あの日嗅いだ香りの正体を俺はまだ知らないはじめは香水の類いかと思った。
失踪した少女の行方を追っている最中大雨に見舞われ、二人で濡れ鼠になりながら車に乗り込んだときにその香りを嗅いだ。後輩の刑事と違って車内に芳香剤などは設置していないため、発生源は助手席の男しか考えられなかった。
女みたいな匂い。そんな表現しかできないが、とにかく甘ったるくて湿った香りだった。緊迫した状況にもかかわらず、くらくらとめまいがするほどだった。少女の安否を心配するあまり自らを責める彼にどう言葉をかけたらいいかわからず黙っていたということもあるが、むせ返るような香りにすっかり混乱してしまっていた。
後日、無事帰還した少女にそれとなく聞いてみた。男の一番近くにいた人間だ。しかし、あの家でそんな香りは嗅いだことがないという。
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