弊里の予防接種のアレコレ話カムラの里にも予防接種と言う物はある
ギルドから各地へ定期的に提供されるワクチンを摂取する事で風土病や流行り病、モンスターの驚異や自然と折り合いをつけていくのだ
この日ばかりは普段昼寝に興じているゼンチ先生も大忙しであるので、ハンターになる前はゼンチ先生の元で手伝いやら医術に関する事を学んでいたクラウスもあまりの彼の目の回りそうな程の忙しさを見て手伝いを申し出た所、諸手をあげて喜ばれたのでキチンとした研修を経て予防接種の分担役となったのである
◇◇◇
プスリ、と痛みの無い軽い衝撃と共に自分の腕に細い針が刺さり、何かが身体の内に流し込まれている不思議な様子をジッと観察する
「コレで良し…ニャっ!お前さんは昔から素直に大人しく注射させてくれるから大助かりだニャ〜!ソレに力があるお前さんが手伝ってくれるおかげで暴れて嫌がる奴等を任せられるからワシの手間が減るし良かったニャ」
そう言ってにょほほ、と笑うゼンチを見てクラウスも相好を崩す
「ゼンチ先生には色々教えて貰ったしな、その知識があったから狩りでも結構助かった。こんくらいなら別に良いぜ、恐怖に慄いて逃げ惑う奴等を捩じ伏せるのもそれなりに楽しいしな」
「にょほほ!元気がええのは良い事ニャ!手間が掛からんかったらニャ!じゃ、お互いの接種も済んだ事じゃしひと仕事するニャ〜」
そうして里で予防接種が開始された。
泣きはするものの意外と子供達は素直な分大人しいモノで、尚かつ赤子の時から時々自分達の子守りをしていたクラウスとのほほんとしたアイルーのゼンチが相手な事もあってスムーズに接種が進んでいく
…問題は大人達の方であった
「コミツ、お前泣かなくて偉いな…セイハク、泣くなお前…痛くしなかっただろうが」
「えへへ!クラウスさんが痛くない様にしてくれたお陰だよ!ありがとう!」
「ち、ちげーし!!別に注射が怖くて泣いたワケじゃねーし!!コレは心の汗だし!」
「ニ"ャ"ー!里長〜お前さん筋肉が凄いのは健康的でええ事なんじゃが、普通の針が通らんので面倒だニャ!!!力抜けニャ!!」
「ハッハッハ!!悪い悪い!だが力は今全くいれておらんのだ!!!」
「ゼンチ先生、やっぱり里長はコッチの太い針の方が良いんじゃねぇか……」
「おおクラウス!ゼンチの手伝いか、ご苦労!!良くやっておるようだな」
「ゼンチ先生の教えが宜しきを得たからでございます、里長。狩猟以外で俺が里に貢献できる事があるならば僥倖と言うものです」
「良い良い、お主は真面目だな!今日一日大変だろうが此れも里の皆の健康の為、宜しく頼むぞゼンチ、クラウス」
「はい」
「任せろニャ〜」
その後も朗らかに接種を受けるゴコクや、渋い顔で接種を受けるハモン並びに刀鍛冶一門、その中で嫌がるミハバを押さえ込み高笑いして注射を打つ等愉快な場面もありつつ順々に接種は進んでいく
「ね、姉様…どうかミノトの手を優しく握っていただけませんか…っ」
「ええミノト、このヒノエがしっかりと握っていますよ!」
「姉様…っ!」
「そんな毎回怖がらんでもええニャ」
「おや、某の担当は兄君であらせられましたか」
「お前毎回そうやって微妙に俺を煽るなよ分かってるぞ」
「とんでもない…某は事実のみ申し上げております故…」
「チッ……おい、カゲロウ」
「はい」
「お前後でちょっと手伝え」
「手伝い…とは、某…医術の心得が特にある訳では」
「違ぇよ。其処の長椅子で座って待ってりゃ良い」
「はあ…、なるほど…?」
若干腑に落ち無い雰囲気のカゲロウがしずしずと長椅子の方へ向かった頃、集会所の方からキャンキャンと悲痛な声が聞こえてくる、この予防接種の行事随一の問題児の御登場である。
困った顔のウツシが、励ましながらすでにもう泣いている自分の妹のクララの手を引いてやって来る
「頑張ろう小愛弟子よ!!!!俺も…あんまり…注射得意じゃないけど…、ね??後でりんご飴買ってあげるから…泣かないで!小愛弟子よ、俺も頑張るから!」
「やだぁ……注射やだぁ……うぇえ、絶対痛いもん…っ!針刺さるのやだもん〜ヒック、ううっなんで、なんでこんな行事あるんですか…っ」
「う〜ん、健康の為だから致し方無いね!狩猟に出るハンターならば絶対に…ウン、受けないといけないから…ね……おっと小愛弟子!!!力をいれて踏ん張ってはダメだよ!!!凄い力だ!!!流石は我が愛弟子!!!!里でも指折りの剛の者!!!いや本当に凄い力だね!!!!」
「やだ〜〜〜!」
向こうで散歩の終わりを嫌がる犬みたいになっている自分の妹を見てクラウスは深い溜め息をついた
「クラウス、この予防接種で1番の問題児が来たニャ、ワシじゃあクララはちょっと…だいぶ骨が折れるから頼むニャ!」
