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    Jeff

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    Jeff

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    1. Broken Strings
    KZN48展示作品・魂の絆二次創作
    Hero+Hyunckel, Larhart×Hyunckel
    全5話
    2022/11/26

    #魂の絆
    soulTies
    #ラーヒュン
    rahun
    #ヒュンケル
    hewlett-packard

    1. Broken Strings みつけた。
     
     破壊を免れた、古都の図書館。
     単独行動を好むアバンの使徒の長兄が、良くここに潜り込んでいることは知っていた。
     メァリはにやっと笑うと、細く息を吐いて棚の後ろに隠れた。
     足音を立てずに敵に近づく身のこなし、そこからトップスピードへ移行するための筋肉の使い方を、半魔の戦士に習ったばかりだ。
     何事も実践が重要。
     息遣い、闘気、魔法力、全てを凪いだ海のように平坦に。
     用心深いメタルスライムですら、背後を取られるまで気付かせない、肉食獣のストーキング。
     完璧だ。
     本に夢中になっている彼の背中に一撃を加えるべく、最後の一歩を踏み出したその時。
    「遅いぞ、ラーハルト」
     きっぱりとした声とともに、ヒュンケルが振り返った。
    「気配を消したつもりだろうが、その程度で俺が……」
     と、そこまで言って絶句する。
    「メァリ」
     失言を繕おうと冷静を装っているが、彼らしくない動揺っぷりだった。
    「……どうした、絆の勇者。何か用か」
     メァリも混乱を隠せなかったが、猛スピードで頭の中を整理した。
    「ごめん、僕で。待ち合わせてたの?」
    「いや。違う。俺としたことが、勘違いを」
    「ラーハルトと待ち合わせてたの?」
    「……いや」
     わずかに浮上したヒュンケルの焦りが、また静かな水面に沈んでいく。
     崩しようのない美貌が戻ってきて、全てを隠してしまった。
    「手伝いを頼んだのだが、約束したわけではない。来てくれるとは思っていなかった」
     実際、来なかった。
     湖水のように冷えた瞳からは、とくに不満も悲哀も感じられない。
     メァリはつい数時間前のことを思い返す。
     ヒュンケルの宿敵にして盟友、陸戦騎ラーハルトは勇者ダイに頼まれて、稽古のために森へと去って行った。メァリの槍の修行の途中だったのに。
     ダイはちょっと申し訳なさそうだったけれど、理由もなく人の邪魔をするような奴じゃない。急な事情があったのだろう。
     まあ、仕方がない。
     ラーハルトにとって、バランの息子への忠誠は全てに優先するのだ。
    「それで。俺に何の用だ」
    「ああ、あのね。剣を習いたくて」
     ヒュンケルはいぶかし気にメァリを見下ろした。
    「お前はアバンに師事しているだろう。練習台ならば請け負う。だが、俺がお前に技を教えることは無い」
    「なんで」
    「俺の剣技は、もはやアバン流ではない。魔性の剣だ。後世に伝えるべきものではないんだ」
    「教えて」
    「だめだ」
    「わかった。じゃあ、見せて。盗むから」
     深いため息とともに、ヒュンケルがまた背を向ける。話は終わりとばかりに、埃っぽい古書に注意を戻した。
    「そういうヒュンケルだって、ほんとはラーハルトに槍術を教えて貰いたいんじゃないの」
     ぴく、とマントの肩が揺れた。が、返答は早かった。
    「それは、無い」
    「ほんとに?」
    「本当だ。奴の足を引っ張りたくはない。それに、」
     ヒュンケルは文字を追いながら、片目を細めた。
    「戦士の端くれとしての、プライドもある。滑稽に見えるだろうが、今はこれでいいんだ」
    「へぇ。めんどくさいね、大人って」
    「まあな」
    「素直に教えを乞えばいいのに」
    「そういうものなんだ」
     嘘だ。と、メァリは思う。ヒュンケルは自分自身の実力を含め、戦況を客観的に数値化して分析できる戦士だ。
     『再度ラーハルトとまともに対峙したら、俺に勝機は無いだろう』と、率直に話してくれたこともある。
     特別な絆を結んだ相手から妙に遠ざかろうとするのは、何か理由があるはずだ。
     絆の勇者のさがとして、ぜひとも知りたい。が、一筋縄ではいかなそうだ。
    「何読んでるの」
     ひょいと回り込んで、彼の読書をインタラプトしてみる。
     朝焼けみたいな色の髪が、茶色い図表の上に拡がった。ヒュンケルが面食らって本を退けようとするが、しがみついて離さない。
    「……古代の学者による、世界の成り立ちに関する書だ」
     と、しぶしぶヒュンケルが答える。
    「この国の蔵書で、俺の世界では失われていたものだ」
     焼かれたからな。と、ヒュンケルは低い声で言った。
     ……魔王軍おれのせいで。
    「そもそも、これを読める者も信じる者も、人間界にはいなかった。宇宙と定義される、巨大な空間についての机上の理論だ。多重に重なり合う、並行した世界が存在しうることを述べている」
     メァリは文字列を覗き込んでみるが、知っているどんな言語とも異なる字体で書かれた、奇妙な数式だった。ヒュンケルはなぜ読めるんだろう。
