笑わない理由俺には生前の記憶がない。
全く無いかと言われるとそうではない。と言える程うっすらと記憶がある程度、だけれど。
例えば誰かが居てソイツが何より大切だったとか。
ソイツが消えた世界に生きる価値が無いと言える程息苦しい想いがあっただとか。
夢を介して自分だったナニがそう泣き叫んでいて。
『あぁ…オマエはナニを着飾ってもウツクシイナァ…』
『イヤだ…イヤだ…。俺に、近づかないで…!』
『おいで、オイデ。私がアイしてアゲルかラ』
『来るな、来るな!俺は…アイツだけで良い…!』
『ワタシのタメだけニわラッテイれバイイ…』
『イヤだ…イヤ、触らないで…!』
『オマエハ、ワタシノモトデイキレバイイ』
硬直したままのソレを大きな黒いナニカが撫でまわす。
目一杯の涙を流し、下手に笑うソレを俺は冷めた目で見下ろしていた。
ソイツは非力で中途半端な野郎で、"そういう輩に好かれる体質"だったらしい。
…本当に難儀なことだよな、俺もアイツも。
この景色が胸糞悪くて暴れたくなる。
これは夢だ。時期に目覚める。
分かっていても腑に落ちない。
こんな夢は早く覚めればいい。
そう願いながら歯を強く噛み締めた。
「顔色悪いね。大丈夫かい?」
目が覚めて、朝食を食べる。
久々の夢に苛立っていると木舌がそう言って俺の頬に触れた。
『オマエハホントウニカワイイネェ』
「っ!!!!」
夢に居たナニカが耳元でねっとりとそう囁いた気がした。
バシ、
気がついた時には木舌の手をたたき落としていた様で木舌が目をぱちくりさせていて。
「…触んな気持ち悪い」
「…あー、急に触ってゴメンね?」
「…何をやっとるんだ貴様は」
いやぁ、あはは。
そう言って笑う木舌と呆れた様に溜息を吐く谷裂を余所に空になった皿を前に手を合わせる。
静止を求める平腹の声を聞かず田噛はさっさと自室へと消えていった。
「…田噛に何したの?木舌」
「うーん…。心当たりが全く無いなァ」
「貴様、訳のわからない事で風紀を乱すな」
佐疫が問い質しても見覚えがないらしく、木舌は首をかしげる。
谷裂も木舌が悪いようには思えない様で声を荒らげるだけだった。
「怒らないでよ谷裂。ちゃんと謝るからさ」
木舌はそう言って苦笑した。
たった1人。
平腹はジッと田噛の背中を見つめていた。
「たーがーみぃー!!!!」
「ぅぶっ!!」
「ベッドの上で座るとか、器用かよ!」
「ぐるしい…はなせバカ」
「はぁ?!馬鹿って言う方がバカなんですぅ!!」
バタン、と勢いよく田噛の部屋の扉を開いて田噛へダイブする様にベッドの上へ飛び上がる。
ヘッドロックよろしく自身の胸元へぎゅうぎゅうと抱きしめる平腹の腕から抜け出そうとするも歯が立たず、諦めた様に田噛はされるがままになった。
「…なぁ、田噛」
「…なんだ。要件を言え。ちゃんと応えてやるから。そしてさっさと出ていけ」
「そんなこと言うなよ」
平腹はム、と拗ねた顔をするも田噛の背をとんとん、と叩いた。
「…なんのマネだ…?」
「人の心拍数…?聴かせながらこうやると、落ち着くんだって。斬島に聞いた!」
「…は」
馬鹿じゃねぇの、子供じゃあるまいし。
そういうつもりで顔を上げると自身の時が止まった様な気がした。
強めながらに刻まれる振動と共に感じる血が流れる音と、少し高めの温度に次第に落ち着き始めている自身に気がついた。
そして、この方法の有効さを瞬時に理解した。
…なるほど。確かに効果覿面である、と。
そして消化されているのであろう、ころころという音に堪えきれなくて田噛はふき出した。
「ふはっ、あははっ」
「な、なんだよ!?」
「っく、なんでもっ、…ふっ」
「〜っもぅ!」
…お前って相変わらずだよな。
そう言うと完全に拗ねてしまうだろうから、言わない様に平腹に少しだけ寄り添う。
縋りついてしまわない様に握った手に力を込めて顔を伏せる。
それでもなお、泣いてしまいそうになる自身に心の中で悪態をついた。