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    ムーンストーン

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    ムーンストーン

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    汝の墓をつくる者ポップがバーン大戦後に初めてロンの家を訪れたのは、ダイの剣が納められた丘で別れてから半年程後だった。 

    それ以来ポップは一ヶ月に一度はロンの家を訪れてロンに回復魔法をかけ、また新たな治療法を探し出しては彼に試していた。

    はじめてロンの家で回復魔法を使った時は、ヒュンケルの治療の参考にもなるしバーン大戦の時に武器を皆に造ってくれたり、ミナカトールを守るためにミストバーンやザボエラと戦ってくれたことへの礼だと照れ隠しにそっぽを向きながらだった。

    魔法を使う為に集中をするとポップの全身から溢れ出る魔法力が白い靄となり、その両手から翠の眩い光が放たれる。
    その有様を見ればロロイの谷で居合わせた僧侶が、魔族に魔法をかけるのははじめてなのでと及び腰にしかし真摯に施してくれた回復魔法とは段違いの効果が期待できるのが良くわかった。

    だがかつて彼が魔界で腕を完膚なきまでに破壊した時は回復魔法も碌に効かずただ時が過ぎるのを待つばかりで、我ながら巣穴に籠もった手負いの獣のようだったとうそ寒い思い出がその時頭を過ぎった。

    魔法すら魔界と地上ではこんなに違うものなのか。
    伝え聞いていた人間のお粗末な魔法力や戦闘力、短命な奴らの知恵など高が知れていると正直侮っていたのに最近は驚かされる事ばかりだ。

    大魔王バーンからの勧誘を跳ね除けた後、小物達が魔王の歓心を得たいのかちょくちょく襲撃してくるのが鬱陶しく、一生追われる身になるならばいっそのことと腕試しを兼ねて地上と魔界を繋ぐ結界に挑み一か八かの賭けに勝って地上へと登り詰めた時には予想すらしていなかった。

    そしてロンがここ地上では魔界とは時の流れ方すら違うと実感したのはランカークス村に近い森の中、ノヴァとの二人暮らしが軌道に乗ったころだった。

    魔族と人間のが共に寝起きをし、師弟として鍛冶師の技量を一から教えていく。

    言葉にすればたったそれだけだが魔族と人間、百戦錬磨だが大いに捻くれている大人と北の勇者と自他共に認める剣士ながら根は素直な名家のお坊ちゃんには共通する部分の方が少ない。

    若者が大人に反発するにも取っ掛かりが必要なのだと、ロンは300年近い年齢で初めて知った。
    ノヴァの反抗期はバーン大戦で強制終了したということもあるが概ね人と魔族の二人生活は穏やかだった。

    剣と魔法以外取柄が無いかと思いきや一軍を率いた実績まである軍事貴族にも関わらず、ノヴァは炊事洗濯掃除からロンの傷の手当てまでジャンクの妻に教えを請い不器用ながら真摯にこなしていった。
    そんな若者の努力を目の当たりにすればロンも自ずと襟を正すというものだ。

    それにほぼ全土を蹂躙され復興中の人界は物資の不足も然ることながら物を流通させる人手も圧倒的に足りていないので、武器の鍛煉に使える程に良質な炭や鋼はジャンクの伝手を使ってもまだ殆ど手に入らない。

    ならばできる事からはじめようとロンは職人の悪癖である根性論や見て学べといった傲慢さを釜戸に焚べて、ノヴァを下働きでなく最初から「鍛冶師の卵」として扱うことにした。 
    勿論まだ火を熾し実際に槌を振るって見せるのはロンの傷が許さないが、道具の手入れや材料になる鋼や炭などを吟味する目は今から養うにこしたことはない。

    だが以前宮廷鍛冶師だったジャンクの手を目を経験を借りても人間の鍛冶師に育つだけで、ベルク流鍛冶の真髄を授けるにはあまりに時間が足らない。
    それを自覚したのはジャンクが羨望の眼差しで「ロンの後継者」の姿を見ながら漏らした呟きからだった。

    「あの子がお前さんの弟子になってくれて本当によかった。俺が鍛冶仕事に付き合えるのは長くてあと20年ってとこだからな」
    魔族と人間の寿命には大きな差があると分かっていたのにロンは俄に背筋が凍る思いがした。

