので、声をかけないわけにはいかなかった。
「……入江さんは、クリスチャンでしたか?」
「やだ、聞いてたの?恥ずかしいなあ」
座っていた入江さんは手を口に持っていって、盗み見るみたいに目だけで俺を見上げた。恥ずかしい、とは言うものの、足音が聞こえなくなってからも歌っていた気がするが。でもやっぱり夜に外で歌っているなんて見られたい場面ではなかったかもしれない。
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