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    秘みつ。

    @himi210

    @himi210 小説 / 毎日更新12:00〜21:00 / 凪茨右茨ジひジ▼感想質問お気軽に📩 http://bit.ly/3zs7fJw##ポイピクonly はpixiv未掲載ポイピク掲載のみの作品▼R18=18歳以下閲覧禁止▼##全年齢 for all ages▼連載一覧http://hi.mi210.com/ser▼連載後はpixivにまとめ掲載http://pixiv.me/mi2maru▼注意http://hi.mi210.com/guide▼フォロ限についてhttps://poipiku.com/19457/8988325.html

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    凪茨▼記憶喪失茨 続き

    https://poipiku.com/19457/4982737.html続き

    ##凪茨
    ##全年齢

    終わらない一日を 茨の記憶があの朝から保持されなくなった。
     告白し、思いが通じ、本当の恋人になったあの日。
     眠ると、一日の記憶が消え、またあの朝に戻った。
     特殊な若年性健忘症らしい。
    「おはようございます、閣下。……ええと、ここはどこでありますか?」
    「……ここは病院だよ。茨はね、脳の障害で――」
     きっとこれは罰なんだろうと思った。私があんな酷いことをした罰なんだろうと。
     終わらない一日を繰り返す。
     告白するのをやめた。
     そばにいるのをやめた。
     そうしても、茨の記憶が続くことは無くなってしまった。それどころか悪化していった。見ていられなくて、茨を引き取る手続きを始めた。養子縁組、戸籍の移動、家族。病院にいても手の施しようがないから、安心できる場所へ行ったほうがいいということになった。
     その日、病室へいったら、美しい横顔が空を見上げていた。私に気がついて、海色が濃くなる。珍しく黙っていた。椅子に座って、茨を見つめる。
     空白が心地よかった。ずっとこうしていたような気がする。長いようで短い沈黙を、茨のこえがとかしていった。
    「閣下、俺、……自分、は、どうやら、記憶が保持できなくなってしまったようで……。あの、忘れないうちに、閣下に、……云っておきたいことが」
    「なあに、茨」
     知っている。全部、知っている。
     私はそっと茨の布団に手を添えた。
    「自分は閣下をお慕い申しております。……好きです、……、……、閣下……、覚えていてくれませんか。……もし不快であれば忘れてください! 自分も明日になればこのことを忘れるでしょう。そうしたらいつも通りに接していただきたいです。ええ、ええ、いいんです、下僕如きが大それた真似をして申し訳ない! でも……全て無くす前に、云って、おきたく……」
    「……知ってるよ。私、知ってる。まっさらな茨に、初めて告白された。三回目。嘘じゃないって、わかる。だって、毎回、こういう風に、緊張して、震えてたから」
    「……閣下も、お人が悪い……知ってたなら、早く、断ってください……」
    「……茨が可愛くて。断らない、忘れない、好きだよ、茨」
     茨の両の手を取って、みつめる。揺れる海が綺麗だった。
    「茨、君のことが好き、ずっと好きだった、恋人に、なりたい――そして、」
     聞き手じゃない右の手の薬指に銀の指輪をはめる。契約。証明。約束。
    「家族になろう、茨、私たちの、家へかえろう」
    「……いいん、ですか」
    「うん」
    「……何回目、ですか」
    「これは、初めてだよ」
    「……」
    「ダメかな」
     茨は、ほんの一瞬だけ無防備な表情をした。返事の代わりに手を握ってくれる。たしかに温かかった。
    「……もう、死んだっていいです」
     茨を抱き寄せて、柔らかい髪に頬を埋める。痩せてしまった茨の細い体を、折れるくらい抱きしめた。
     茨のいい匂いがした。

