あらしの前 年に一、二度こういうことがある。
本棚に囲まれた狭い畳敷き部屋の隅で、すっかり呑まれて眠り込んでいる火村を起こさないように、有栖は散らばった酒の缶を台所に運んでいた。
スルメとカワハギと、ワンカップとビールとそしてキャメルの匂いが混ざったこの部屋は、ヘタな場末の酒場よりもすれた雰囲気になっている。火村といえばアルコールが回ったからか、眠り込む直前「暑い」といってシャツのボタンをいくつか外していたから、春になり多少空気が温くんだとはいえ、どこか寒そうに素肌を晒している。健康的というより典型的な酔っ払いの肌がほんのりと赤く色づいているのが、先ほどから何度も有栖の目に飛び込んできていた。
このつまみ類を片付けたらあのボタンを留め直そう。
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