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    雨野(あまの)

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    雨野(あまの)

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    恋人同士のひふ幻。一二三に嫉妬して欲しい幻太郎の話です。モブ出ますが、恋愛的には絡みません。いつも読んでいただきありがとうございます。活力です。

    #ひふ幻
    hifugen

    センチメントは君次第「来週〜?おけまる〜!じゃあ、その日俺っちはこの家の掃除でもしてようかな〜!」
     恋人である伊弉冉一二三が平然と述べたため、夢野幻太郎は面を食らった。
    「あ、あの……相手は今をときめく若手俳優なんです」
    「あ〜!今、めっちゃ人気らしいね〜!何?次の実写化の主演ってその人なん〜?」
    「……ええ。その方も小生の小説のファンらしくて」
    「んで、雑誌の企画で小説に出てくる場所の聖地巡礼するってわけね〜!」
    「……はい。長時間、留守にするかと」
    「おっけ〜!寒いだろうから暖かい格好しなきゃね〜!」
     普段と様子が違う彼に首を傾げながら風呂場へと向かった。
     嫉妬深い彼のことだからイケメン俳優とのデート企画なんて聞いた日には騒ぎ立てて、説得するのにも小一時間かかることを覚悟していたのに。蓋を開けてみるとこれだ。
     一二三を説得するのは骨が折れるから、あっさり了承してくれたのは喜ばしいことなのだが。
     どこか釈然としない思いを消し去るようにして体に湯船の湯を浴びせた。

     デート企画当日も一二三はにこやかに幻太郎を送り出した。母親のようにハンカチは持ったか、ティッシュは持ったか、上着はそれで寒くないか、歩くだろうから履き慣れた靴で行け、などの小言は相変わらずだったが、企画自体に文句を言うことはなかった。文句どころか「デート楽しんできてね」とまで言ってきたのだから幻太郎は心底、驚愕した。
     熱でもあるのかと額に手を当ててみたが、当の本人はきょとんとした顔で首を傾げるのみだったため「……行ってきます」と言う他なかったのだ。

     実写化する小説は大学生同士の恋愛小説だ。そのため、聖地巡礼として訪れる場所もいささか若者向けとなっている。
     特に当てもなく散歩をしていた恋人たちだったが、主人公の急な思い立ちにより動物園に行く、というシーンがある。そういうわけでロケの一発目は動物園となった。
     人気俳優と世間を賑わす小説家である幻太郎が一般客に混ざると余計な混乱を招く可能性があるため、開園時間より30分早い時間から園内を回ることとなった。
     ひと通り動物を見て周り、このときの主人公の心境、恋人の心境や描写する際にこだわった箇所を俳優と対談という形でまとめることとなった。俳優はさすがといったところか、幻太郎やスタッフへの気配りも忘れてない姿に人気の高さが窺えた。

    「夢野先生、お疲れ様です。寒くないですか?」
     動物園ロケも終盤に差し掛かったあたりで俳優が幻太郎に声をかけてきた。対談時よりかは雰囲気が柔らかくなっている気がする。
    「おや、お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ」
    「開園時間になったので人が増えてきましたね」
    「ええ。そろそろ貴方の存在に気付いたファンが騒ぎ立てる頃ですね」
    「いえいえ、夢野先生のファンかも」
    「冗談がお上手ですね」
    「冗談なんかじゃありませんよ」
     元気に走り回った後で池の水を器用に手ですくって口へ運ぶ猿を見やり、自然と笑みがこぼれる。
    「夢野先生はよくこういったところへ来られるんですか?」
    「そうですねぇ。取材では訪れますが、プライベートでは全く」
    「では、これは夢野先生の理想のデートなんですかね」
     俳優の言った言葉に恋人の顔を思い浮かべる。一二三と動物園に来たことはない。それどころか外でデートしたのも数えるほどしかない。一二三がジャケットを羽織る形でなら外出することも可能だが、そこまでする必要性が感じられず、幻太郎宅で過ごすことが多い。
     自身も外を出歩くタイプではないし、それで良いと思っていた。思っていたが……俳優の言うように願望が著作へと現れてしまったのか?たしかに愛しい恋人と外出できるとなれば幸せだと思う。
     結局、自身は普遍的な恋愛を求めているのだろうか。
     うまく答えがまとまらず「貴方はどうなんですか?こういった場所でデートとかは」と尋ねることで話を逸らした。
    「僕ですか?僕は今は仕事が一番なんで。恋愛は二の次ですね」
    「ほう。さすが大人気俳優ですね」
    「いえいえ、それほどでも」
     笑い合ったところで二人を呼ぶスタッフの声が聞こえたため、話を切り上げてロケ班の方へと足を運ぶ。
     風に吹かれて色付いた落ち葉が舞うと、何故か無性に一二三に会いたくなった。

