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    サクノ

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    サクノ

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    pixivの再掲

    #太中
    dazanaka

    STRAY CAT 膨らみきった後悔が溜息となって口から漏れた。

    「はぁぁぁぁ〜〜……」

     探偵社の自席でパソコンを開いたまま、太宰は一文字も打たずに机に突っ伏した。

     そんな太宰の様子を見兼ねて正面に座る敦がパソコンを打つ手を止める。

    「……太宰さん、そろそろ仕事しないと、また国木田さんにどやされますよ」

     その言葉に太宰は壁にかけられた時計をチラリと見る。
     確かに、あの完璧に予定を遂行することに命をかけている国木田が、予定通りならあと数刻で帰社する。
     予定は未定と思っている太宰には考えられない狂気だ。

     太宰は再び深々と溜息を吐いた。
     パソコンの画面にはまだ一文字も打たれてはいない。

     いつまでも太宰がこんな態度でいれば必ず怒られる。
     そして、敦も巻き込まれる。何故か。

    「……敦くん。先輩が落ち込んでるというのに君は仕事の話かい? 全く、芥川くんはもっと上司思いの部下だったよ」
    「芥川と一緒にされたくないので、仕事してください」
     
     きっぱりと云い切られた。

     それに対して良いことを思いついたというように太宰は目を輝かせながら、
     
    「あ! 今日は報告書の書き方を教えてあげるね」
    「それは前に聞きました。……本当に仕事しないと……鏡花ちゃん?」

     敦の隣席に居る鏡花がくいっくいっと服を引く。
     それに気付いた敦が太宰から視線を移して、神妙な顔をした鏡花を見る。

     目が合った鏡花は一度頷いた。

    「この鬱陶しい症状、知ってる」
    「鏡花ちゃん酷い……」
    「酷いのは、きっと貴方。あの人は貴方だから怒ってると思う」

     太宰を見て話す鏡花の、言葉の意図がわからない敦は首を傾げる。

     鏡花に云われずともわかっている。

     太宰は気まずさに視線を逸らした。

    「わかってるよ……そんなこと……」

     続けてぼそぼそ何かを云ったが、虎の耳を持つ敦にはしっかり聞き取れた。

     その敦が合点がいったというように、

    「あぁ! 中也さんと喧嘩したんですか! なんだぁ、謝れば済むじゃないですか」

     理由が判明してすっきりした敦は悪意も表裏もなくあっけらかんと笑顔で云う。

    「あ、敦くん……そう簡単な話じゃ……」

     尚もうじうじと言い訳がましいことを続けようとした太宰の言葉を遮るように、バンッと打撃音が響いた。

    「ったく、まどろっこしいンだよ。男ならちゃっちゃと謝って来な。どうせアンタが悪いンだろ」

     その音を発した張本人、与謝野が机を叩いた動作のまま太宰を睨む。

    「そ、そうかもしれないですけど……向こうだって……」
    「何うじうじしてンだい。謝るまで出社しなくていいよ、国木田には妾が云っとくから」

     追い払うようにしっしっと手を払う与謝野に太宰は居た堪れなくなってきた。

     決して気は進まないが此処に居ても針の筵だ。

     皆の視線を一身に集めながらのろのろと自席を立ち、のろのろと扉へ向かう。
     背中に刺さる視線が痛い。

    「ちゃんと仲直りして来るんだよ、色男」

     意地悪い笑みを浮かべた与謝野が追い討ちをかける。
     ぎぎぎ……と錆びた機械のような動きで振り向いた太宰が、

    「やめてください……与謝野女医……」

     既に敗者のような風貌で静かに扉を閉めた。





    *   *   *

     とぼとぼと肩を下げた情けない姿で太宰は街を歩いていた。

     今日に限って寄る処全てがカップルで埋め尽くされているというのは、何処の神様の悪戯なのだろう。

     重苦しい溜息を吐いて、公園のベンチに腰を下ろす。
     幸いこのベンチはカップルの被害に遭わずに済んだようだ。

     眼前には澄み渡る空と、風に波打つ海が遠くまで続き水平線の向こうに消えていく。
     港湾都市ではありきたりな景色。

     見るともなく眺め、ぼんやりと考えていた。

     ……謝る、か。

     中也と喧嘩なんていつもの事だった。
     だから、謝るなんて行為、した事があるはずがない。
     だが今回はそうもいかないのかもしれない。

