Cream pie♡ Cream pie♡
すっかり辺りが暗くなった頃、ようやく机上のパソコンの電源を落とす。
普段のシフトは当直夜勤が多いのだが、体への負担も考え、時折日勤の業務に入っている。通常であれば病棟クラークで発生する細々した事務を終わらせ夜勤者へ引き継ぐのだが、オーバータイムが発生するのはどこも同じだ。
ブルーライトカットの眼鏡を外すと、オフィスの白々しい蛍光灯の光が目に染み、思わず眉頭を抑えた。指の骨を鳴らして肩をぐるりとまわすと痛気持ちいい。
タンブラーのコーヒーはすっかり冷めている。一気に飲み干して、水でゆすぐ。
誰が置いているのか知らないが、コーヒーマシーンの隣にはは、チョコレートやキャンディがいれられているテイクフリーのカゴがある。その脇に今日は、白いケーキ箱を見つけた。
「シュークリームか」
同じく残業していた同僚はすでにひとつ手にして口をつけていた。
「ドクターから差し入れだってよ。ちなみに、ナースステーションには別で持ってったそうだから、この分はここで全部食っていいって」
「そうか。じゃあひとついただこうかな」
差し入れをするドクターは人気がある。それも、事務室とナースステーションで分けて買ってくるなんて、事務員は遠慮がちになることをわかっているのだ。普段はナースに譲るところを、ガラもひとつ手に取った。
界隈では有名なパティシエのものらしい。素人でも手に取った時のシューの香りと重みでわかる。ミルフィーユ状になったシューにまぶされたビスケットはまださっくりとしていて、作りたてのような風合だ。
ガラは手の中でシューの弾力を確認するようにぶにぶにと押してみる。同僚はその行動を見て、にやけて鼻の下を伸ばした。
「んん?お前、いま何想像した?」
「え、いや、うまそうだなって……」
ガラは真意に気づき、周りをちらっと見渡す。
「やめろよそういうネタ」
「だいじょぶだよ、仕事熱心なオレらと、夜勤しかいないから」
確かに、オーバータイムでオフィスに残っている人は少ない。それでも職場でそういう話をするのはいささか抵抗があり、若干恥ずかしくなる。
意識すると、あからさまにハイドとの行為を思いだしてしまい、耳が熱くなってくる。やましいと思い、思い切って手の中のシュークリームにかぶりついた。
クリームの量を考えず口に入れたせいで、噛んだ端からクリームがとろりと溢れ出してくる。慌ててむにむにと残りを押し込むが、口に入りきらなかったおしりのシューが破れてズボンにボタボタとこぼれおちた。
両手を汚して口いっぱいにもぐもぐと咀嚼するガラに、同僚が紙ナプキンを手渡す。
「あああー……」
「んん、すまん……制服も汚れたし、今日はこのまま着替えて帰るよ」
ガラは一瞥し、ロッカールームへと引き払った。
誰もいないロッカールームで制服を着替え、ジャケットを羽織る。スマホを取り出し、履歴から電話をかける。
「もしもし?もう家か?」
相手はハイドだ。他に誰もいないはずなのに、ガラはきわめて小さな声で会話を続ける。
「いや別になんでもないんだが……」
帰り道にあるパティスリーを思い浮かべる。靴にかかと滑らせ、ロッカーに鍵をかける。
「お前、クリームパイ好きか?」
イラスト U字溝さん@yjk1029
文 my@jamesnopants