     小説の中での二人はこの後、カフェへと移動し昼食を摂ることとなっていたため、幻太郎たちもそれに倣い、カフェへと赴くこととなった。
     空いた時間に一二三に対して〝今からお昼です〟とメッセージを送ってみた。普段、幻太郎の方から連絡を取ることは滅多にない。ましてや自身の行動を逐一報告するようなメッセージなんて送ったことがないため、躊躇もしたが、勢いに任せてメッセージを送信してみた。
     マメな彼らしくすぐに〝俺っちもそろそろ飯〜!寒くない?楽しんでねー!〟とオオカミがにっこりと笑っているスタンプとともに返信がきたが、やはりデートに関しての文句は一切ない。
     普段だったら俳優はどんな奴か、だとか必要以上に近付き過ぎないように、など細かく言ってくるところなのに。それどころか久々の幻太郎からの発信にも関わらず、そのことについてもスルーだ。
     このデート企画を報告したときから一二三が興味なさげだったのを思い出す。企画とはいえ、恋人が別の男とデートするとなれば、嫉妬するのが普通ではないのか?いや、あの男に対して〝普通〟なんてものを求めること自体、間違っているのは自分でも分かっている。だが、今までは口うるさいぐらいに交友関係を気にしていた男が急に無関心になれば、それを不可解だと感じるのが自然ではないだろうか。
     一二三らしくない言動に段々とむかっ腹が立ってきて、返事もせずにスマートフォンを荷物の奥深くに押し込んだ。

     小説の中の恋人たちはランチ後、公園内を当てもなく歩き、商店街をぶらついて終了というデートをしていた。もちろんロケもそのプランで行われることとなる。いくつか写真を撮った後は再び、原作に対する想いや俳優がどのように演じたいか等を歩きながら対談した。若者向けのデートプランは間が持たないかもと心配したが、俳優やロケスタッフのフォローもあって話が膨らみ、対談内容も実のあるものとなった。
     しかし、疑似とはいえデート企画ということもあり、自然と恋人のことを考えてしまう自分もいた。

    『デート楽しんできてね』

     不意に今朝の一二三の言葉を思い出す。
     楽しんできてね……か。そんな他人事のようにあっさりと送り出すなんて。以前はあんなに嫉妬していたくせに。付き合いも数年に及ぶともうどうでも良くなってしまうのか。
     結局、こんな風に一つの考えに囚われてしまうのはいつも自分ばかりだ。対する一二三は口では何だかんだ言いつつ、肝心なところで突き放してくる。
     人を夢中にさせといてその仕打ちはないだろう、伊弉冉一二三。憎きその顔を思い浮かべて怨言をぶつけてやろうとも考えたが、想像の中の一二三はどれも幻太郎の好きな笑顔のままで……結局、深くため息を吐くしかなかった。

     俳優と別れの挨拶を交わした後はスタッフの車に乗り込んで自宅まで送ってもらうこととなっていた。後部座席のガラスに頭を預けるとひんやりとした冷気が髪の毛を伝い、頭皮まで届く。ほぼ無意識に荷物の奥底を漁ってスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを開いた。そこに一二三からの新たなメッセージはなかった。
     ゆらりと視界が揺らぐ。
    〝今からスタッフさんに送ってもらいます〟
     憤っていた気持ちはどこへやら、一言だけメッセージを送った。昼間と同様すぐにスマートフォンが鳴る。
    〝おつおつ〜!気をつけてね〜!〟
     ついに涙が頬を伝い、ぽたりと膝に落ちた。以前の彼だったら〝何か変なことされてない!?〟と尋ねてくるところなのに。怒りや疑問を通り越して悲壮感が自身を襲う。顔が見えない分、余計に彼の心情が分からない。
     一二三に会いたいのに会いたくない。複雑な思いとは反して車はシブヤの街へと進んで行った。

     自宅に着くと、スタッフに礼を述べてから車を降り、玄関ドアの前に立った。引き戸のガラスから漏れる暖かい光が卑屈な心を照らしているような気がして、思わず手が震えた。
     引き戸を開けて、そっと足を踏み入れる。漂ってくる匂いから推測すると、これから年末進行に入る幻太郎のために惣菜の作り置きを作ってくれたのだろう。聞こえる水音は食器を洗っている音。

     再び足音を鳴らさないようにして台所に入ると、お馴染みの背中が目に入る。その背中に向かって思いつく限りの恨み言をぶつけてやろうと意気込んでいたが、軽快に奏でられる鼻歌を聞くとやる気が失せてしまった。
     その代わりに愛しい背中にぴたりとくっ付いた。

