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    短い話を放り込んでおくところ。
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    POIPOI 192

    出島を歩いていて結婚式に出会う狡宜です。

    #PSYCHO-PASS

    言えないよ、一言じゃ済まないから 言葉にしたら消えてしまうようなものについて、たまに考えることがある。愛しているって言葉は軽薄になるが消えない。消えてしまうのは、もっと些細で、小さくて、壊れそうなものだ。そして狡噛が一番大切にしているもの。彼が俺にどうにかしてそれをくれたのは学生時代のことで、初めてキスをした日のことだった。ギノ、愛してる、どこにも行かないでくれ。彼はそう俺にお願いをして、何度も、何度もキスをした。俺はそれにうなずいた。別に行くところなんてなかったし、彼のそばが一番心地よい気がした。けれど違ったのだ、彼はひとところにとどまる人間じゃなかった。彼は居心地の良さを求めてどこにでも行く人間だった。だから俺がいなくなることはなくても、彼がいなくなることはあった。それが彼が日本を飛び出た理由なんだろう。人間関係を全て捨てて、そしてそこで新しく何かを築き上げて、それすらすぐに捨ててしまう。言葉にしたら消えてしまうようなものについて考えると、彼はそれをよく使うことが分かった。でも俺はそれを使えない。一言じゃ済まないから。一生どこにも行かないくでくれ、そばにいてくれ、俺を愛してくれ、そんなふうに言葉が止まらなくなるから。
     
     出島のマーケットを歩いていると、民族衣装のドレスを着た新郎新婦を見つけた。改題しに出ていた俺たちは、彼らに祝福を与えて、見物人の列に連なった。狡噛は何も言わなかった。けれど俺が足元の悪い道で足を挫きそうになった時、彼は何も言わず俺の掌を握った。俺は頬が熱くなった。こんな簡単なことで熱くなった。いつもならもっと酷いことをしているというのに、俺はそんな簡単なことで子どものように喜んでいた。
    「どこの国の移民かな」
    「山岳部の移民だろうな。ほら、あの刺繍を見てみろよ。彼らの伝統工芸だ」
     狡噛はそう言うと、花嫁の周りの女たちがビーズで編んだネックレスをさまざまな人々にかけて行くのを見てお前も行けばどうだ? と言った。俺は子供でも女でもなかったからそれは遠慮して、早く夕食にしようと言った。しかし狡噛はこんな大きな結婚式があればそこらじゅうの店は貸切だぞと言う。どうやら、俺たちは結婚式に関わるしかないらしい。俺は狡噛の言葉にある種の決心をして、今晩の食事について考えていた。
     
