「失礼、それ以上踏み入らないで頂こう。この先は私有地だ」
光遮る緑から聞こえた声に、デクは顔を上げた。鳥の憩う高さの梢に忽然と現れた青年は、黒鳥の顔に羽を持たない体。伝え聞く通りの風体だ。
「知っています。突然の訪問、すみません」
背嚢を下ろして姿勢を正し、デクは深々と頭を下げた。
「不躾なお願いですが、数日……たぶん、長くて一週間ほどです。この森の隅を貸して頂けませんか?」
じっと見据えてくる目はまっすぐだった。沈黙はほんの数秒。トン、と枝が蹴られる。彼の体から影が溢れ、音もなくブーツの底が土に触れた瞬間、何事もなかったかのように仕舞われた。
「……それは、俺が答えられることではないな。すまないが主のところまでご足労願えるか」
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