     ***

     ここは、閣下と俺の部屋らしい。昨日までの記憶があやふやだ。俺が戸惑っていると、茨は右手を見て、という。銀の指輪。しらない輝き。
    「茨、君のことが好き、ずっと好きだった、恋人に、なりたい――家族になろう、茨」
     嬉しかった。全ての幸福がやってきたみたいだった。それから閣下は、俺の記憶について静かに云った。記憶喪失。眠ると失われる記憶。この告白が三十回目。全く覚えていない……愕然とした。
    「どうすれば治りますか」
    「それはまだわからない」
    「……治らないんですね」
    「それでも私はずっとそばにいるよ、茨」
     やっぱり俺は血の呪いの中にいるんだな、と眩暈がした。
     そんな俺に閣下を巻き込んでしまうなんて、できない。
    「俺なんかより自分の人生を生きてください、閣下、だってあなたは全てのアイドルのいただきに立つんでしょう……」
    「となりに茨がいなくちゃ、意味がないから。私の人生は、茨とともにあるよ」
     きっとこれも、何度もしたやりとりなんだろう。
    「大切なものは沢山ある。少しずつ教えていくね、って、約束したんだ」
     閣下はやさしくわらった。
    「……身辺整理を、しないと……」
    「もうしたよ。茨は自由で、好きなことを今日、していいの」
    「好きなこと……」
    「美味しいプリンを作ろうか。海辺を散歩して、のんびりするのもいいね。映画はあまり良くないみたい。それよりもカフェでゆっくりはなすのがいいかな。食材を市場で選んで、スープを作ろうか。明日、トマト缶を入れればおいしいから」
     漫然とした休日の過ごし方を提示されて、戸惑う。
    「……俺が望んだことですか」
    「そう。なかなか云ってくれないから、いろいろ試してみた。全部茨が好きなこと」
     そうなのか。知らなかった。
     今日を楽しむなんて、馴染みがない。
     全て未来のための投資で、準備で、工作で。
     ……明日は来なくて、終わらない一日がある。
    「茨、いこう」
     手を引かれて、部屋を出る。
     閣下の体温、閣下の匂い。
     右手の指輪をなぞられて、気がついてしまう。今、たしかにしあわせだった。

     ***

     てっぺんを過ぎて、間接照明の寝室に私と茨はいた。
    「本当に今日を、忘れちゃうんですか、俺」
    「明日は覚えているかも」
     薬は飲んだ。もうできることはない。
    「……眠りたくないなあ」
    「……うん」
    「眠らなければ、……」
    「それもやったけど、悪化するみたいだから、やめたほうがいい」
    「……」
     茨を横に寝かせて、布団をかけた。抱き寄せる。温かかった。
    「茨、好きだよ」
     何度もこうして過ごした。けれど茨にはこの記憶はない。初めての夜。最後の夜。
    「わすれ、たくない、」
     茨が胸の中でぽつりとつぶやいた。
    「わすれたくないよぉ……っ、おれ、やっと、しあわせになったのに、……っ」
    「うん」
    「かっか、閣下、かっかぁ……っ」
     息を苦しくする茨の背を撫でて、茨の全てを受け入れる。
    「君と約束したんだ。何度だって愛するって」
     夜のしじまに二人の体温が響いた。茨の匂いは優しくて、すきだ。
    「私たちは家族なんだから、たましいで繋がっているよ……」
     茨の下手な嗚咽を落ち着かせながら、茨が眠るまで、私はその背を撫でていた。

     ***

    「おはようございます、閣下。……ええと、ここはどこでありますか?」
     おはよう茨。
    「おはようございます、……閣下。……ええと、ここはどこでありますか?」
     ここは、私と、茨の部屋だよ。
    「おはようございます、……。……ええと、ここはどこでありますか?」
     一緒に住みたかったから。
    「おはよう……、ここはどこ?」
     ご飯作るね。