     新郎新婦が貸切にした店には、色とりどりのランプが掲げられていた。それから、ビーズを編んだような電飾もあちこちに垂らされている。俺はそこで分厚い肉が入ったスープを飲み、辛子がきいた野菜のサラダを食べた。狡噛はさっきから現地の言葉で参列者と喋っている。俺は置いてけぼりだった。それが気に入らず彼の足を踏むと、狡噛はようやく俺の方を向いて、俺に向き直ってくれた。
    「何の話をしてたんだ?」
    「嫁の話。お前はいつ結婚したんだって言われてな。まだだって言ったらそれじゃあ今日中にしろって言われた。というわけでダンスでもどうだ? ここの結婚式の本番はダンスらしい。それを終えたら正式な夫婦として認められる」
     狡噛が笑ってとんでもないことを言う。けれど、俺はその言葉なしの結婚式にとても惹かれていた。何も言わないでも彼と一緒にいられる。彼も何も言わないで一緒にいてくれる。それはとても素晴らしいことではないのか。俺はそう思って、狡噛の手を取って、新郎新婦が踊る中、彼らの周りで少女たちが花を撒いて踊る中、中央に歩み寄って見様見真似で足を使った。手を伸ばして、体をそわせて、手を伸ばして、こうべを垂れて。明るい音楽、明るい照明、人々が手を叩いて笑う声、俺はそれらになぜか泣きそうになって、狡噛と手を繋いだままダンスを続けた。花びらが散る。俺はそれを頭からかぶる。狡噛は俺の髪についたそれを摘んで、そして俺のシャツの胸元にさす。狡噛はダンスを踊っている。慣れた調子で俺をリードして、慣れた調子で老婆や子どもたちから花束をもらって。そして、彼はその花束を束ねてネックレスのビーズで飾ると、俺に跪いて花束を差し出した。俺は驚いて何も言えなくなる。そんな習慣は聞いていなかった。新郎新婦は笑っている。俺は担がれたのだろう。
    「俺が死ぬ時、側にいてくれ。俺を看取って、魂が消えるのを見てくれ。俺にお前を守らせてくれ。矛盾してるな……なぁ、俺と一緒になってくれないか」
     俺は何と言っていいか分からない。言葉にしたら消えてしまうようなものについて、俺はどうやって語ってきただろう。語ってこなかったのじゃないか? 語ったら父さんや母さんがいなくなってしまったような気がして、怖かったのじゃないか? 俺はそんなことを思って、狡噛の渡す花束を恐る恐る取った。そして彼の額に手のひらを寄せてキスをする。汗が浮いた額に、優しくキスをする。歓声が上がる。人々は二重の結婚式を祝う。俺たちは彼らに祝われて、言葉のなかった時代の結婚式に祝われる。言葉が怖いんじゃない、俺はそれを使ったら消える何かが怖かった。長々と連なる言葉が怖かった。狡噛が俺を抱きしめる。俺はつっかえながら笑い、彼に何度もキスをする。狡噛、愛してる、狡噛、好きだ。狡噛、狡噛。俺はそればかり言って、最後には言葉も忘れて、ただ原始的な交わりにこの身の全てを任せたのだった。
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    TRAININGお題:「昔話」「リラックス」「見惚れる」
    盗賊団の伝説を思い出すネロが、ブラッドリーとの初めてのキスを思い出すお話です。軽いキス描写があります。
    かつての瞳 ブラッドは酔うと時折、本当に時折昔話をする。
     普段はそんな様子など見せないくせに、高慢ちきな貴族さまから後妻を奪った話だとか(彼女はただ可哀想な女ではなく女傑だったようで、しばらく死の盗賊団の女神になり、北の国の芸術家のミューズになった)、これもやはり領民のことを考えない領主から土地を奪い、追いやった後等しく土地を分配したことなど、今でも死の盗賊団の伝説のうちでも語り草になっている話を、ブラッドは酒を飲みながらした。俺はそれを聞きながら、昔の話をするなんて老いている証拠かなんて思ったりして、けれど自分も同じように貴族から奪った後妻に作ってやった料理の話(彼女は貧しい村の出で、豆のスープが結局は一番うまいと言っていた)や、やっと手に入れた土地をどう扱っていいのか分からない領民に、豆の撒き方を教えてやった話などを思い出していたのだから、同じようなものなのだろう。そしてそういう話の後には、決まって初めて俺とブラッドがキスをした時の話になる。それは決まりきったルーティーンみたいなものだった。
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    TRAININGお題:「花火」「熱帯夜」「一途」
    ムルたちが花火を楽しむ横で、賢者の未来について語ろうとするブラッドリーとそれを止めるネロのお話です。
    優しいあなた 夏の夜、魔法舎に大きな花火が上がった。俺はそれを偶然厨房の窓から見ていて、相変わらずよくやるものだと、寸胴鍋を洗う手を止めてため息をついた。食堂から歓声が聞こえたから、多分そこにあのきらきらと消えてゆく炎を作った者(きっとムルだ)と賢者や、素直な西と南の魔法使いたちがいるのだろう。
     俺はそんなことを考えて、汗を拭いながらまた洗い物に戻った。魔法をかければ一瞬の出来事なのだが、そうはしたくないのが料理人として出来てしまったルーティーンというものだ。東の国では人間として振る舞っていたから、その癖が抜けないのもある。
     しかし暑い。北の国とも、東の国とも違う中央の暑さは体力を奪い、俺は鍋を洗い終える頃には汗だくになっていた。賢者がいた世界では、これを熱帯夜というのだという。賢者がいた世界に四季があるのは中央の国と一緒だが、涼しい顔をしたあの人は、ニホンよりずっと楽ですよとどこか訳知り顔で俺に告げたのだった。——しかし暑い。賢者がいた世界ではこの暑さは程度が知れているのかもしれないが、北の国生まれの俺には酷だった。夕食どきに汲んできた井戸水もぬるくなっているし、これのどこが楽なんだろう。信じられない。
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