     今朝、最後に見た中也の顔を思い出す。
     勿論怒っていた。
     凄い怒っていた。

     思い出してまた胸に暗雲が立ち込める。

    「はぁぁぁぁ〜〜……」

     何度目になるかわからない溜息が出た。

     太宰が約束をすっぽかすなんていつもの事だし、女性を心中に誘うのもいつもの事。

     何をそんなに怒ってるのさ? と聞いた時、中也は何と答えたのだっけ。

    「っくしゅ!」

     陽があるとはいえ、海風に当たっているのは流石に冷える。
     鼻を啜り、太宰はベンチから立ち上がる。

     このまま此処に居ては風邪をひく。
     その時、足元に何かが当たる感触がした。

     当たるというか触れるというか、柔らかい何か。

    「なに……?」

     恐る恐る足元を見る。

    「にゃぁん」

     返事があった。

    「ッ太宰さん!!」

     足元のそれと目が合った時、切羽詰まった芥川の声がした。

    「ん? ……おや、芥川くん」

     声がした方を向けば、芥川が血相を変えて立っていた。
     余程急いだのか息が荒い。

    「随分急いでいるようだけど、どうしたの?」
    「猫を探していましたッ!」
    「猫?」

     首を傾げ、足元を見る。

     呼ばれたと理解したわけではないだろうが、にゃぁんと答えた。

    「君が探してる猫って、これ?」

     足元から離れない猫を指す。

     芥川は少し安堵した様子で「はい」と頷く。

     その猫を太宰は両手で掴み上げる。
     よく見ると赭色の毛並みやつぶらな浅葱色の瞳に妙な既視感があった。

     本当に、妙なことに。

     芥川は一度息を吐き出した後、用意していた言葉を発表するかのように、告げた。

    「中也さんです」
    「はい?!」

     にゃぁんと中也と呼ばれた猫は鳴いた。

    「いやいや、真逆。嘘でしょ?」

     引き攣るような笑いが込み上げる。
     
     冗談を云わない芥川に視線を向けると、力強く肯定された。
     これは、本当だ。

     呆れ果てて目眩のような感覚がする。

     何をどうすればポートマフィア五大幹部の一翼がこんな、畜生の姿になってしまうのか。

    「いっそ、哀れみすら感じるよ……」

     太宰の手の中の猫はふわふわの毛むくじゃらで、目を細めてにゃぁんと鳴く。

    「これが中也だなんて……」

     不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。

    「私が触っても戻らないとなると、異能ではないのかい?」

     太宰の言葉に、芥川は何かを思い出すように視線を上部に向けた後、何かに納得したように頷く。

    「僕が見つけた時には既に此のお姿になっていました」

     その芥川の謎な動作に引っ掛かるがこの際置いておこう。
     それどころではないことが起きている。

    「……何やってんの、本当に」

     呑気に欠伸をしている毛むくじゃらに太宰は呆れる。

    「ま、だとしても君達なら解決出来るでしょ、はい」

     芥川に猫を渡そうと差し出したが、芥川は受け取る気配が無かった。
     両手は外套に突っ込んだまま。

    「ちょっと、受け取り給え」

     押し付けようとしたが、芥川は体ごと引いて太宰から距離を取る。

    「はぁ?! 何してるの、早く受け取って!」
    「太宰さんに渡すよう云われています故」
    「何で?! 誰に?!」

     芥川はぶんぶんと必死に首を振った。
     これはどうしても白状しないつもりらしい。

    「私の云うことが聞けないとなると、幹部以上の命令かな」

     青白い顔を更に青くして、芥川は首を振る。

    「……もういいよ」

     これ以上芥川を虐めるのも気が引けるし、この猫が中也だというなら。

     太宰の言葉に胸を撫で下ろした芥川が、

    「では、僕はこれで失礼します」
    「失礼しますじゃなくて。この猫の件、解決するのでしょ」

     恨みがましい目つきで芥川の眼前に猫を突きつける。

     芥川はまた何かを思い出すように上部を見て、猫を見て、太宰を見た。

    「これ以上は聞いておりません故、失礼します」
    「何を?! 誰に?!」
    「此方、僭越ながらねこじゃらしです」

     芥川が差し出したねこじゃらしはその辺に生えているものと同種だった。

    「……要らない」

     ぽいっと捨てると芥川は少しだけ悲しそうな顔をして、その場を去った。