    「並行って? 同じ世界がいくつもあるってこと?」
     馬車の轍を思い浮かべながら、メァリが聞く。
    「簡単に言えば、そうだ。世界は多くの粒が集合し、奏で合いながら存在している。その基本単位は、楽器の弦のような概念構造だというのだ」
    「世界は、竪琴みたいに歌ってるってこと?」
    「仮説にすぎない。しかし、この世界ミラドシアとは何なのか……もとの世界とは異なる世界に現れ、通常の時間軸とは異なる記憶を持つ俺たちは、これからどうなるのか。ヒントが読み取れるかも知れんと思ってな」
    「難しいな」
     メァリは解読を諦め、頭を退けた。
    「でも、わかるよ。僕は一応、ここが故郷だけれど、ヒュンケルたちは全く違うところに突然したんだもんね……それって、怖いよ」
     宇宙の片隅で絡み合った運命の弦がぷつんと弾け、また新しい音が鳴りはじめる。空想してみると、それは泉に降る雨粒と波紋に似た光景で、思いのほかきらきらと軽やかだった。
    「お前だって、同じくらい怖いだろう。俺には少なくとも、よりどころになる記憶がある。立ち戻るべき、父への愛が。だが、お前には歴史が無い」
     ヒュンケルはページを繰りながら、淡々と続ける。
    「メァリを見ていると、なぜだか、フレイザードの気持ちが少し分かるようになった」
     メァリはぷふ、と笑った。
    「うん。僕も、ちょっと彼に親近感があるよ」
     強くなりたい。力が欲しい。
     自分がなぜこの世に生まれ落ちたのか分からないなりに、一つの道標となるその熱情。
     時にはその思いが、目的を凌駕することに気づき始めていた。
     今まで倒せなかった相手を簡単にあしらえた時の充実感。弱いモンスターを呪文で一掃するときの爽快感。
     ふと我に返る。自分は、侵略者たちと同じことをしているのではないか、と。
     それでも、不安はなかった。
     ダイたちと一緒にいる限り、少し失敗したり踏み外したりしても、必ず引き戻してくれると信じられるからだ。
    「そしてもう一つ、感傷的な理由がある」
     と、ヒュンケルが言う。
    「これだけ二つの世界が酷似しているのならば、ミラドシアには、別の俺自身がいるのかもしれない。……両親に愛され、暮らしてきた、幸せな子供が。そう思うと――」
     言葉が続かない。メァリも口をつぐんで、頬杖を突いた。
     ヒュンケルは、喋り過ぎた、と言うように押し黙って、本を閉じた。
    「さあ、もう行け。アバンやラーハルトに基礎を習え」
    「その子が、本当にこの世界に存在したとして」
     と、メァリはそれを無視して口を開く。
    「ヒュンケルは、その子になりたいと思う?」
     彼は手を止めて、じっとタイル床の模様を見つめた。
    「……いいや」
     メァリは納得して頷く。
    「だよね」
    「ああ」
     ヒュンケルも小さく微笑む。
    「俺にとって、父はたったひとりだ。どんなに運命が理不尽でも、これが、俺だ」
     メァリも考え深げに同意し、改めてヒュンケルを見上げる。
    「それで、話は戻るけど、剣技」
    「だめだ。第一、何が問題なんだ。お前に足りていないのは経験と演習と応用力だ。アバンに従え。正しい道を究めろ」
    「そうじゃないんだ」
     メァリは手に入れたばかりの剣の柄を握りしめた。
     重く、歪んたその刀身は美しいけれど、どこかよそよそしい。
     自分の腕力ならば軽々と振るうことが出来るし、教えて貰った技は思い通りのタイミングで繰り出せる。
     しかし、何かが足りない。何かが違うのだ。
    「……確かに、正直、槍の方が得意だけれど。そういうことでもないんだ。アバン先生も、意外なことにラーハルトも、凄く教え方が上手だよ。できることがどんどん増えて、技と技のあいだの躊躇も短くなって。僕も戦力だって実感できた。だけど――そこじゃないんだ」
     少しだけ剣を抜いて、また収める。竜燐の妖剣のすずやかな鍔鳴りが、図書館に響いた。
     ヒュンケルの戦い方は、雄々しく流麗で力強い。破壊力だけではない――胸の奥がざわつく様な、異常な動きだ。
     それを官能的と表現するには、生まれたばかりの絆の勇者は幼過ぎたが。
    「ヒュンケルは、武器と一体になってる。あれを、教えて欲しい。僕にとってこの剣はまだ、ただの剣なんだ。どうしたらヒュンケルみたいに動ける?」
     魔剣戦士は、その言葉だけですべてを理解したようだった。
     メァリが唇を引き結んで俯くと、突然、ヒュンケルが屈みこんで目線を合わせた。
     まっすぐな菫色の目には、年下の勇者を揶揄うような傲慢さは微塵も無い。
     彼は、いたって真剣だ。多分、メァリが数メートルのゴーレムの姿でも、同じ目で見てくるだろう。
     たとえ敵でも女は殺さん、とか言っていたけれど。そこに文字通り以上の意味は無いのがヒュンケルだ。なにか決定的に重要な知識が欠けたまま、無邪気にその言いつけを守り続けているのだ。
     あるとき修行中に、女であるという自覚が無いので手加減しないで欲しいと申告したところ、そうか、とあっさり認められた挙句、その日の練習試合で完膚なきまでボコボコにされた。
     彼のそういうところが、何とも言えず好きだ。
    「お前の戸惑いは分かる。俺も一時期、陥った感覚だ」
     ヒュンケルはそう言うと背を伸ばし、丁寧に本を閉じて書棚に戻すと、すたすたと廊下を戻り始めた。
    「ヒュンケル?」
    「ついて来い」
     人差し指だけで手招きして、あっという間に図書館を抜けて行く。
    「面白いものを見せてやる」