    「ノヴァはあとどの位生きるんだ?」
    無意識に口走った馬鹿な質問に対してやけに真剣な声でジャンクが、そうだなあの子は健康でそこらのモンスターにやられそうにもないから70才位まで長生きしそうだと頷きながら言った。

    それでは長くてあと50年ほど。なんと儚く短いことか。

    前回の怪我の時には腕を回復するだけでそれ位かかったということは、ノヴァの前で実際に武器を鍛えて教える機会はないかもしれない。
    ロンはジワリと腹底に焦りという澱が溜まるのを自覚した。
    冗談に紛らわそうと弟子を横取りする気か?と睨んでみせると寂しげな笑みがかえる。
    「まあノヴァが鍛冶師として一人前になれるよう俺も精進していくがな。その後の名工、に育てあげるのはお前さんに譲るよ」

    ノヴァ坊やは、あの歳でそれまでの生き方から考えつかないような世界に自分から飛び込んだだろう?他人事には思えないんだと続けたジャンクにロンは思わず言った。

    「お前の------------」

    ジャンクは眉をひそめフンと鼻を鳴らして辛気臭い話はよせ、と突き放すように笑った。



    夏が終わりかけたある日、ポップが大事そうに袋を抱えてロン達の家に立ち寄った。
    「これはデルムリン島で栽培している薬草なんだ。あの島は植物系怪物の成長を促進する場所なんだと。薬効も強くなるらしいぜ」

    ハドラーがモンスター養成所として抑える筈だとポップは一頻り解説をして、回復魔法をかける前にまず薬草を食べ、効き目を比べて欲しいと一旦ノヴァに差し出した。

    ノヴァは薬草を宝物のように恭しく受け取り、暫く前からゆっくりとなら動かせるようになったロンの右手に一枚のせた。

    ぎこちなく口元へ薬草を運ぶロンを見つめるポップにノヴァは今お茶をいれるから待っててくれと言いおき台所へ向かった。
    ポップが遠慮する前に急いで昼食を用意しようと熾き火をかきたて湯を沸かし、残り物のスープに野菜を足し嵩増しして温めながらパンを切り分けチーズを挟む。

    お茶と一緒にだせば「治療中だから」と手をつけないだろうから、回復魔法をかけ終わる頃合いを見計らって出そう。
    勿論自分たちも一緒に昼食をとるといえば、ポップも拒むまいと彼の性格から予想して。

    以前顔色が悪いだの偶にはお母さんの手料理を食べに帰るのも親孝行だぞと言ってポップの神経を逆撫でし怒らせた経験から、ノヴァは好意の押し付けの一歩手前で留まる気遣いができるようになっていた。

    そして誰かが強制しなければポップが柔らかいベッドで眠ることも食事を楽しむこともできなくなっている事も理解していた。


    時折スティーヌが食料品と共に差し入れとして持ってくる薬草より葉の色が濃いポップの手土産は、殊の外苦くそれに見合う効き目があった。
    破壊された両腕だけカッと熱を持つが不快な程の熱さではないとロンが素直な感想を述べる。
    ポップは詰めていた息を吐きロンに断りをいれてから腕を触診し脈をとった。

    賢者が板についてきたなと誂うと必要な事をしているだけだ、とポップは口元だけで笑った。
    薬草の効果が切れ熱がおさまると腕や指が何処まで動くのか実際に動かして確認する。
    期待するほど可動域は広がらないがほんの少し握力が戻った気がする、とロンが言えば丁度茶器を持ってきたノヴァの顔色も明るくなった。

    そうそう、とポップがまた持ってきた袋を探ると胡桃を倍にしたようなゴツゴツした木の実を2つ取り出し、アバン先生からの預かり物だと、疲れない程度に握って手のリハビリに使ってみてくれとロンに手渡した。

    「木の実の中身をくり抜いて膠で貼り合わせてあるんだ。最初は空のままで、握る力が戻って来たら中に砂や小石を入れてみて負荷をかけたらどうかって先生のアイディアなんだけど」
    「ほう」
    以前なら力を込めずとも一瞬で粉々にしただろう木の実をそっと握り手の中で転がすと、皮膚の感覚が戻って来たのか表面の凸凹がくすぐったい。
    「手指を動かすのと皮膚の感覚を一度に刺激できる。お前の師は面白い事を考えるものだ」
    道具の感想を言っただけたが、師を褒められたと受け取ったらしいポップが勢いよく頷く。