「嗚呼、悪いなゼンチ先生…どうもクララは昔から慣れねぇみたいでな…この世の終わりレベルで嫌がるんだ」
そう言って立ち上がり近付いてくる自分の兄を視界に入れたクララの行動は早かった。まず自分の手を引く師の手を力一杯振り払う
「えいや!!」
「あ!!!コラ小愛弟子!!!!」
次いで見事な反転と共に捕まえようとする師の手を鮮やかな動きで避けつつ華麗に逃走した
ソレを見て歩いて近付いていたクラウスも駆け出す
「待てクララ!!!!!」
「やだもん!!!私元気だもん!!!」
「お前俺に脚力で勝てると思ってンのか!!!!!」
「イヤァ"ア"ー!!!」
カムラの里の予防接種時に同時開催される名物、エルフ兄妹の予防接種攻防の喧嘩である
「やだやだやだぁ!!!必要なのは分かってるけどイヤーーー!!!怖いよーー!!!お兄ちゃんヤダーーー!!」
「お前が嫌なのは注射であって俺じゃねぇだろうが!!!」
「ァ"ア"ー!!」
里の英雄二人が揃えば、双方武器は今持って無いので素手ではあるが見事な攻防である。
兄は速力と技巧と状況判断に優れ、妹は剛力と胆力と第六感に優れているのでドッタンバッタン大騒ぎである
この間、二人の師であるウツシが見てるだけに努めているのは、前回の予防接種時に捕獲を手伝った際大暴れしたクララに教官大嫌いです!!と泣きながら言われて暫く真面目に凹んだ為に、そのクララの兄であるクラウスからお前が介入するとややこしくなるから辞めとけと言われたからであるので、弟子二人の攻防を見て成長ぶりに感涙するだけに留めている
「いい加減にしろよクララ!!!!流石に怒るぞ!!!!」
「キャーーーー!!!」
普段は妹に対しては甘く優しい兄ではあるが、クラウス本人は結構短気な男であるので、翔蟲を用いて妹を捕獲し小脇に抱えて息を大層乱しながら帰ってきた
「クラウス、お疲れ様」
「…おう」
「ヒック、ヒック、うぇえ…っやだよぅ…怖いよぅ…」
「そんなに悲痛そうに泣かないで小愛弟子…あ、何だろう凄い可哀想になってきた」
「お前なぁ…コイツが泣く度甘やかすんじゃねぇよ」
「いや…だって可哀想だし…、と言うか1番甘やかしてるのクラウスじゃないかい?」
「あ"???俺は良いんだよ」
「り、理不尽!」
そう言い合いながらクラウスは泣くクララを先程長椅子に座って待つ様に誘導したカゲロウの隣に座らせる
「おや、なるほど…そう言う事でしたか」
「…!!!!おに、おにいちゃん…っずるい!ひどい…っ!」
「酷くねぇよ、コレは防止策だ。お前が逃げようとするからだろうが…さっきから泣きながら隙伺ってやがっただろ」
「さ、クララ殿…怖くありませんよ。某が手を握っていて差し上げますからな」
「ぴぇ……」
「小愛弟子が借りてきた猫みたいになってる…」
「痛くしねぇから」
「ぅう〜!!おにいちゃんなんか…っきら、きら…っ」
「…嫌いか?」
そう小首を傾げて聞く悲しげに眉を顰めた麗しの兄
「ウッ!!!好きです!!!!!」
「いや、何でお前が反応してんだよウツシ…おかしいだろ。クララ、俺が嫌いか?」
「きら……っ……ぅ、しゅき……」
「そうか、俺もだ」
プスリ。
「ミ゜ッ!!!!」
「おお良し良し、よく頑張りましたなクララ殿」
「はずかしい…お兄ちゃんのばか…」
「お前が最初から逃げなきゃ良いだけの話だ」
「さ、クララ殿。泣いて瞳を潤ませる貴女もとても愛らしいですが…某はいつもの花が綻ぶ様な貴女をいっとう好いておりますぞ…」
「かげろうさん……」
「てめぇ人の妹を俺の目の前で口説くな」
「兄君の依頼に対する某への報酬と言う事で…」
確かにこの男に依頼と言うか頼んだのは自分なので舌打ちしつつ、溜め息をついて二人の世界を展開している光景から立ち上がり後ろで様子を伺っていたウツシに向き直る
「次お前の番だぞ」
「え、君を口説けば良いのかい…?我が伴侶よ」
「ふざけるなよてめぇ阿呆か、ンなモンいらんわ熨斗つけて返してやろうか。…予防接種だよ」
「デスヨネ…、あ〜〜俺も、逃げは流石にしないけどさ…苦手なんだよね…針が刺さるのも何か液体が身体の中に入ってくる感覚とかさ…」
「……?戦闘の傷は厭わねぇのにか??」
「いや…アレとは種類が違うだろう?」
「俺は結構面白いと思うし好きだけどな、注射されんの。まぁ兎に角だ」
「(何かえっっっろいな…)うん?」
「俺はゼンチ先生のお墨付きで上手いから痛くしねぇよ……気持ち良くしてやる。怖えなら空でも見上げてな」(※受け)
「はい…っもう俺を君の好きにしてくれ…!」(※攻め)
プスリ。
「アッチの方の問題児達の茶番は終わったかニャ、は〜ヤレヤレ毎回この時期は忙しくてやれんャー猫の手がなんぼあっても足りんニャ」
こうしてひと騒動ありながらもカムラの里の予防接種は無事に終了したのであった。元気が1番!!