     
     
     湖を照らす白い月は、ほんの少し欠けている。悪戯好きなドラキーがかじったみたいに。
     長身の戦士が背負う魔剣は、微かに波打つ水面に砕ける星の光に包まれ、いつになく楽し気に煌めいていた。
     お菓子を待つ子供みたいに、期待に満ちている。

     ヒュンケルはランプを適当な岩に置くと剣を下ろし、銀色の小物を道具袋から取り出した。涼しい音がする。
     メァリが薄闇に目を凝らしている間に、マントを脱ぎ、上着を脱ぎ、ついに上半身を月明りに晒してしまった。ぼんやりと光る滑らかな肌には、しかし、過去の傷を示す細かな溝が浮き出て見えた。
     見慣れた背中なのに、どうも妙な気分になった。
     ――メァリは女の子なんだから、人前で裸になっちゃだめよ。
     そう教わってから、肌を晒すということに特別な意味があることを理解し始めていた。自分の身体はダイよりも、レオナ姫やマァムに似ているらしいという事も。
     しかし、月明りを浴びて亡霊のように発光するヒュンケルの背には、なにか危険な引力を感じた。自分には理解しきれない、大人たちが口ごもる、闇色をした秘密の気配。
     見てはいけないものを見ている。
     そんな言葉が頭に浮かんで、メァリは居心地悪そうに目を逸らす。
     ヒュンケルは表情を変えないまま、脱いだ上着を腰に巻き付けて簡易的なスカートを作る。靴も脱いでしまって裸足になると、先程の飾りを両腕に巻き付け始めた。
     数個の銀色の鈴が古びた布地に縫い込まれた、腕輪のような代物だ。
     少し手首を降ると、秋の虫に似た音色が響いた。
     言葉もなく立ち尽くすメァリに、長細い布地が手渡される。
    「巻いてくれないか」
     意味が分からずにヒュンケルを見上げると、彼は半回転し、俯いたまま腰を沈めた。目の前に彼のうなじがある。
     ああ、と気づいて、端切れを額に当て、後ろ側で縛った。
     目隠しだ。
     慎重に二周させて眼窩を覆い、巻き込まれた前髪を優しく引き抜いて自由に散らし、きちんと撫で付けた。初めて触れた、宝石の表面みたいな、銀糸の手触り。少し名残惜しいが、肩を叩いて出来上がりを知らせる。
     準備が整うと、ヒュンケルは立ち上がり、迷いもなく魔剣の方へ向かった。そして抜身の剣を手に、切っ先で地面に円を描く。
     中くらいのドラゴン一匹分くらいの幅だ。
     その中心に立つと、メァリの方を振り返る。
    「この外に居てくれ。久しぶりだから、念のためにな」
    「うん、分かった」
     メァリは数歩下がり、適当な草むらにしゃがみこむ。
     夜の湖を背に、月光とつつましいランプだけに照らされて、ヒュンケルがだらりと両手を下ろす。
     視界を奪われ、裸の肩を静かに緊張させて、魔剣だけを手にして。
     何が始まるのだろう、とわくわくしていた気分が、急に冷たくなっていくのを感じる。
     そこに立っているだけのヒュンケルのイメージが、急激に膨張し、夜空を埋め尽くす怪物のように見えた。かと思うと、鎖で繋がれたおとぎ話の妖精みたいに儚く、頼りなくも見えた。
     誰かに弾かれるのを待っている竪琴の弦のように、とても孤独で、とても鋭い。
     眩暈にゆさぶられていると、彼がゆっくりと右手を上げるのが見えた。
     身長の半分に近い長剣が、彼の腕の動きに吸い付くように追従し、宙に浮く。
     ……しゃん。
     水平に掲げた剣ごと、鋭く手首を返すと、身に着けた鈴が鳴いた。
     そのままじりじりと円弧を描く。刃が胸を掠める。滑らかに左手にわたった剣がまた同じ軌跡をたどる。
     しゃらん。
     微妙に音程の違う左右の鈴が、不穏な和音を奏でる。
     溶岩のように重厚な一振りから、流星のように素早い回転へ。魔剣は夜気を斬りながら歌い、主人の頸動脈からほんの数センチの距離を走り抜けた。
     鈴の音は重なり合い、共鳴し、生き物のように音楽を紡ぎ始める。
     これは。
     メァリは瞬きも忘れて、その動きに耽溺していった。
     これは、舞踏だ。
     命を懸けたダンスだ。
     一瞬の気のゆるみ、ただ一度のミスが、あの柔らかい肌を切り裂くだろう。それなのに、魔剣の刃は月光を集めて輝き、もはや雷鳴のように自由だ。
     硬質な金属であるはずなのに、銀髪の剣士のしなやかな翼と見まごう程に、曲がり、しなり、姿を変えて、死に至るつむじ風と化して彼を包む。
     羽のような跳躍と、軸のぶれない回転ピルエットは徐々に密度を増し、息も出来ないくらいに複雑な足さばきで次々に体勢を変えていく。鍔鳴りと鈴の音に、踊り手の苦し気な吐息が混じり始める。
     戦いを知らない素人が見たら、天上の舞のごとく美しいと思うだろう。
     だが、メァリには本質が良く見えた。
     武器を愛し、自分自身の命以上に信頼していなければ、これは、できない。
     狂気に近い、その融合。
     しゃりん、という最後の音とともに、魔剣が手を離れて宙を舞った。
     月に向かって放られた直線が、ゆるやかに回転して方向を変えた。
     精魂を使い果たしたかのように膝を付き、うなだれるダンサーの首めがけて、唸りを上げて落下してくる。
     ヒュンケルは動かない。
     気まぐれな風のひと吹きで絶命しうる、極限の二秒間。
     拳を握るメァリの目の前で、剣は彼の前髪を数本切断しながら、とすん、と地面に突き刺さった。
     二人とも、しばらく動かなかった。
     鈴の残響が月色の刃に沁み入り、不可思議な共鳴は闇に薄れゆく。
     ひそかに上下するヒュンケルの背に、小さな汗の粒が光っていた。
     宇宙とやらに揺蕩う、名も無き星屑みたいだった。