    「じゃあロンさん。回復魔法をかけて良いか?」

    ポップの申し出にロンがよろしく頼むと答えると一つ年下の魔法使いの為にノヴァは何時もはテーブルの下に押し込んでいる丸椅子を引き出した。

    癒しの穏やかな光が広がるにつれ常に付き纏うのとは種類が違うジンとした痛みをロンは感じた。
    痛み自体は不快だが腕に入ったヒビが癒されていくのを実感する。

    そして間近に座るポップの爪がボロボロで掌もかさつき眼の下に隈があることも、以前より痩せているのもよく見えた。
    彼がバーン大戦終結直後より更に余裕を無くしているのがロン師弟には手にとるように分かってしまう。

    「ここに来る暇があったら実家にも顔をだせ」
    ロンはポップから視線を逸らし三人分の茶を淹れるノヴァを見ながら、少しでも軽く聞こえていると良いがと思いつつさり気なくポップに水を向ける。 

    「気が向いたらな」
    お調子者でお喋りでパーティーのムードメーカーだった少年が感情のこもらない台詞を吐くのをノヴァは背中で聞いた。
    流石に年長の魔族に対しては以前ノヴァが怒らせた時ほど苛立たないようだが、ポップはそれきり不機嫌そうに黙り込んだ。

    バーン大戦終結後ポップが本音を素直にだせる場は少なくなった。
    ダイが行方不明になった直後の狂乱が過ぎた後、ポップは「みんなのよく知るポップ」という仮面を被って生きているようにノヴァには見えていた。

    バーン大戦中の生と死の狭間でも感情豊かに喜怒哀楽を表し、またそれを完全に制御する事でムードメーカーとしてパーティーを、魔王軍に立ち向かう皆を鼓舞し導いていた少年。
    彼の中ではバーン大戦は終わっていないのだ。

    そんな彼が取り繕わず疲れを、憔悴と己の力不足に苛立つのをここでは隠そうとしない。
    俺たちの家が僅かでも彼が肩の力を抜ける場所である事、仮面を外せる相手であることが嬉しいとノヴァは思う。

    救世のパーティー、アバンの使徒、大魔道士、史上最強の魔法使い、精霊の愛でし者よ……バーン大戦後に初めて彼に会う人、彼の偉業を伝え聞く人にとってポップは生ける伝説であり超人、人ならざる者に等しかった。
    本当は臆病で痛がりで、人恋しいことを隠せない子どもなのに。

    秋を運んでくる颶風が建付けが甘くなった扉を軋ませた。
    「ここらはリンガイアと比べてあまり雪は降らないが風は強いね」

    気まずい雰囲気を変えようとノヴァはありきたりな、以前なら決して自分からは口にのせなかっただろう季節の話題を持ちだした。

    ポップは一瞬目を見張り、そうだな今は良いが秋が深まる前に隙間風が入らねぇように手入れしないといくら薪があっても足りなくなる、と少々傷みが目立つ扉をぼんやりと見ながら応える。

    ロンの家は住人に放置されて長く荒れ果てていた物を生来の器用さで手直しをして勝手に住み着いたものだ。

    ジャンク曰く彼がランカークス村へ疎開した頃は狩人小屋だったそうだが、ハドラー戦役後避難民が入れ代わり立ち代わり住んだが人里から遠く生活の不便さに長続きせずいつのまにか居なくなったらしい。

    一時期住人がコロコロ変わったからか残されていた椅子はみな丈夫さだけが取り柄な、大きさも造りもバラバラなものなのでノヴァが暮らし始めると自ずと座る相手が決まってきた。

    一番大きく背もたれとガッシリした肘掛けがあるものはロンが、背もたれはあるが肘掛けが無いものはノヴァが、丸椅子には友人宅というより飲み屋と間違えていそうなジャンクが訪れる時に使っている。

