Unknown 先輩の様子がおかしい、気がする。
表情の変化が前より少ないし、報告書の文字が何処となく強張っているし、声をかけたときの応答も以前までよりコンマ数秒遅い。
だけど他の人にはそれが分からないみたいで、先輩何かあったのかなぁ、なんてそれとなく探ってみても、
「何かって何が? いつもどおりじゃないか? 」
と返されるばかりで手応えは無し。
僕の気のせいか? それならいいけどもしもそうじゃなかったらどうする? 先輩は索敵能力も対処力もうちの主軸だろう?
わずかな違和感も早めに解消しないと後で取り返しのつかないことになると僕は教わった、吸対の皆から、そして──他でもない先輩から。
だから先輩とふたりでの巡回の帰り道、署を目前にしたところで聞いてみたんだ。何か悩みでもあるんですか? って。そうしたら先輩はあからさまにびっくりしながら
「……どうしてそう思う?」
って、否定しなかったから、やっぱり僕の考えは間違ってなかったんだ。
僕は正直に、ここ最近気付いた先輩の変化について答えた。
先輩は
「そう、か」
とだけ言った。
眉を顰めた笑い顔に、僕は、何故か息苦しくなった。
僕じゃあ何の力にもなれないことかも知れませんけど、と前置きしてから、それでも先輩は──主に例の退治人さん関係に関してだけはついていけないところがあるけど──今まで散々お世話になっているしこれからも助けてもらうことばかりだろうから、少しでもお返しになるなら話くらい聞きますよ、と、伝えた。
お節介でしかない可能性もあるけど、気付いていながら何もせずにはいられなくて。
先輩は足を止めずに、でも少しだけ歩調を緩めて、何秒か、じぃっと僕を見た。
僕も先輩を見つめ返してふた呼吸。
先輩が、視線を前に向けてから、言った。
「好きな人がいる」
そう、声にした先輩の口元はさっきまでとは違って、ほんの少しだけど緩んでいて、目元も優しく下がって、いた。
それを見て、僕は──まさかの恋愛相談だ! どうしよう! 本当に、話を聞く以外僕にできることなんてない気がする! 下手なことは言えないし……、だけどやっぱり、先輩がそこまで悩んでいるなら何か少しでも力になりたい! と、思う一方で、
一層、息苦しくなった身体の真ん中に、はっきりとした違和感を覚えても、いた。
だけど今は自分のことより先輩だ。
そう思って、その違和感をひとまず無視して、また聞いてみた。
その人に、好きだって、言えないのには、何か理由とか、あるんですか?
って。
署の目の前の交差点、先輩が、足を止めた。
歩行者信号は青になったばかり。
先輩はまた、僕を見た。
僕もまた、先輩を見た。
「理由は──」
先輩は、また、笑った。
だけど今度は──
「その相手が、俺に好きな人がいると知っても、顔色ひとつ、変えないところだ」
まるで泣き顔みたいな笑顔だったから。
僕は、署に向かって歩き出した先輩の背を、追いかけられなかった。