梅の木 光源を背に立つ男は真っ黒で、ろくに顔貌が見えないのに、その目の鋭さだけは良くわかった。
「で、返事は?」
関西訛りの低い声。どう答えようか、返答に詰まったその一瞬に破裂音。頬が硬直する。首筋が引き攣った。バランスを失いそうになり足の裏に力を込める。よろめけば逆を打たれるだろう。
「どっちがええねねん」
打たれた左側の耳がキンとして、それから熱湯を浴びたような熱さが頬全体を覆った。痛みは遅れてやってくる。
暴力に慣れているわけではない。ガキの頃に小競り合いはしたが、この齢でそうそう殴り合いなどする機会はないからだ。
子供の頃、祖父にはぶたれたことがあった。庭の木に登って枝を折ったとき。普段温厚な祖父の言いつけをやぶった。なんてことない梅の木。地味ですぐ散る花の。死んだ祖母が植えた庭の木。
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