     芥川を見送り、残された太宰は再びベンチに腰を下ろした。

     その膝の上に猫が飛び乗る。

     改めて見ると赭色の毛並み、つぶらな浅葱色の瞳、どう疑ってみても中也だった。

     じーーっと見つめても、くりくりの瞳が見返すだけ。

    「君が本当に中也だとしたら……」

     今朝から頭を悩ませている問題の答えを尋ねようとして、ハッとした。

     猫相手に何をしているのだろう。

     莫迦莫迦しくなり、自嘲した。
     丸い小さい頭を撫でると気持ちがいいのか、にゃあと鳴く。

    「本当に中也なのかなぁ……?」

     どう見ても猫だ。
     だが、特徴があまりにも一致している。

     猫を預ける時の芥川の不審な動きも気にはなったが。

     それに、問題は全く片付いていない。
     中也に謝るという大イベントがある。

     その件の人物はどうやら目の前の猫らしいけど。

    「なぜこうなるの……」

     頭を抱える。
     気のせいか頭痛もしてきた。

     どうしようか途方にくれていると、

    「サボりか? この唐変木」

     その声に背筋が伸びる。

     言い逃れ出来ない状況に太宰は恐る恐る声のした方を、ゆーーっくり振り向く。

    「く、国木田くん……なぜ、此処に……?」

     そこには、手帳を片手に仁王立ちをしている国木田が居た。

     それはそれは怒りを込めた立ち姿で。

    「貴様こそ此処で何をやってる、俺の予定では貴様は今、探偵社で報告書を書いているはずだが?」

     太宰が座るベンチにずんずんと歩み寄り、問い詰める国木田の迫力に反射的に太宰の腰が浮く。

     本能が逃走せよと訴えている。

    「よ、与謝野女医のお遣いで……」
    「何? 不足している備品でもあったのか」
    「詳しくは与謝野女医に聞いてくれ給え。じゃあ、私はこれで!」

     素早く猫を抱き上げ、一刻も早くその場から立ち去る。

     背後で携帯端末を取り出している国木田が見えたが、与謝野は任せろと云っていた。

     本当に任せた!! 与謝野女医!!





     撒いたであろう場所まで来ると、猫は苦しそうに太宰の腕から逃れた。

    「あぁ、すまない……あまり動物の扱いに慣れなくてね」

     走って疲れた為、太宰もそこで一息吐く。

     地面に降りた猫に合わせてしゃがむと、小さい頭を撫でる。
     その手に擦り寄るように、目を細めて撫でられるがままでいる猫。

     その姿は猫そのもの。
     
    「ねぇ、本当に異能なの?」

     聞いたところで答える声があるはずがない。

    「あれ? 太宰じゃないか」

     確実に知り合いである声がした。

     太宰は背後を振り返ると、両手にお菓子の袋を抱えた乱歩が居た。

    「丁度いい、これ持って」

     両手で抱えていた菓子袋をいきなり渡された。

    「乱歩さん……あぁ、そうか、今日は現場に行ってたんでしたっけ」
    「そうだよ、名探偵だからね。太宰は……その猫」

     太宰を見て、地面に座る猫を見て、また太宰を見る。

     納得したように頷いた乱歩が帽子の位置を直しながら、

    「喧嘩の原因は兎に角、謝れば済むよ」
    「へ?!」

     思わず持った菓子袋を落としそうになった。

     その太宰の反応に乱歩は呆れたように、

    「全く、君達はわかりやすいねぇ、こんなにわかりやすいのに何故わからないんだい?」

     やれやれという反応をした後、太宰に渡した菓子袋を乱歩は奪い返す。

    「その猫ちゃんに免じて、荷物持ちは頼まないでおくよ。早く仲直りしなよ」
    「え、乱歩さん……ッ」

     どういうことか聞こうとしたが、乱歩はそれに構わず割と立派に立っている木に向かって歩いて行く。

     意味がわからず見守る太宰の目の前で、その木の影に消えてしまう。

     そして、出て来た。

     何か黒いものを引っ張りながら。

    「おい、やめろ! 探偵社!!」
    「君ねぇ、素直になりなよ。そんなんじゃ愛想尽かされるよ」

     乱歩の言葉に顔を引き攣らせたのは、猫になっているはずの人物だった。

    「中也?!」

     バツが悪そうに太宰から視線を逸らす中也の背中を、乱歩は容赦なく押す。

    「ッおい!」

     抗議の声を上げる中也に向かって、乱歩は見透かした笑みを返す。

    「君達には言葉があるんだ、猫と違ってね。ちゃんと伝えることだね」

     ひらひらと手を振ると、背を向ける。

     後はもう興味が無くなったのか、一度も振り返る事なく去って行った。

     




