降り続く雨の中では、アップルパイの香ばしさも色褪せるようだった。それでもシナモンの効いた林檎は変わらず柔らかい。一口ごとにバターの匂いと混ざって鼻先へと抜け、フィリングの下に敷かれたカスタードクリームが甘く濃厚な余韻を残す。雨が降り止まないのであれば、雨宿りではなく永劫にここに済む羽目になりそうだ、と灰色に濁った空を見上げた。この店はもう長い間店長を欠いているらしく、降りたままのシャッターは錆びついていたが、雨垂れから守ってくれる軒下さえあれば、遅い昼食を摂るのには充分だった。とはいえ紅茶か珈琲でも合わせて買うべきだった、と今は遠いパン屋の方角を睨むと、偶然にもその方向から歩いてくる人影がある。黒い傘は雨を弾くが、外套の裾から覗く尾はその下から飛び出て濡れていた。けれどもそれはわざとだろう。彼の尾は、濡れているときが一番美しく輝くから。
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