    何度かノヴァが使っている椅子をジャンクに勧めたことがあるが、こっちの方が気楽だと笑って腰を落着けてしまうのでそのうち諦めてしまった。

    そのジャンクがいつも座る場所に回復魔法を終えたポップが改めて着くと、ノヴァはちらりと想像を逞しくした。

    ジャンクの数十年前の姿としてポップを、ポップの数十年先の姿としてジャンクを思い描いてみるが、どうも上手くいかない。

    ジャンクの少年時代としてはポップは華奢過ぎ、さりとてポップの中年になった姿をジャンクに重ねる事自体無理があるとノヴァはこの二年以上になる付き合いで気づいてしまった。

    ポップのこればかりは父譲りの奔放な癖毛と、色の褪せたカナリヤイエローのバンダナは大戦中に会った時と(同じ高さで)マグカップを傾ける動作につれて揺れている。

    魔法使いらしい細身の身体は、つい二年ほど前まで剣士として、今は鍛冶師見習いとして日々鍛え上げ上背と共に筋肉の厚みを増しているノヴァからすればポキンと折れそうにさえ見えた。

    サババではじめて会った時は自分と今ほど身長差が無かった筈だ、とノヴァは決して口に出せない事実を飲み下す。
    身長が伸びないだけならまだましだ。
    もう18才を過ぎ急激に成長し変化する筈の容姿が、はじめて会った時から変わらない事が実家から足を遠ざける一因じゃないか?と指摘して何になるだろう。

    大人へと最も成長する時期を迎える前にメガンテを唱え、竜の騎士の血で蘇ったのは彼の責任ではない。

    地上の平和と不老と研ぎ澄まされた人間の限界を越えた魔力。
    ダイの自己犠牲とポップの自らを顧みぬ献身に対する神々の報いは野放図なほど破格だが彼には残酷すぎるのではないかとノヴァは思う。

    僧侶の血筋に生まれた娘が神の奇跡を目の当たりにした大戦の後、更に信仰を篤くしたことが彼の恋に終止符を打つ原因の一つになっただろう事は想像にかたくない。

    誰もがバーン大戦でうけた傷を癒やし損なわれた街を復興し未来へと邁進している。
    そして立ち止まる者を異端視し責め立てるのだ。
    彼を立ち止まらせたのは他ならぬ神々であることには都合よく口を拭って。

    彼は、ポップは神の意志(勇者)に最も近く深く寄り添ったが為にこの仕打ちを受けている。

    ここ一年余りは仲間たちと旅を共にすることなく一人で行動しているらしいが、君はちゃんと食事をとっているのか、と聞きそうになりノヴァは唇を噛んだ。
    食べられているはずがない。目の下の隈を見ればろくろく眠れてもいないのだろう。

    パプニカの姫やカールの王にして彼の師、ロモスやベンガーナの王が折に触れてポップを呼出し下世話な言い方をすれば「旅費を稼げ」と焼け残った魔導書や魔道具を修復したり、ダイを捜索する旅で訪れた土地の困りごとを報告させたり大戦の記録を書き記す仕事を依頼するのは、王城でそれをこなす間は栄養のある温かい食事を三食とらせ、屋根のある部屋で休むことを強制できるからだ。

    王たちはまだ「王宮付き魔道士」として彼を抱える事を諦めていないし、たとえ自国でなくとも彼が落ち着いて暮らせる事、不世出の才能を更に伸ばしその恩恵を地上にひろめる事を望んでいた。

    それなのに誰も勇者ダイを捜し出す事を諦めろ、とポップ(猫)に引導を渡す(鈴をつける)ことができないでいる。


    そろそろ行かないと、と腰を浮かせるポップを尻目にノヴァは彼の都合を聞かずに素早く三人分の昼食をテーブルに並べた。

    さっさと食前の祈りを初め、君も早くしたまえと年上ぶって言ってみる。
    その上ロンからも最近ノヴァは料理の腕を上げたぞ、と援護射撃をされればポップも大人しく座るしかない。

    いただきます、と小さく食前の祈りを捧げるポップの声を聞きノヴァは心の中でガッツポーズをした。

    栄養のあるスープのレシピはスティーヌから教わったものにノヴァが酒呑みで野菜嫌いな師匠に野菜をたべさせるべくアレンジした物だ。
    スープを飲み干した頃ポップの頬にやっと赤みが戻った事にノヴァは内心喜び、特別なデザートがあるんだと食べ終えた皿をさげながらロンに「逃さないでくださいね」と目配せした。

