視線⑤ 見ているよ「え?!卒業した後、七海の所に居たの?!」
「居たわけじゃないよ。仕事では世話になっていただけ」
朝食中に今までどうしていたかの話をすると、先生は持っていた卵焼きを皿の上に落とした。
先生と再会したあの日から、先生と暮らすことになった。暮らし始めてからもうすぐ2週間。
積もる話もすむんで、一緒に過ごせなかった過去を取り戻す様に、今を過ごしたい。そんな思いから、同棲しようと話が進み、こうして朝食を共にしている。
「同じだよ。七海を頼るくらないなら、僕を頼ってくれたら良かったのに!」
態とらしく頬を膨らませる先生は、高専の時には見ることができなかったから新鮮だ。
「しょうがないだろ。俺は振られて、先生のこと忘れたかったんだから…」
「てかさ、それ。前にも言ってたけど、僕告白されてないよね?」
「え…?」
「ん?」
落とした卵焼きをたま箸で掴み口へ運ぶ先生は、疑問の視線を送ってくる。
「したよ!卒業式の日、大好きだよって!」
「いやいや、あれじゃ分からないから。こっちは、悠仁に脈なしだと思ってたんだよ?伝わるわけないでしょ」
「伝わって…なかった?」
俺が振られたと思った気持ちは、そもそも伝わっていなかった。勇気を出して伝えた言葉は、何かが始まるきっかけにもならなかったことを知った。
「俺、振られたて思ったから…先生を忘れようとしてたのに。あぁ!バカみたい!」
恥ずかしくなり、茶碗の白米を口の中へかき込んだ。
「まぁ、いいじゃない。忘れられなかったから、今こうしているんだし」
口から茶碗を外すと、先生の手が伸びてきて頬に触れる。その手は先生の口へと戻り、米粒をぺろっと食べた。
その仕草を見ると、頬が熱くなった。
「もっと早く伝えていたら、もっと長く先生と居れたのかな…」
そんなことを呟いた。
食べ終わった食器を重ね、俺の後ろの流しへ運ぶと、先生は諭す様に話しはじめる。
「あの時に気持ちを告げて、こうなっていたら、きっとあの時にしか味わえない感覚はあったよね。でも、その分失うものもあったでしょ」
「…」
「僕は悠仁対しては、超〜独占欲強いんだよね。誰にでも優しい、人たらしな悠仁くんだからは、誰の目にも触れさせたくなくて、たぶん監禁してた。うん、間違いないね」
先生のことだから「早く伝えてよ!」と言ってくると思っていた。だから、そう返ってきて拍子抜けした。
「それに色んなことを学んで、選択して、その結果、僕の所に来たんだと思うよ。だから、今こうなったことに意味があるんだよ」
後ろから抱きしめられる。その温もりが、最近当たり前になりつつも、やっぱり嬉しい。
「そうだね。今だから意味があるのかも」
抱きしめられた先生の手に左手を添えると、その手を取られた。
そして、広げられた指に何か硬い輪っかが通される。
「…これって」
「悠仁、結婚しようか」
「…っ!!」
下唇を噛んで沸き上がる水分を堪えた。
その様子を、後ろから見ている先生から温かい笑い声が聞こえてくる。
「ふふ…返事は?」
「…っ、はい!」
座っていた椅子を勢いよく立ち上がり、先生の首に腕を回していた。先生の唇に自分の唇を強く押し当てると、先生の腕が背中に回わされる。
「最近の悠仁は、よく泣くね」
「五条先生のせいだよ…」
「悠仁の泣き顔を見たことあるのも、僕だけだね」
そう笑って抱きしめてくれる。
朝起きて、寝巻きのまま食べる朝食。そんな時に、まさかプロポーズされるとは思わなかった。驚きと嬉しさで、やっぱり涙が止まらない。
「もうー!先生、大好き!」
「僕もだよ!」
お揃いのスエットで抱き合って、こんなに幸福に満ちた朝は初めてだ。
先生は首に回った俺の腕を解いて、また左手を取ると、先生がはめてくれた指輪にキスを落とす。
「これからは色んな悠仁を、ずっと側で見ているよ」
部屋を満たす旭光で輝く青色の瞳は、真っ直ぐ俺を見つめるその瞳は、俺の全てを見ていてくれる。
昔も今も、大切な視線。