夏油傑の動向書プロローグ
無機質でミニマリストの家主を思わせる部屋に、スマホのバイブレーションが響いた。黒髪の学ランを着た青年、否少年と呼ぶべきであろう男は、黒目だけを動かしてその画面を見る。《伊地知》と表示されたAndroidを手に取った少年は、未成年だとは悟らせないイントネーションで応答をした。
「もしもし、伏黒ですが…」
ぼそぼそと、口の動きだけでは何を言っているかが読み取り辛い。頬の筋肉が強張っているのであろう。するとあるとき、彼の表情に黒目全体が見える瞬間があった。眠たげに半分開かれていない目ではなく、動物が何かを警戒するときの、あの、目。
そのまま話は続けられていくが、言葉ひとつひとつに間が空いている。窓の外から響く電車の音以外何一つとして物音のないこの部屋で、彼の息遣いだけが感じられた。彼の神経がよく張り巡らされたこの部屋で、彼に勝れるのは、五条悟ただ一人であろう。
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