一緒にピザを食べるkbnkb「ジャーン! カブさん、一緒に食べよーぜ!」
そう笑顔で言ったキバナの両手には大きな箱が乗っていた。箱の上面と側面には有名なピザ屋のロゴがでかでかと主張している。
カブは、自宅のドアを開いたところで長身のキバナを見上げて驚いたように目を見開き、すぐに可笑しそうに口元に手を当てて笑う。
「わぁ。大きいね! しかも二箱も買ってきたの?」
「二箱買うと一箱タダなんですよね〜。それでつい」
「ボクとキミだけじゃ食べきれないんじゃないかい。他に誰か呼ぶ?」
「やーだ。オレさま、二人っきりで食事したいよ。カブさんはオレとイチャイチャしてるところ、誰かに見せたいの?」
勝って知ったると、カブが押さえたドアの隙間からすれ違うように玄関の中に入り、靴を脱いで上がり込む。両手に大きな箱を持っているキバナに代わって靴を揃えて後を追うカブは、リビングのテーブルにピザ箱を置く広い背中を見つめ、困ったように赤面した。
「い、イチャイチャ、するんだ……?」
揺れるカブの声にキバナが振り向く。逸らされたカブの視線を追うと先ほどまで大きな箱を持っていた大きな手でカブの手を握った。
「お家デートでしょ、カブさん」
「う、うん。そうだよね……デート、なら、いちゃ、いちゃ、するよね……?」
「可愛いな、カブさん。今更照れんの」
「なんだか変に意識しちゃった。はは、恥ずかしいな」
眉を下げて控えめに笑うカブに、キバナは口の中でもごもごと何事か呟き、ただ力強くカブを抱き締めた。お互いに気取らないラフなTシャツ姿、薄い布一枚を隔てただけの体温は思った以 以上に熱い、と互いの心臓の音を聞きながら二人して赤面するのだった。
「わぁ、すごい。ピザなんて久しぶりだなぁ」
「ハーフにしたから、四種類の味ですよ! オレも久しぶりに食べるけど、旨そー」
どうせならばと、リビングのソファに並んで腰掛けた二人。目の前のテーブルには、大きなピザが二枚と、エールの缶が数本用意されていた。
「ピザ食べながら映画、いいよなー! この映画、前からずっと気になってたんで、一緒に見れて嬉しい」
「ふふ、若い頃に戻ったみたいだよ」
キバナが楽しそうにテレビのリモコンを操作する。そんなはしゃいだ様子の年若い恋人を見ているカブもワクワクとした心持ちを隠せないでいた。
「あ、電気も消して臨場感だそう」
「いいですね! じゃあ、再生しまーす」
カブがソファから立ち上がり、リビングの照明を落としてからキバナの隣に戻る。ちょこんとカブが座ったのをソファの揺れで感じながら、キバナはリモコンのスイッチを押した。
「キバナくん、どれ食べる?」
「チーズたっぷりのやつ」
「これかな。わぁ、すごい伸びる、見える?」
「見える見える。うまそー」
カブが切り分けられたピザをすくい上げるとにょーんと伸びたチーズがテレビの光に照らされる。カブとキバナは子供のように笑ってはしゃぎ、千切れて垂れたチーズを口で迎えにいくように咥えてみせるとカブがまたクスクスと笑った。
「うわ、まだアツっ!」
「ね。キバナくんが買ってすぐに持ってきてくれたからだね。ありがとう」
「はは、どういたしまして。カブさんはどれ食べるの?」
「ボクは、そうだな……これにしようかな」
二人がそんなやり取りをしている中、テレビでは映画の冒頭が流れ始める。キバナが画面に顔を向け手に持ったピザをもぐもぐと食べ、その隣でもカブが「あ、美味しい」と呟いていた。そんなカブの楽しそうな声を聞いて頬を緩めるキバナ。むぐむぐと満足そうに口を動かしながらカブに寄り添い、画面の中の登場人物たちを眺めていた。
「キバナくん。これも美味しいよ、一口食べる?」
「ん。食べさせて」
映画の序盤から惹き込まれるストーリーにキバナは目を離せず、カブの方へ寄り添いながら口を開けた。集中し始めたキバナに可笑しそうに笑ったカブは手に持っていたピザをキバナの口元に持っていくが、
「うん。あーん……アッ!」
小さく声を上げてカブはしまったと手を引っ込めた。キバナが驚いて隣を見ると、カブの肩からワキへチーズの塊がどろりと掛かっていた。
「ごめん、チーズこぼしちゃった。キバナくんには掛かってない?」
「オレは大丈夫です! って、まだ結構熱いだろっ? 火傷する! 早く、洗い流しましょう!」
ヌメラの粘液のようにゆっくりと、カブの肩からワキヘ移動するチーズの塊。慌てるキバナとは対照的に、カブはいつもと変わらぬ様子でティッシュを一枚取るとチーズの塊を掴み取りTシャツを拭った。
「大丈夫、ダイバーンの放射熱よりは熱くないよ。ごめんね、集中してたのに」
そう言って笑うカブは、「服、着替えてくるね」と席を立とうとする。その腕を掴んだのはもちろんキバナの大きな手で、驚いたカブは次の瞬間キバナの膝の上に座っていた。
「熱さは比べるものじゃないです。服はいいから、すぐ冷やして」
「キバナくん。ボク、火傷には慣れてるから。心配しなくても大丈夫だよ」
「慣れてようがなんだろうが、火傷したら痛いし熱いものは熱いでしょ」
キバナが必死の形相でカブの肩にまだ開けていない冷えたエールの缶を押し付ける。腰を抱き締められて動けないカブはその表情を見て複雑な顔をした。
「……なんですか、その顔」
「いや、嬉しい、なぁって……思ってしまって」
自分のTシャツの袖をまくって肩に缶を当てるキバナをカブはジッと見つめる。視線に気付いたキバナがムスッと口を尖らせると、反対にカブはへにゃりと眉を下げて笑った。その言葉にまた、キバナが口をもごもごさせる。やっぱりヌメラくんに仕草が似てるなぁ、とカブが思って見つめていると、キバナは缶を握っている手をカブの背中に回してその長い両手でカブを強く抱き締めた。
「カブさんは、自分のこと、もっと大事にしてください」
その真摯な声音に、カブはかっと顔を赤くする。背中にひんやりとした缶の感触、そして肩にキバナの熱を感じて、カブはほぅと「熱い」と呟く。
「うん……、ありがとう、キバナくん。キミがしてくれるように、ボクもボクの体のことをもう少し考えるようにするね」
「……うん」
カブがキバナの頭を撫でると、キバナが子供のように全身で擦り付いてくるので、カブはまた小さく笑った。
「じゃあ、これ多分もう少しちゃんと冷やさないといけないと思うから氷嚢作ってくるね!」
しっとりとした雰囲気はすぐに、カブの威勢の良い声で書き消えた。火傷はすぐに処置が必要であるからしてキバナも「いい雰囲気だったのに」などと言っていられず、迷いなくキッチンへ行くカブの背中を見つめた後、いそいそとテーブルの周りをキレイにするのだった。