けんかはよくないけど ……茨と喧嘩してしまった。
おやつのチョコのこととかお小遣いの使い道とかそんなことで始まって茨も私も譲らないので茨はめずらしく「もういいです!」といって出ていってしまった。どこにいったのだろう。副所長室に私がいると帰ってこられないだろうから外に出た。木陰で一息つく。……ちょっと云い過ぎてしまったかな。
ぼんやり茨のことを考えていたら、くさむらがガサゴソ音を鳴らした。不思議に思って覗いてみると――毛玉。
「……ねこ……?」
「わ! はなすであります! なんでありますか!」
「……茨……?」
もふもふしたねこぐるみを纏った、ちいさないのちがそこで暴れていた。茨に似ている。
「た、たべないでー! おいしくないであります!」
「食べないよ」
「おろすでありますよ! わあわあ」
「うん」
地面に置いたらわちゃわちゃと頭を毛づくろいしてこちらを見上げた。
「……かっか?」
「うん、君のじゃないけど閣下だよ」
「お、おれのかっかににてるであります……」
「君も私の茨に似ている」
「あわあわ、撫でないでくだ……ごろごろ~~」
「ふふ、ねこちゃん。プリン食べる?」
「たべるであります!」
茨の為に買ったプリンを開けて差し出す。うれしそうにわらって、器用に食べ始めた。
「……君はなんて云う名前?」
「いばにゃんであります!」
「かわいい。いばにゃんはどうしてこんなところにいたの?」
「えっと、かっかとけんかして、……はしってたらこんなところに……ここはどこでありますか……」
「ESだよ」
「じぶんのしってるESとはちがうであります……」
食べながらしょんぼりしてしまったいばにゃんを撫でる。迷子のようだ。
「……大丈夫、きっとおうちに帰れる。それまで私と一緒」
「ほんとうでありますか!」
いばにゃんはぱあ! と明るくわらった。かわいい。
「……私も、私の茨と喧嘩しちゃったんだ」
「そうでありますかー。おそろいでありますね?」
くちもとの食べこぼしを拭いてあげた。むきゅむきゅと顔を歪めて、元に戻る。
「……でも、喧嘩できることはいいことだよね。いままで茨は全部受け入れるかうまく否定するかしていたから。私の機嫌を取るためだけにくちさきを使っていた。けれどちゃんと茨の思うところを云ってくれるようになったんだ。それはきっと、私と茨の距離が縮まったということだよね」
「……なるほど?」
「難しかったかな」
「けんかはよくないけどけんかできないのはもっとよくないということでありますか?」
「うん。そういうこと」
「そうなのでありますかあ」
うにゅ、と不思議そうな顔をしていばにゃんはこちらを見た。
「おおきいほうのかっか、おおきいほうのおれとなかおりするでありますよ!」
「うん……いばにゃんも仲直りしなくちゃね」
「うう、そうでありました、なかなおりしたいであります……」
「じゃあ元居たところにかえらないと」
いばにゃんを抱いてESの敷地やセゾンアベニューなどを探索する。話を聞くところによるといばにゃんが来たところはESであってESではない別の場所らしい。物語に良くあるパラレルワールドのようだった。時空の歪みを通ってきた……なんて、とても不思議なことだ。
「……もうこんな時間。今日は私のお部屋で寝ようか」
「わ! ありがたいであります!」
「薫君もゆうたくんも居なくて私一人だから、きっと大丈夫」
食事を部屋に持ち込んで、いばにゃんと一緒に食べる。茨は今頃なにしているかな。……早く謝らないとな……。
「おむらいすおいしいであります~~」
「よかったね」
スプーンではむはむ食べて、もぐもぐごっくんしている。気に入ったのか満面の笑みだ。……今度茨にも食べさせてみよう。
「ごちそうさまでした!」
「はい」
「かっかはいまごろなにしてるか、しんぱいであります……」
「そうだね。私も心配」
おくちを拭いてあげて、頭を撫でる。こうやっていばにゃんを抱いていると、なんだか落ち着く。茨の体温に似ている。茨の匂い、柔らかさ、仕草。小さな茨を抱いているみたいで、体がぽかぽかするみたいだった。早く仲直りして、抱きしめたい。抱きしめて、茨に大好きだよって伝えたかった。
「……いばにゃんねちゃった」
そっといばにゃんをベッドに寝かせて、消灯する。安らかな寝顔の茨を思い出して、そっといばにゃんの頬を撫でた。
***
「あ! かっか!」
「……いばら」
副所長室に行くと、なんと茨が小さい私を抱いていた。
「かっかー! おれのかっかであります! みてくださいおおきいほうのかっか!」
いばにゃんははしゃいでかけていった。本当の私(?)をみつけられてよかった。
「かっか! げんきでありましたか! おれはさ……さびしかったであります」
「……うん」
ちょん、と小さい私が茨の手を取って、それから頭を撫でている。仲直りしたようだ。
「……茨が保護してあげてたんだね」
「ええ、まあ。閣下もそうなんでしょう?」
「うん。……謝らなくちゃ、と思って」
「自分も、同じです。……はい。小さい閣下に仲直りしてと云われたので」
「ふふ、私も」
茨が可愛く苦笑するから、傍によって手に触れる。……握り返してくれた。
すると、次元の裂け目が開いて、光るその向こうに小さなESビルが見えた。
「わー! ESであります! かっか、かえるでありますよ!」
「……うん」
「ばいばい、いばにゃん、気を付けてね」
「小さい閣下も息災に」
「ばいばいであります! またねであります!」
そうしていばにゃんと小さい私は光の向こうに消えていった。
それを眺めながら、また手を強く握る。茨はこちらを見て、頭を寄せて息を吐いた。
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ひょんな事から迷子になったぶく茨(いばにゃんの姿)を飼う凪砂
(210718)