大切にします、だから全部ください 海外調整局の職員の結婚式があった。特別捜査官という肩書きがあるとはいえ、潜在犯の俺には関係のない話だが、結婚した職員は花城の古くからの知り合いで、なおかつボディガードが必要なレベルの男だった。だから花城は俺たちをその結婚式に出席させ、身辺警護をさせたのだった。
結婚式は退屈なものだった。花嫁は美しく眼福で、振る舞われる食事も美味かったが、ブライズメイドたちの陰口には辟易したし、俺を潜在犯と知らずに声をかけてくる無知な女たちは気の毒だった。でもまぁ、式というものはそういうものだ。天井から下げられたシャンデリアに絡みつく白い花々はひらひらと花びらを落とし、それを拾った子供たちはきゃあきゃあと駆け回って遊んでいる。ウエディングプランナーだけは警備にあたる俺たちのことを知っていて、恐ろしそうにこちらを見ていた。きっと潜在犯が怖いんだろう。ここ出島じゃあ、珍しくもないはずだが。
「狡噛、酒の飲み過ぎだぞ」
何も起こらない結婚式でシャンパンを飲み続けていると、同じく夫婦の警護にあたることになっていたギノがそんなふうに声をかけてきた。グレーのスーツは花城の見立てらしくいささか華美で、俺はそれが結構好きだった。ギノはあまり派手な格好を好まないが、美しい顔立ちとすらりとしたスタイルからして、そういった彼の嫌うものが似合うのだ。ちなみに俺も花城に見立てられた服を着ている。鍛えすぎた身体がテーラーを悩ませて、結局カジュアルなワイシャツだけになったが。
「こうでもしてないと誰かにプロポーズしちまいそうでな」
「は?! 何を言って……」
「あっちを見ろよ、結婚式で再会した男女がいちゃいちゃしまくってる。結婚式でこれじゃあ二次会はもっと酷いぜ」
笑って冗談を言うと、ギノは唇を噛んで悔しそうに俺を見た。でも怒りはしない。このままプロポーズをしても受けてくれそうな態度だ。
「だからってプロポーズだなんて、俺の仕事を増やすなよ。お前に秋波を送る女なんて絶対トラブルメーカーに決まってる。公安局の時みたいな目にはあいたくないんだ」
ギノはそう言って、俺からシャンパンのグラスを奪い取り、それを口に含んだ。それはメディカルトリップでもない本物の酒だった。出島では珍しくない。
「別に全部断ってる。もうパートナーはいるってな。なんなら紹介してもいいんだぜ? この日のために指輪を作ってもよかった」
ギノの腰に手をやり、ぐっと引っ張って耳元に囁く。すると彼は俺の足を笑ってしまうくらい強い勢いで、女が気のない男にするように踏みつけた。流石に結構痛い。
「俺は仕事とプライベートは分ける主義なんだ。そんなことを勝手にしたら部屋にはもう二度と入れないからな」
ギノはそう言って去ってゆく。彼はああ言っていたが、警護中に声をかけられるのはギノの方が多かった。でも彼は頑なにパートナーがいるとは言わない。理由は分からない。まだ俺たちの関係を迷っているのか、それとも俺では不十分なのだろうか。
ブーケトスが終わって二次会に移る時も、俺たちはボディガードとしてついて行く羽目になった。その頃には酔っ払った女たちのひそひそ話が大声で聞こえて、俺たちは誰が誰と付き合っていたか、花城の知り合いの職員のこれまでの恋愛関係を知るところになった。どうやら派手な男だったらしい。これは彼女も誘われているな、そうは思ったが真実は分からない。
花嫁が花婿とともにリムジンに乗り込む。客人たちはタクシーに乗り込み、俺もそれに続く。すると、花城がやって来た。俺の働きが不満なのだろうか? 笑ってはいるが、何か含むようなものがある気がする。
「お疲れ様。ずいぶん女の子たちから迫られてたじゃない。こんな日くらいパートナーがいるってバラしてもいいのに。宜野座と何か取り決めでもしてるの?」
「仕事にプライベートを持ち込むのを嫌がるんだよ。煙草を吸っても?」
花城はうなずく。俺は煙草に火をつけて、甘い香水を漂わせる彼女の側でそれを吸った。ギノが俺をパートナーと紹介するのを嫌がるのは、一体なぜなのかは分からない。何度もプロポーズらしきことをしたし、それには応えてもらえた。でも、ただそれだけだった。なのに指輪みたいなものの形はない。それが義手を理由にしたものなのか、形にするのが嫌なのかは分からない。
「そうだな、二次会のスピーチで愛してるって告白するよ。指輪があればよかったんだけどな」
そう言うと、花城は子供たちから貰ったらしい、花でできたブレスレットのようなものを俺に渡した。「今日はこれが仮ってことでどう?」そんなふうに言って。俺は想像する。ギノが顔を真っ赤にして場を取りなすためにそれを受け取るさまを。そしてさらに迫る俺の頬を、初めての結婚相手との喧嘩として左腕で殴るのを。