     残されて、太宰は中也を見た。

     顔を伏せた中也の表情はいつも被っている黒帽子のせいでわからない。
     
     それでもこの場から逃げずに居るということは。
     少しは太宰と話をする気があると思っていいだろうか。

    「……中也」

     名前を呼ぶと、ぴくりと肩が揺れて反応があった。

     無視をすることも出来たはずだが、反応してしまうくらいには中也も太宰を意識している、のだろう。

     そのことに少しだけ後押しされる。

     太宰は勢いのままに云った。

    「中也、ごめん」

     思い切った太宰の謝罪に中也は顔を上げないまま、

    「手前は……」

     落ち着いた中也の声が云う。

    「なンで俺が怒ってるかわかるか?」

     その声に怒りは感じられなかった。

    「……」

     だから、考えた。
     落ち着いているからこそ、中也の怒りは本物だとわかる。

     だが、記憶を掘り起こしてみても思い返してみても、中也がなぜ怒ったのかわからない。

     今朝、中也は最後に何かを云っていた。
     何故かそこだけ記憶の中の音声がない。

     言葉を発せないでいると、にゃぁんと足元で声がした。

     その声で、猫の存在を思い出した。

     そうだ、そもそもなぜ猫になったということになってるのだっけ。

    「……中也、君、猫になったって芥川くんに聞いたのだけど?」

     ぎくっとしたように中也の肩が揺れる。

    「ねぇ、どういうこと」

     何か後めたいことがあると云わんばかりに中也は視線を逸らす。

     その仕草で主犯が判明した。
     幹部以上の、芥川に命令出来る人物。

    「……今白状すれば、君がこれまで秘匿した過去のあれやそれやをしたためた書簡を森さんに送りつけるのはやめておいてあげよう。だが、黙ったままでいるというなら今すぐに送りつける。さて、どうしたい?」

     思い当たることが脳裏に浮かぶのか、目を泳がせた中也がぽつりと云った。

    「……悪かったと思った」
    「は?」

     訝しむ太宰に中也は照れからなのか、頬を赤く染める。

    「ッ姐さんに渡されたンだよ、その猫。俺に似てるだろって!」

     猫がにゃぁんと鳴く。
     小さいところは、よく似ていると思う。

     その猫のつぶらな瞳を見て、赤い顔で怒ったような表情をしている中也を見た。

     口元が勝手に緩みそうになるのを隠す為に、手で覆う。

    「つまり、この猫を使って仲直りしようとしたわけだ!」
    「そうだよ!! わりぃか!! 糞!!」

     必死な中也に、太宰は安堵して吹き出していた。

    「そうかいそうかい。ポートマフィアの幹部殿が随分子供じみたことを考えるじゃあないか」
    「そもそも手前のせいだろ!」
    「そうだね、私が悪かったよ」

     笑いを堪えながら、猫を抱き上げる。

     気せず功労者になった名誉ある猫ちゃんには後で美味しい猫缶でも差し上げよう。

     太宰の思考を読んだわけではないだろうが、にゃぁんと応えがあった。

    「それで、君はなぜあんなに怒っていたの?」

     太宰の言葉に中也は視線を逸らす。

    「なんなのそれ、いい加減にしなよ」

     顎を掴み無理やりこちらを向かせる。
     それでも視線は外れたまま。

    「あのねぇ、覚えていない私が悪かったかもしれないけど、いつまでもその態度はないんじゃないの?」

     太宰の苛立ちがわかったのか、中也は外していた視線をぎこちなく太宰に向ける。
     
    「……笑わねぇか」
    「自信ない」

     あっさり云う太宰に中也は顎の手を払う。

    「いったいなぁ! なら笑わないであげるから云いなよ」
    「ッ!」

     怒ったような照れたような表情で眉を吊り上げ、中也は口籠る。

    「はーやーくー」

     揶揄うように云う太宰に呼応するように、腕の中の猫もにゃあんと鳴く。

     あまりにも呑気な光景に意地になる必要が無いと思えた。

     それでも中也は小さい声で云った。

    「……名前を、呼んでいいか」
    「は? 名前?」

     首を傾げる太宰に、中也は開き直って、

    「手前の名前だよ!! 手前はいつも中也中也って呼ぶだろ!」
    「え? そんなこと?」

     呆気に取られて笑うのを忘れた。
     そんなことで怒っていたのか、と今朝の重苦しい溜息や一連の悩みはなんだったのだろう。

     太宰は気分が晴れたように笑い、

    「いいよ、中也が好きに呼べばいい」

     元に戻った二人の仲に安心して、太宰は猫の頭を撫でながら歩き出す。

     その背を追うように付いて来た中也が太宰の肩を叩く。

     振り向いた太宰の耳元に口を寄せて、中也は名前を呼んだ。

     
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