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    KIRIKOGEKIKAWA

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    KIRIKOGEKIKAWA

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    なゆらいの書き損じ

    元々、最悪だったのだ。可不可が用意した『使いどころがない有休を詰め込んだ連休』が兄の休みと丸かぶりだった事も、兄が自分の知らない所で勝手に二人分の海外旅行ツアーを申し込んでいた事も、ヨーロッパへと向かう飛行機の運行中に急に機体が激しく揺れ始めて、荷物が落ちてきてそれが頭に当たる寸前隣に座る兄に庇われた事も、全て。でもそれも、今の状況と見比べるとかなりマシだった。直後、失われた意識から浮上して、兄と二人きり、黄金に輝く大地を背に目が覚めて、遠くに青い星が見える今よりは。

    隣で安らかに寝息を立てている兄を一瞥し、嘆息を吐き出す。蹴りつけて起こしてやろうかと思ったが、意識を失う寸前に聞こえた、切実と悲哀を混ぜ合わせた様な音で自分の名を呼ぶ声を思い出して、大きく舌打ちをするだけに留めた。地面と同化してしまいそうな金糸と、呼吸で上下する胸を確認してからこれは夢だろうと考える。
    月面旅行は今の所実現していないし、そもそも西へと向かう飛行機から遥か上の高度である月に飛ばされるだなんて非現実的過ぎる。それに、と宇宙服を着ている訳でもないのに呼吸や歩行にも何一つ支障がない。つまり、これが幻覚か夢なのかは知らないが、少なくともこの瞬間、脳は動いている訳で自分は生きているのだ。……足元で呑気に寝返りを打つ兄は兎も角、現実の兄の無事は不明だが。


    「おい、起きろ。」
    膝をついて肩を掴んで揺らすと、図体に見合わないか細い唸り声が閉じた口から溢れると共に眉間に皺が寄った。勿論、この男の寝起きが悪い事を嫌という程知っている為即座に手を離し距離を取ったが、
    「……生行?おはよう……。」
    呆気にとられた。微睡んだ声、気怠げに瞬く瞼。日頃寝惚けたまま人に技をかけたり、目が覚めた瞬間に目の前の人間を睨み付けている姿とは明らかに異なる。目を丸くして見ていると、「どうした?」と続けて首を傾げた兄を見て、数日前、オールで映画鑑賞する為に集まった面々と寝落ちした末、朝蜂乃屋くんを海老反りさせていた事について散々注意した事を思い出した。
    『いい加減朝から人様に迷惑をかけるのはやめろ』
    自分の言った言葉を反芻してから首を振った。夢の中位、面倒事は省けた方がいい。
    「別に、こんな状況でよく寝れるなって感心してた。」
    「はは、手厳しいな。さて、生行は賢いからこれが夢だと理解してるだろう?なら早速結論から行こう。」
    背広の背を手で払いながら立ち上がった兄は此方を真っ直ぐ見据えて口を開いた。
    「生行、此処にずっと居ないか?」

    「……は?」
    唐突過ぎる提案に口を開く事しか出来ない。数度脳内で言葉を繰り返したものの、結果理解出来ずに間抜けな声が漏れた。
    「気付いてるだろうが、今この場所はお前の頭の中だ。現実のお前がどんな状況かは俺も知らない。」
    「当たり前だろ。」
    「逆に言えば、お前の考えている事を全て知っているんだ、……分かるだろ?俺は生行の望む全てを満たせる。お前の嫌いな寝起きが悪くて、勝手に夜中にラーメンを食べて、妙なオカルトに傾倒する様な兄じゃなく、」
    「理想のお前と過ごす為だけに植物状態でいろって?」
    「最後まで聞いてくれ。……俺はお前が生きている限り28歳になっても死なない。それに俺は、生行の事を愛せる。勿論、現実の北片來人とは違って​───」
    息を飲んだ。言うな、と叫ぶ前に目の前の兄は続ける。
    「性愛を含んだ意味で。」

    握って鳩尾に向かって突き出した拳はあっさり避けられた。
    「はは、お前が本当に望んでいたら当たるはずなんだ。血塗れの俺なんて見慣れていた筈なのに、殴られてる俺は見たくないのか?」
    「うるさい。黙れ、二度と口を開くな。」
    本当に最悪だ。幻覚の中でまでこんな最悪が続く事があるとは、悪夢でしかない。崩れ落ちる様にしゃがみこみ頭を抱える。どうすれば良い?こんなに目を覚ましたくて仕方ないのにこの悪夢はいつまで経っても途切れない。何か術は、と考えていた所で目前に思考に到底そぐわない明るい笑顔の兄が現れて身を仰け反らせた。
    「考えた所で何にもならないんだ、一緒に散歩でもしないか。」
    「……此処で過ごしている間は何をしていても、実際は考えているだけだけどな。」
    二度と喋るなと言ったんだから喋るな、と言おうとしたが、また「お前が本当にそう望めば喋らない」と返されるだけだろうからやめた。


    生行が幻覚來人と会話するシチュエーション無限に見たいよ
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