    ポツポツとロンがブラックロッドについてたずねるのに律儀に答えるポップの声を聞きながらノヴァはスティーヌからの差し入れのリンゴパイを食べやすい大きさに切り分けて皿に盛りつけリンガイアの父から贈られた薬草茶と共に食卓にならべる。

    ポップは一口食べると瞬いて手にした残りのパイを繁々と見つめた。
    「母さんの味だ…」
    「それは昨日スティーヌさんにいただいたんだ。男所帯じゃ甘い物はなかなか用意できないだろうからって」
    実際ロンの家には竈はあってもオーブンなどという洒落たものは無いし今後も増える予定はない。
    掃除洗濯はともかく食事に関してはまだスティーヌのお墨付きは出そうもないなとノヴァは思った。



    暫らく無言でパイを頬張っていたポップが暖炉に向けた瞳に消えそうな火影がちらつく。
    話の接穂に困ったのだろうポップがふと思いついたようにロンにたずねた。

    「ラーハルトがヒュンケルにお前の墓は俺が作ってやる、と言ったそうなんだがどういう意味かロンさんはわかるかい?」

    あいつは混血だが人間より寿命が長いって当たり前な事を今更いうかな?と首を傾げるポップにロンは目を見張った。

    魔族と人間、人間と竜の騎士、人間とモンスター。
    異種族同士の稀有な絆はロンとジャンクの間だけではなく、これから世々増え続けいつか「汝の墓をつくる者」でなく「親友」とよばれるだろう。

    「魔族の言い回しで‘生涯変わらぬ同盟または味方’の意味がある。裏切りや出し抜きが横行する魔界で、それを申し出る相手が現れるのは生涯一度あるかないかだ」
    ラーハルトとやらはまだ若い内にヒュンケルと出会えて幸せだ。
    魔族の時間感覚ではそう長くない先に文字通りの事になるのだろうが、ただ生きているだけになりがちな魔族にとって閃光のような人間の生き様はさぞや眩しく、それを喪った後永く続く喪失感を補って余りあるだろう。
    「羨ましい」
    ポップが感情の抜け落ちた声をだした。

    ダイの剣の宝玉は今日も輝き、ダイの生存を保証している。
    だが明日は?
    人間だろうと魔族だろうと、明日生きているかは判らぬのが運命というものだ。

    だが亡骸を、その死を自らの目で耳でその手で確かめなければ墓をつくることすらできない。

    《かつての神々が犯した愚行を余が償うのだ》
    ロンは天啓のように、老爺の声をした幻聴を聞いた。
    他ならぬポップが口にした、大魔王バーンが自らが正義と信じてやまぬアバンの使徒らへ叩きつけたセリフだ。

    そう、(神々とて愚行を犯す)
    ならばそれを正すのは誰なのか?
    神の涙なき今地上に生きる、勇者ダイに救われた全ての者にその責がある。
    勿論俺にもだ。
    己を大魔王になぞらえるほど思い上がってはいないが、もう見て見ぬ振りはできない。
    身体より先にポップの魂が死ぬ前に俺ができることは重ねた馬齢で蓄えた知識と情報を与えることだけ。
    ピラァオブバーンに搭載された黒の核晶をヒャド系呪文で凍らせろと言った時のように。

    「ポップ。お前の師アバンは破邪呪文が得意だったな。魔界の瘴気に耐えられそうな者はラーハルトとクロコダイン、オリハルコンのポーンはなんと言ったか……繋ぎをつけられるか?」

    俺の苦々しい口調から察したのだろう、ポップの表情が懐疑から驚嘆、歓喜へと鮮やかに変わる。

    ジャンク。スティーヌ。すまない。
    我が子をルーラでは届かぬ奈落の底へ引きずり落とす手伝いをした俺に対してさぞや落胆し恩知らずだと怒るだろう。
    だがポップはダイ救出に成功してもお前達の元へはもう戻ることはできまい。 

    太陽(勇者)を取り戻すのはポップの、竜の騎士の魔法使いの役目だ。
    かの大魔王の不死鳥を紐解いたように、彼は結界の綻びを見逃さず瘴気すら克服するに違いない。

    ロンはポップの直向きな眼差しを受け止め、70余年前の魔界から地上への旅について語り始めた。
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    Replies from the creator