     
    「闇の師に促されて、一連の所作を覚えた。鍛錬であり、同時に罰だった」
     最初は怖かったさ、と、ヒュンケルは服を整えながら言う。
    「傷だらけになったものだ。それに途中で失敗すれば、観客の餌食になるのが恒例だった。だが……なぜだろう。だんだん、楽しくなった。剣と一体化する感覚は、何物にも代えがたい歓びになった」
     きわどい言葉も、メァリにはまっとうな意見に思えた。彼女もヒュンケルと同程度には、社会常識が欠落しているのだ。
    「すごかった。僕も、やってみたい」
     と言うと、ヒュンケルは複雑な笑い方をした。
    「何も、こんな極端な事をしなくてもいいんだ。分かっただろう」
    「……うん。よく分かった」
     次々に手にする貴重な武器をどう使いこなすか、どんな技が可能か、そればかりが関心事だった。
     刃があんなに美しく、命あるものの如く舞い踊ることが出来るなんて、考えてもみなかった。
     己の命を捧げる覚悟があって初めて、武器は真の友になってくれる。
    「まだまだだった。僕はこいつを、道具としてしか見ていなかったんだね」
     竜燐の剣は、かすかに鳴いてメァリに応える。
     ヒュンケルは小さく頷くと、魔剣を背負い直した。
    「かつて、ダイも同じような問題を抱えていた。どんなに優れた戦士も、効率や結果に惑わされて己を見失うものだ。お前は自分で糸口を掴んだんだ、大したものだ」
     誉められた。メァリがニヤリと笑うと、ヒュンケルも珍しく、はにかむような笑顔を見せた。
    「……お前がいてくれて、助かっている」
     と、ぽつりと言った。
    「俺は元来、長兄を務めるような器ではない。だが、きょうだい弟子たちを、人間たちを守るのが、唯一俺に許された役目だ。勇者ダイのために命を捧げることに躊躇はない。それが存在理由だったんだ。だが、今は」
     ヒュンケルは言葉を切り、逡巡したのち、なるべく平坦な声音で続けた。
    「今は、ラーハルトがいてくれる。ダイの傍にいるべきなのは、あいつの方だ。だから俺自身、自分の役割を再考する必要があった。だが絆の勇者メァリのためならば――ダイと同様、宿命を背負ったお前の盾になれるならば、この世界で生きる意味があると思えたんだ」
     外套に付着した土埃を払って立ち上がる。
    「礼を言わねばならないだろうな」
     と、穏やかに言った。
     まるで何事も無かったかのように見えた。
     触れがたいその裸身が醸し出す圧倒的な存在感、その奥底に燃える謎の炎は、夜の湖水に溶け、消え去ってしまった様に見えた。
     硬質で揺るぎない、いつもの『長兄』がそこにいた。
     メァリは嘆息して首を振る。
    「僕は、ダイの代わり?」
     剣士はほんの少し狼狽を見せ、「違う」と言った。
    「悪かった。そういう意味ではないんだ。いや――すまない、そうだな。口にするべきではなかった、許してくれ」
    「ヒュンケルはさ、」
     と、メァリは腕を組む。
    「僕も生まれたてなんだから、人間に詳しいかって言ったら、そうでもないかもしれないけど。絆や魂のゆがみに関しては、みんなより良く見えるみたいなんだ。――ヒュンケルはさ、」
     少し黙って、言葉を探す。
    「粉々になったガラスびんみたいに見えるよ」
     ヒュンケルは口を開き、また閉じた。
    「どこか故障しちゃったんだね、きっと。誰かのために命を捧げることを喜ぶなんて、それだけを楽しみに生きていくなんて、変だと思わないの?」
    「俺は――」
     言い返そうとした言葉が、喉で詰まる。
     そのまま振り返ると、元来た道を戻り始めた。
     メァリは畳みかけてみることにした。
