はい、と差し出された男のてのひらには、つやつやとした紅い林檎がひとつ乗っていた。
「ありがとうございます」
男の顔を見上げた少女の肩口を、さらりと長い黒髪が滑り落ちる。
少女はワンピースの裾で林檎を軽く磨くと、両手で持った果実にさくりと齧りついた。じゅわ、と甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。
男は手を伸ばして枝からもう一つ林檎を捥ぎ取ると、少女にならって紅い実に歯を立てた。
絵画のような真っ青な空の下、半壊した煉瓦造りの壁の上に男と少女は並んで座っていた。辺りは果ての見えない程に広い薔薇園で、二人が腰掛けているような壁がぐるりと迷路のように張り巡らされている、一風変わった英国式庭園だ。辺りは静かで、時々穏やかな風がすぐ脇の樹木から果実の甘い香りを運んで来る。
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