     ***

    「えっと、あんた誰?」
     記憶は保持されないし、過去の記憶も喪失していった。どんどん幼くなる茨は、毎朝知らない私に尋ねる。
    「君の閣下だよ、茨」
    「かっか?」
    「そう。君の閣下だよ。ここは私と、茨の部屋」
    「……へんな名前」
    「君がつけてくれたんだ。とても気に入っているよ」
    「俺が……?」
    「私の茨にしたい、君を。いいかな」
     困る顔も何回目だろう。同じセリフを、何度も聞いた。
    「俺、あんたのこと、なにも、知らない……」
    「これから沢山教えてあげる」
    「……自分のことも、……思い、だせない……」
    「じゃあ何から話そうか。茨のこと、私、全部話すよ」
     茨を知っていった。何度も繰り返す日々の中、私の中に茨が造形されていく。茨よりも茨に詳しい私は、茨よりも深く茨を語る。それを聞いて、わらう茨がしあわせそうだから、きっとこれは正しいことなんだと思う。約束を、守れていると思った。

     ***

    「なぎさ」
    「……茨?」
     その日は違っていた。あの日々の十歳の茨が、そこにいた。
    「日和にいった? なんだっけ、結果……」
     記憶が続いている。あの日から続いている。それがあまりにも奇跡めいていて、思わず息を呑んだ。
    「凪砂?」
    「……うん。……云ったよ」
    「よかった。じゃあ……」
     ベッドの中で、もじもじして、秘密を共有するように茨はつぶやく。
    「俺たちもう家族?」
    「うん」
    「本当?」
    「……本当。本当の家族。……ほら、結婚指輪だよ」
     きらきら輝く銀の指輪をなぞって見せる。
    「うれしい、……うれしいな、凪砂と、家族だ」
     茨の美しい海色。
     幸福そうな目を私に向けて、純粋な響きで、ちいさく、つぶやいた。
    「俺、もう死んだっていいな」
     ぎゅっと、手を握られる。
    「凪砂と一緒なら、こわくないよ」
     泣きそうになった。これが幸福の査証なら、茨は満たされていることになる。しあわせにしたいとずっと願っていた。茨の幸せは何だろうとずっと考えた。
     茨はあどけなくわらって、触れるだけのキスをした。
    「凪砂、好きだよ。俺、凪砂が好き。世界で一番、大好き」
     ああ、きっとこれが、茨が連れている大切なものなんだろう。
    「……泣かないでよ、凪砂、どうしたの、どっかいたい?」
    「うん、……うん、大丈夫、少し苦しいだけ、茨を抱きしめてたら、治るから……」
     離したくはなかった。吹けば飛ぶような灰にしたくはなかった。私はぎゅっと、強く茨を搔き抱いた。
     胸の中で茨は眠った。
     そのまま、全ての記憶は戻ってこなかった。

     ***

    「おはよう、茨。君の閣下だよ。ここは病室、君と私の。私たち、家族になった。茨、私は君のことが好き。愛してる」
     うっすら開く海色を見つめて、そっとつぶやく。
     病院に戻って、茨に様々な管が繋がれた。
     何もかも忘れてしまう茨は、やがて呼吸さえも忘れてしまうらしい。生きることを忘れる茨は、どこまでも自由になれる。
     茨はわらった。
     何の計算もなく、わらってくれている。
     無防備な表情をこんなにも見せてくれる。
    「あー」
    「大丈夫、茨、私は君のそばにいるよ。うん、ずっと」
     戦略を忘れて、仮面を忘れて、世間も仕事も金額も忘れて、言葉も忘れた。茨を形成する口先は無くなった。だからきっとこれが本当なんだと思う。
    「忘れちゃっても、また思い出させる。だって茨と私は恋人だから」
     それならば、何度でも愛してるを伝えたい。
     大切なものは沢山ある。
     茨のなかを、大切なもので満たしたかった。
     ことばのかわりにキスをした。眠り姫が目覚めることを祈りながら。
     けたんじゃない、ただありのままが剥き出しになっただけ。二人の埋立地に佇むように、茨の指先にゆびを絡ませて、あの日と同じように、ぎゅうと強く握った。

    (210811)
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