    「おととい、フレイザードとしてたんだけど」
     歩みを緩めないヒュンケルを必死に追いかけながら、話を続けた。
    「あいつも多分、色々考えてるんだと思う。ラーハルトを見つけて突っかかっていったよ」
    「……ラーハルトに?」
     さりげなく問い返してきた。が、歩調はそのままだ。
    「うん。魔王軍にいたのに、なんでここで大人しく同調してるのか、って詰め寄ってた。ラーハルトは、バランとダイに仕えるのが自分の役目だって言い返してたけど」
     ヒュンケルは答えなかった。
     分かりやすいな、と、メァリは心にメモを残す。
    「でも、フレイザードもああ見えて勘が良いから。じゃあヒュンケルとつるんでるのはなんでだよ、って問い詰めたらさ、ラーハルト、へんな顔をしてた」
    「……どんな」
     少しだけ、上擦った返事だった。予想通り。
    「バランやダイを託せるからとかなんとか言ってたけど、僕が見るに、はっきり答えてなかったよ。なんでも正確にぶったぎるラーハルトのくせに」
    「それはそうだろう。奴にとっては、俺は敵の一人にすぎない。最後の敵だった、という奇妙な縁ではあるが。それだけだ。それ以上でも以下でもない。俺は奴に、バランとダイの守護を託されただけなんだ。それだけの存在だ。しかも奴は俺の魔剣と同様、本来は死に向かう運命の男だ。余計なことに気を取られず、己の使命を全うすることにこの時間を使いたいはずだ。俺に介入の余地はない。それでいいんだ」
     早口の主張に、メァリはほとんど吹き出しそうになったが、辛うじて堪えた。
    「そうかな」
     と言うと、ヒュンケルが立ち止まって軽く振り向いた。メァリはとりあえず無難な言葉を選ぶ。
    「すごく似てるよね、ラーハルトとヒュンケル」
    「……却下だ」
     ヒュンケルはふくれっ面で、また歩き始めた。使徒たち相手には見せたことの無い子供みたいな表情に、メァリはほくそ笑んだ。
     調子に乗って、さらに斬り込んでみる。
    「剣舞、ダイやラーハルトにも見せてあげようよ。ほんとにすごかったよ」
     ヒュンケルは不意を突かれて、困ったように首を傾げた。
    「その言葉は嬉しい。だが、お前にしか見せたくないんだ」
     そこは、意外な回答だった。
     乗ってくれるかと思ったのに。
    「なんで? あんなに美しいのに」
    「美しくなんかない」
     囁き声で言い捨てる。
     さっきまで顔を出していた柔らかな感情が、また鋼鉄の殻に覆われていくのが見えた。
     しまった。
     なにか、おかしなスイッチを押してしまった。
     背中で手を組んで彼を追いながら、メァリは考え考え、言葉を繋げた。
    「僕以外には見せたくないって、どういうこと?」
    「忘れろ。俺も忘れる。こんな技、覚えていたって仕方がない」
     押し殺したような口調に戻っている。
     取り付く島もない、という言葉がぴったりだった。
     やってしまった。
    「そう思うなら、なんで見せてくれたの?」
    「見せろと言っただろう」
    「そうだけど」
    「お前の役に立つなら、悪くないと思ったからだ」
    「もう一度くらい、見せてくれてもいいじゃないか。もっと、皆の前で」
    「ご免だ」
    「だったらさ」
     メァリはヒュンケルの背を睨む。
    「今までは、誰の前で、誰のために、踊っていたの?」
     言ってしまってから、その問いの意味に気づいてしまった。
     ――さっきは興奮していて聞き流してしまったが、観客の餌食になるって、どういうことだ?
     返事はなかった。
     ヒュンケルは足を止めず、振り返りもしなかった。
     
