濡れた瞳は君のサイン じゃあまた、と送り届けた玄関の先で踵を返そうとすると、そっと袖を引かれた。見ると俯いたミツキの指が、肘の辺りを控えめに掴んでいる。
「…………」
柔らかな髪の間から覗く耳が、安っぽい蛍光灯の明かりでもよく解るほど赤く染まっていた。
「どうした?」
我ながら意地が悪い、と思いながらわざと問いかける。顔を覗き込まなかっただけまだ自制した、と思って欲しい。
「あの……」
普段これでもか、とはっきり自分の思っていることや要望を口にするミツキが言い淀んでいるのは、何故か解らないほど鈍くはないつもりだ。それでもまだまだお子ちゃまの彼女から、たまには欲しくて堪らないのは自分だけではないと思えるような何かが得たい、と感じることだって俺にもある。
902