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    猗窩煉ワンドロ(ワンライ)開催おめでとう御座います。ありがとうございます。

    #猗窩煉

    猗窩煉ワンドロ「黎明」 素肌を滑るシーツ、一人分多く沈むベッド、嗅ぎ慣れた煙草の香り。
     自分よりも高い体温、余計に冷たく感じる手指、肌よりも熱い箇所の記憶。
     初めて経験する疲れと、長かった夜が明ける安堵感、新しい朝がはじまる。

    *

     朝が嫌いだった。
     新しい一日が、碌な日だった事がないから。
     朝よ来るなと、そう願って生きてきた。
     夏の日の、あの爽やかな陽を感じるまでは。

     白み始めた空が、徐々に部屋の明度を引き上げる。
     夜が負け帰って行き、少しずつ次の日が迫って来る。
     咥えたままの煙草を揉み消すと、胸に巣食った重たい空気と不安感を纏めて吐き出す。ひと息分の白いもやが真っ白なシーツの上に漂う暇もないまま霧散していった。

     物心ついてからずっと、夜空に煌めく冷たい星々がひとつひとつと見えなくなって、空が明るくなるのを見ると、無性に胸騒ぎがして「ここに居てはいけない」と思う。
     「逃げなければ」「何から?」と自問自答するのは、思春期特有の不安感だと気に留めないようにしていたが、いい大人になっても染み付いた焦燥感が胸につかえて離れていかない。

    「おはよう、杏寿郎。」
     身を寄せ合ったままの恋人の頬を、丸みの残る輪郭を、指の背で撫でる。滑らかな肌から自分よりも高い体温が伝わってくる。
     少しずつ朝の気配を混ぜた空気に溶けるような、静かな呼吸が二回、三回と繰り返されて、それから陽の昇りのようにゆったりと緩慢な動きで目蓋が開かれた。
     白んだ部屋の明度を集めて、硝子玉のような透き通る輝きを携えた両目が、この胸に焦りを引き起こす陽光よりも美しく煌めいて、俺を、俺と恋人の間の空気をじっと見ている。
    「……。」
    「平気か?」
    「…すまない、飛んでしまったか。」
     数秒の沈黙。ようやく意識が覚醒した恋人が、睫毛に縁取られた瞳を何度かまたたかせ、乾いた唇を開く。普段の快活さをひそめた、掠れた音に数十分前の夜の記憶が蘇える。
     頬を撫でていた手で、乱れ髪を撫でると今にも再び夢の中へ戻ってしまいそうな恋人を労る。

     夜空の星より明るく、陽の光よりも熱い恋人と迎える朝は、不思議と焦燥感が身を潜めていた。
     陽光が、明日が怖ろしいものではなく、愛おしく守るべきものに変わったようだ。

    *
     夜が怖ろしかった。
     暗闇から何かよくないものが訪ねてくるようで。
     早く朝が来いと、そう願って目を瞑る。
     夜は恐ろしく、朝陽は恵みだと信じていた。
     

     町が夕焼けに赤く染められ、濃い色の絵の具を溶かすように徐々に夜の帳が下り、空に星々が煌めく頃、部屋の隅の影が広がっていくように、自分の胸の中に謂れのない不安が広がる。
     長い長い夜の時間、眠ってしまっては、もう二度と起きられないんじゃないかと想像しては、目蓋を合わせる事が怖かった。
     無知故の恐怖心がそう思わせるのだろうと、どこか冷静に考えてしまうほど、自分はきっとかわいくない子供であったと思う。
     共寝をしていた弟も、同じように夜闇を怖がるようになってからは、不思議と自分の恐怖心よりも「守らなければ」「強くあらねば」と自分を奮い立たせることが多かった。

     少しずつ、部屋に明るさが滲む。
     閉ざしたままの目蓋の裏に、血潮が透けたように鮮やかさが広がって、次第に体の感覚が夢から引き戻される。

     鼻腔を擽る紫煙の香り、煙を嗜む友人もおらず、こうして共に夜を越えるまで自分の生活の中に受け入れる事があるとは思わなかった。
     触れ合う素肌が、自分のものよりも少しだけ体温が低い。
     剣道を長く続けている自分の手指は皮が厚く、父譲りで骨節の張った指だった。今、自分の頬を撫でるのは、昨晩この部屋で丁寧にヤスリをかけてささくれまで処理をしていた細指で、ほんの少しだけ煙草の匂いを強く感じさせる手だ。

    「おはよう、杏寿郎。」
     目を開く、嗅ぎなれない香りと、未だ慣れない体温。見慣れたはずの恋人の姿。
     瞬きのつもりで閉じた目は、そのまま深い眠りに落ちていたようでいつの間にか白んだ空が窓の外に広がっている。
     一言、二言、なんとか言葉を返すと張り付いたようにうまく発声が出来ない喉が、この数時間の記憶を嫌でも思い返させる。
     とても長く、それでいてとても短い一夜だった。

     朝陽が町を照らし、この部屋にも新しい一日が訪れようとしている。
     体温の低い恋人の背に、訪れる明日のあたたかさを授けるように陽光が差し、色素の薄い彼の髪がきらきらと明かりを透かして煌めく。

     「絶対に離さない。」と、遠くから声がする。
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