     メァリはその背を追いながら、なんとなく理解し始めていた。
     個人的にヒュンケルに興味が尽きないのは、絆を操る己の能力が、彼にまつわる様々な思いの糸に惹かれるからだ。
     人生の多くの点で先を行く彼とて、完璧な答えを持っているわけではない。
     課された問題を単純化することで、何かに縋り、隷属しなければバラバラになってしまいそうな魂を、必死につなぎとめているのだ。
     そしてその屈折した思いは、シンプルな友情や仲間意識ではたどり着けない、深い迷宮を形成している。
     長年かかって彼を鞭うってきた闇の遺恨が、今は光のロープに姿を変えて、その四肢を、首筋を、細い腰を、がんじがらめにしているのが見える。
     彼にとって大切な、命綱となる戒めだ。
     メァリには想像もつかない、なにか過酷な痛みと辱めの記憶を結晶化して、鎖を巻いて、浮き上がらないように押し込めて、どうにか均衡を保っているのだ。
     だがいつか、その叫びが露わになる時。
     彼が砕け散らないように抱きしめていてくれるのは、いったい誰なんだろう。
     
     ――ラーハルトも、きっとヒュンケルと友達になりたいんだよ。
     ただの、友達に。
     
     口にしようとしていた、もっとも簡単で明るい言葉を、そっとしまい込んだ。
     それが彼を絶望の底に突き落としかねないことに、やっと気づいてしまったから。
     

     
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