希望に似たものを集めて愛でる 狡噛の部屋に清掃ドローンを入れて、そのごみを念のため確認していると、小さなガラスで出来たおはじきと、ビー玉が出て来た。いったいどこに隠していたのだろうそれは、俺がつまむときらきらと輝いて、窓ガラスから差し込む光にもその小さな身体を光らせた。水色、オレンジ色、緑色、白い筋が入ったものや、丸い点が入ったもの。それらはこの何もない部屋には不釣り合いだったが、不思議と懐かしくなった。狡噛が幼い頃遊んでいたものなのだろうか? それをここまで持って来たのだろうか? 俺はそんなことを考えて楽しくなり、それらをポケットに入れるともう出勤していった狡噛の帰りを待った。彼が帰ってきたらこのおもちゃの出どころを尋ねよう。そんなことを考えながら。
狡噛が帰ってきたのは時計の針が翌日に変わる、夜も遅い頃合いだった。それについては別に怒っちゃいないが、彼のために用意した、天然食材を使った料理は冷めていた。狡噛は悪いと言ってそれを温め、食べていたが、味は不味かったのかそれとも仕事で疲れていたのか言葉は少なかった。俺はパジャマを着てダイニングテーブルに座って酒を飲み、そんな狡噛を見つめた。ポケットには今日見つけたばかりのおはじきやビー玉があった。それはずっしりと重く、秘密の匂いをさせていた。今訪ねようか? これはどこから持ってきたものなんだって。でも俺はそれが出来ずに、彼と一言二言交わして、寝室にへと行った。そしてそこでセックスをしようとする段になって、狡噛が俺のポケットの中身に気づいた。ひんやりとした夏の匂いがするおはじきとビー玉。狡噛はそれを丁寧に取り出すと、どこにいったかと思ってた、と言った。どうやら探していたらしい。酔っ払っていじってでもいたのだろうか? それでなくした? 狡噛は上半身裸になったままおはじきとビー玉を見つめている。手のひらの上で転がしながら。
「清掃ドローンを入れたら見つかったんだ。きれいなものだから、お前が小さい頃遊んでたものじゃないかと思って」
そう言うと、狡噛は笑って俺の言葉を否定した。そんなことあるわけがないって、どこか自嘲的に。
「違う、違うんだ。これは俺が子供の頃に使ってたものじゃなくて、放浪中に子どもたちからもらったものなんだ。村を助けた時に女たちは宝石を捧げようとして、いくら何でも対価には重すぎると断ったら、子どもたちがこれを俺にくれたんだ。大切なものですからあなたのためにって。女たちは止めなかった。俺もそれを受け取った。翡翠のネックレスより価値があるように思えたから」
狡噛はそう言って、手の上でおはじきとビー玉を転がした。セックスを始めようとしていたのにそれをさえぎられて俺は不思議な気分だったが、彼の秘密を知った気がして、それはそれでいいと思えた。狡噛が助けた多くの人々。救いのかわりに宝石を差し出す人々。でも狡噛が選んだのはそれだった。何の価値もないガラス玉だった。
「見てもいいか?」
俺は狡噛の手のひらを撫でて、ビー玉を一つ取り出した。幼い頃、祖母は俺にこんなビー玉をくれた。ほら、逆さまに映るでしょう、不思議ね。本当だ、不思議だね。俺はビー玉を目元にやる。そうして景色が逆さまになったのを見て、狡噛に返した。
「もういいのか?」
「いいんだ。これはお前のものだし。誰かを助けてやってもらったんなら、俺が持つものじゃない。きっと子どもたちも他のビー玉で遊ぶ時、お前のことを思い出すよ。俺だってこんなものを持ってたんだぜ? 懐かしいな、昔のおもちゃだって祖母に聞いてさ」
すると、狡噛はうつむいてから俺を見つめた。一体何があったのだろうと思うと、彼は何かを語り出そうとしているのだった。でも何を話そうとしているのだろう。俺には分からなかった。彼がこんな風に身の上話をするような瞳をするのは、本当に少ないことだったから。
「こうやってビー玉やおはじきが増えていくたび、お前に会えるような気がしていた。天国への捧げ物みたいなさ。このきれいなガラス玉が手のひらでいっぱいになったら、お前が夢に出てきやしないかと思ったりもした。まぁ、そんなことはなかったんだが。セクシーな夢は見られなかったよ」
狡噛が笑う。俺はそれに笑って、そして狡噛に寄りかかってビー玉をなぞった。そうやって俺を愛してくれたのが俺は嬉しかった。こんな小さなものに気持ちをかけて、そして生きて帰ってきてくれたことが俺にはとても嬉しかった。
「お前が日本に帰ってきたのも、案外このビー玉のおかげかもしれないし、これから俺がしてやることもビー玉のおかげかもしれないぜ?」
俺はそう言って狡噛に口付ける。そして彼のデニムをくつろがせて、下半身をそっと撫でた。狡噛は少し困惑する。けれど野生的な匂いがして、目も青色が深くなる。
「降参だよ、ギノ」
狡噛が言う。俺は彼が今度こそおはじきとビー玉を無くさないように祈った。