    ムーンストーン

    DONEダイの大冒険 リア連載時から疑問だったバルトスの敵討ちについて書き連ねました。
    以下バルトスファンとヒュンケルファンには申し訳ない話しが続きますが個人の感想なのでお許し下さい。

    ハドラー(造物主)のから信頼より子への愛情を取って責任追及された事をメッセージに残す=ハドラーへ遺恨を残すことになりませんかとか魔物と人間とは騎士道精神は共通なのねとか。
    ダイ大世界は生みの親〈〈〈育ての親なのかも。
    20.審判(ヒュンケル/ランカークス村)〜勇者来来「勇者が来るぞ」
    「勇者に拐われるから魔城の外に出てはならんぞ」
    懐かしい仲間たちと父の声が地底魔城の地下深く、より安全な階層に設えられた子ども部屋に木霊する。
    この世に生をうけ二十年余りの人生で最も満ち足りていた日々。
    ヒュンケルがまだ子どもでいられた時代の思い出だ。


    「暗くなる前に帰んなさい!夜になると魔物がくるよ!」
    黄昏に急かされるようにランカークス村のポップの家へ急いでいた時、ふいに聞こえてきた母親らしい女の声と子供の甘え混じりの悲鳴を聞いてヒュンケルとダイは足を止めた。

    ヒュンケルが声の主はと先を覗うと見当に違わず若い母親と4〜5才の男の子が寄り添っていた。
    半ば開いた扉から暖かな光が漏れ夕食ができているのだろうシチューの旨そうな匂いが漂う。
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    ムーンストーン

    DONEダイの大冒険 ナバラによるアルキード滅亡の日の回想です。
    テランの人口が急減した理由の一つに理不尽すぎる神罰があったのではないかと思います。
    あの世界の殆どの人は結局アルキードが何故滅びなければならなかったのか知らないままだから神の力の理不尽さに信仰が揺らいだ人も多いと思います。
    夢から覚めた日〜ナバラ「あの日」のテランは雲一つない穏やかな陽気だった。

    暑くもなく寒くもなく、洗濯日和と言わんばかりの優しい風が吹きすぎる。
    そんなうららかな日だというのに何時にないむずがりかたをするメルルにナバラは朝から手を焼いていた。

    「いつもお利口さんなのに今日はご機嫌ななめだねぇ」
    女所帯のナバラ達を気にかけて何かと助けてくれる近所の若者、ドノバンがあやしてくれたが更に大声で泣いてメルルは家の中に駆け込んでしまった。 
    「全くだよ。せっかく忙しいお兄さんが遊んでくれたのに」
    悪いねぇと詫びるナバラに、たまにはそんなこともありますよと気の良い笑顔を向け、若者は花と香炉の入った籠を取り上げ竜の礼拝所へ朝の礼拝に向かった。

    「全く信心深い子だよ。テラン人の中でも朝晩欠かさず竜の神殿に詣でるなんてあの子位だ」
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    ムーンストーン

    DONEダイの大冒険 ハドアバで現パロですがほとんど現代らしい所がでてこない。
    ハドラーとの出会いから別れを手紙で回想するアバンです。
    二人は転生して若干容姿も変わり、名前も変わりましたが出会った瞬間に最速で結ばれた設定(生かされていない)
    アバンの前世の善行のお陰と、種族差だの性別だの年の差だの細けーこたあいいんだよ障害は無くしたから後は自分で頑張れと人間の神様がハドラーの最後の祈りをくんでくれました。
    逝き去りし貴男へ貴男へ

    貴男に手紙を書くのは初めてですね。
    あの頃は手紙を書くのも届けるのも一苦労。
    便箋なんて中々売っていないし、書けたとしても送る手段が限られ相手のいる近くに行く用がある、信頼できる商人や旅人に託すしかない。
    その上長旅の途中で紛失したり商売の都合で渡すタイミングが遅れたり、返事は期待しない方が精神衛生上良い位。

    手紙に花言葉のような惹句をつけるとすれば「不確実」でしょうか。
    それでも人は手紙を書くのです。
    相手の為より自分の為に。

    そもそも貴男の場合長い間宛先、というか住処が分からなかったですし。
    私も修業の為に世界中を旅していましたからもし貴男が私に手紙を書いたとしても届けようが無かったと思えば…あぁ貴男は鏡にメッセージを書けましたね。
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