    「うぉっ!ビビった〜!帰ってたん?おかえり〜!」
    「……」
    「お〜い!聞こえてる〜?」
    「……何で嫉妬してくれないんですか?」
    「……何、何〜?幻太郎、どったの〜?」
    「……小生のことなんてもう興味ないですか?もう嫌いになりましたか?」
     そう呟いた途端に腰に回した腕を解かれ、正面から抱擁される。自身のコートに溜まっていた空気がふわりと宙に浮き、冬の匂いがした。体温が馴染むと同時にその匂いまでも彼と交わってしまって……それがどうしようもなく嬉しいと感じる。
    「嫌いなわけないじゃん。めっちゃ好きだし、めっちゃ嫉妬したって……」
     どこか焦燥感を含ませた彼の低い声にじわりと涙が滲んだ。ああ、良かった。ちゃんと好きでいてくれた。
    「……デートのこと言っても平然としていたじゃないですか」
    「そそ。でも内心かなり悔しかったって」
     自嘲気味に笑う息が耳にかかる。
    「悔しかった?」
    「うん。その俳優さんが幻太郎とデートするのも悔しかったのはもちろんだけど……俺っちはそういうフツーのデートしてあげられないから。それがめっちゃ悔しい」
    「……そんなこと考えていたんですね」
    「うん。でもさ、幻太郎だって仕事でやってんだし、その企画が話題になれば幻太郎の書いた小説がもっとたくさんの人に読まれるってことっしょ?そう考えたら俺っちが口出す問題じゃないし……って我慢してたのにさ〜!幻太郎、可愛いこと言ってきちゃうんだもん〜!」
    「……はて、何のことでしょう」
    「あー!そうやってすぐとぼける〜!録音しとけば良かった〜!」
    「そういうのはたまにしか聞けないから良いんですよ」
    「え〜、俺っちは毎日可愛い言葉聞きたいんですけど〜」
     肩口にぐりぐりと頭を押し付けられ、くすぐったさに笑い声が漏れる。まるで大型犬が甘えてくるような姿が愛くるしい。
    「……今日、俳優さんから言われたんです。小説にこういったデートの描写を入れたってことはこれが理想のデートなのではないかって。たしかに貴方と外に出かけられたら楽しいだろうなと思いました。でもよくよく考えたらそれって場所じゃなくて貴方と一緒だから楽しいんだと思います。……つまり何が言いたいかと言うと……外でデートしなくても貴方と一緒なら小生はどこでも幸せってことです。だからあれこれ気に病まないでください」
     返事がないため、つと体を離して顔を覗くと何とも締まりのない顔をして笑う一二三の姿がそこにはあった。
    「いやぁ〜そこまで言ってもらえて俺っちもチョ〜幸せ!」
    「幸せなのは分かりましたが、それよりも!ですよ」
     形の良い鼻を軽く摘むと「いひゃいいひゃい」と抗議の声が上がる。
    「遠慮だか気を遣ってだか何か知りませんが言いたいことを無理に我慢するのは辞めてください」
    「えー!いつもはデリカシーがないとか何とか言うくせにー!」
    「それはそれ!これはこれ、です!」
    「わー!幻太郎、そんなに俺っちに嫉妬して欲しくて寂しかったん〜?」
    「……違いますよ。普段と様子が違うと気味が悪いだけです」
    「またまた〜!照れちゃって〜!」
     再び締まりのない笑顔を向けられたため、今度は頬を摘んでやろうと手を伸ばすが彼の手により阻まれ、それが叶うことはなかった。
     しばらく不毛な攻防戦を繰り返したが、彼の手が優しく頬に触れると、どちらからともなく唇を重ねた。
     そっと、気持ちを再確認し合うように。

    「幻太郎、おかえり」
    「ただいま、一二三」
     再び唇と唇を合わせて互いの温度を楽しむ。優しく、そっと。深く深く。

     口付けの合間で「そういや、俳優どんな奴だった?何か変なことされてない?」と聞かれたものだから、つい可笑しくなって吹き出した。すると、一二三がきょとんとした表情を浮かべたため、今度こそその頬をぎゅっと摘んでやった。


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    雨野(あまの)

    DONEひふ幻ドロライお題「逃避行」
    幻太郎と幻太郎に片思い中の一二三がとりとめのない話をする物語。甘くないです。暗めですがハッピーエンドだと思います。
    一二三が情けないので解釈違いが許せない方は自衛お願いします。
    また、実在する建物を参照にさせていただいていますが、細かい部分は異なるかと思います。あくまで創作内でのことであるとご了承いただければ幸いです。
    いつもリアクションありがとうございます!
    歌いながら回遊しよう「逃避行しませんか?」
     寝転がり雑誌を読む一二三にそう話しかけてきた人物はこの家の主である夢野幻太郎。いつの間にか書斎から出てきたらしい。音もなく現れる姿はさすがMCネームが〝Phantom〟なだけあるな、と妙なところで感心した。
     たっぷりと時間をかけた後で一二三は「……夢野センセ、締め切りは〜?」と問いかけた。小説家である彼のスケジュールなんて把握済みではあるが〝あえて〟質問してみる。
    「そうですねぇ、締め切りの変更の連絡もないのでこのままいけば明日の今頃、という感じですかね」
     飄々と述べられた言葉にため息ひとつ。ちらりと時計を見る。午後9時。明日の今頃、ということは夢野幻太郎に残された時間は24時間というわけだ。
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