たったの九十八日問二:構成上の反復
語りを短く(七〇〇~二〇〇〇文字)執筆するが、そこではまず何か発言や行為があってから、そのあとそのエコーや繰り返しとして何らかの発言や行為を(おおむね別の文脈なり別の人なり別の規模で)出すこと。
ロナルドくんが原稿の執筆途中、事務所の机でうたた寝していた。コーヒーを淹れてきた私は、起こすのも何だなと思ってマグカップを机に置くと、静かにその寝顔を見つめた。ふと目に入るのは閉ざされた目蓋を縁取る銀色のまつげ。たくさんあるものを数えずにはいられないという吸血鬼によくある特性を私も持っていた。なので、机に肘をついて寝顔をじっと見つめながらまつげを数えた。
何分経過しただろうか。時を数えるのも忘れて私はロナルドくんのまつげを数えきった。マグカップのコーヒーはすっかり湯気も消えており、彼のまつげは両目合わせて六百二十一本だったことが分かった。そういえばこのコーヒーを淹れるときもうっかり豆をこぼしてしまって、床に散らばったコーヒー豆を数える羽目になったのだ。あれは二十六粒だった。こないだ風呂掃除をしたときもタイルの数を数えるのに夢中になってしまい、たかが掃除に一時間もかかってしまったのである。二百十五枚だった。
そういえばロナルドくんと過ごした日数はいかほどになるか数えてみようと思いついてしまう。思いついたら即行動の私は、事務所の壁に貼ってあるカレンダーをめくりながら、数えた。それが驚くほど短い――たったの九十八日だったので、もう十年は彼と一緒にいたような気がする私はこの先どうなってしまうのだろうと頭を巡らす。そこで思わず笑いが漏れた。私はこの人間と離れる気はないのだと再確認してしまったから。
ロナルドくんは相変わらず寝言で「フクマさんもう少し待ってください……」とかなんとか呟いている。私はノートPCの画面を覗き込んで画面上の文字を一文字ずつ数えていった。
――なあんだ、たったの三千八百三十二文字。この分だと原稿の完成までまだまだ遠い。フクマさんが原稿を取りに来た後には脱稿ハイの彼と私はひと悶着やらかすかもしれない。だが、なぜかいまはそれが楽しみで仕方なかった。
私はロナルドくんを揺り起こす。閉じられていた青空の瞳が寝ぼけたまま私を捉える。
「んあ……ドラ公?」
「ほらほら起きた起きた。その調子だとロナル子ちゃんになってしまうぞ」
そう言うと彼はざあっと顔を青ざめさせて、真剣な眼差しでノートPCに向き合うのだった。こんな夜はもう何回目になるだろうと数えようとしたが、この先何度もあることだと思うと、阿呆らしくなってしまう。