Wisteria IF「Wisteria(5.5)」について人外×人のBL作品。
世界観は現実世界・現代日本ではなく、とある世界で起きたお話。
在ったかもしれない〝もし〟のお話達です。暗い話が苦手な人には蛇足にしかならないので、今すぐ引き返して下さい。又、他創作とのリンクが微量に含まれています。
※ポイピクの仕様上、「濁点表現」が読みづらいですが脳内で保管して頂けると助かります。もし今後、ポイピクの方で綺麗に表示される様に成りましたら修正していこうと思います。
【項目 Wisteria IF】
「存在してるし、存在してない話 if1」
「存在してるし、存在してない話 if2」
「戯言」
「存在してるし、存在してない話 Talking with the moon」
「存在してるし、存在してない話 if1」
朝起き、郵便受けへ向かうとそれは届けられていた。
真っ白なワイシャツを着て、ループタイを揺らす青年がこつこつと石畳を叩きながら駆けてゆく。
「朽名っ」
黒髪を揺らした青年が、目的の人物が居るであろう扉を勢いよく開いた。
「受かったよ!」
手に持った手紙を相手に渡す。渡された人物は嬉しそうに眼を細めるとその手紙を受け取った。用紙を取り出し目を通していく。
「研修は来週からだって」
手伝いで出向いた先の子らに勉強を教えることがあった藤だが、それを仕事にしてみたいと思った様で、此方に来て数年、藤は教職に就く為の試験を受けていた。そして今日、その結果が届けられたのだろう。
❖ ❖ ❖
あの日、自らの住処と持ち物を荒らされた蛇は土地神を辞め、藤が目を覚ましてから早々にあの神社を出ることを決めると、何時の日か話した遠い海の向こうにある外つ国へと渡った。
初めて触れる遠い国で不慣れな事もあったが、今は街からそう離れてはいない静かな場所に小さな家を持っている。
「試験を受けた後、朽名の所に戻る時……通りすがった子達に蛇先生って呼ばれた」
「……お前が試験を受けている間、待っている時も言われてたぞ」
今までの事が事だったからか、外に一人で居る事に不安を感じる藤と、蛇の姿でぴったりとくっついていることが多かった為に、身近な所に居る者は時折、「蛇を連れた小さな先生」と藤を呼ぶようになっていた。
「小さい子供の面倒を見るのだろう? 大丈夫か?」
「が、頑張る」
気合を入れるように藤がぐっと手を握る。そんな様子を微笑ましく蛇が見守っていると、
「朽名みたいに色んな事を教えられるように。頑張るよ、俺」
にっと藤を見ていた朽名に笑みを向ける。
あの場所を出ると決めた時、藤と契りを結ぶ事を考えた。だが、人間が多く住まうこの地に残ることを決めたなら、藤は人として生きていく方が良いだろう。
(神と契りを結んだら、どんな変化が現れるかはわからん……人間は存外臆病で、多くの者は自分達と違うものを排除したがるからな)
例え人とは違う者達が住まうこの世でも、数は人間の方が多く、そんな者達を毛嫌いする者も居る。だからそんな考えは蛇の中にそっと仕舞い込まれていった。
出られなかったあの場所とは違って、これから様々なものを見て沢山の事を学んでゆく。そしてこの場所に留まった青年は何れ人として寿命を迎えるのだろう。時間が過ぎ行き、蛇の〝謂われ〟を知る贄が居なくなれば信仰は完全に薄れ、蛇も存在を消すかもしれない。
だが、この先それを知る者も、語る者も居ないのだから、ただ頁を捲る観測者達は、その後二人がどう道を歩んだのかを知る術はないだろう。
「存在してるし、存在してない話 if2」
自分が抱える空虚の中に、誰かが居る気がしていた。でもそれが誰なのかは……今もわからない。
❖ ❖ ❖
探し辿り、ようやく着いた場所に藤は居た。
嵐が過ぎたのではないかと思う程、其処は物が散らかり荒れ、長い時間開かれたままの扉のせいで、明かりも無く薄暗い蔵の中はすっかり冷え込んでいた。
蔵の中を覗いた時に目が合ったその人物に歩み寄る。異臭が漂い、物に埋もれ、服を乱しながら目を見開き、此方を向いたまま動かなくなっていた。
ざくざくと草木で囲まれた細道を進んでいく。やがて辿りついたのは大きな空洞に出来た湖だった。山登りに疲れ、ふーっと一つ息を吐く。そして顔を上げると、目の前の絶景にまた息を吐き出した。
「綺麗だね。凄く水が透き通ってる」
青年が一人、共に後ろからついて来ていた人物へと言葉を向ける。そこに居るのは身寄りのない自分を引き取って育ててくれた養父だった。
「連れて来てくれてありがとう」
「ああ、それは構わない。ただ景色は綺麗だが……どうしてまた、こんな奥地に来たくなったんだ?」
そんな疑問に青年は考え込み、会話が止まると辺りの音だけが二人の耳へと届けられていく。
「わからない……どうしてだろう? こんな所があるって教えて貰った時、無性にここに来たくなったんだ……」
遥か昔、ここには神社があった。……らしい。
微かに神社があったらしいという話は聞くが、どんな信仰が存在していたのか、文献等も残っていないため詳細が伝わっていないのだという。もし信仰が存在していたとしても、それは今から数百……何てものではない位の時間が経っていると聞かされた。
けれど、この場所の近くにある街の図書館に寄り道した時、民俗学に関する文献が眠る棚の隅で、この近辺に関する郷土史らしき古い本を見つけた。そして頁の間に、陽に焼けたレポート用紙の切れ端を見つける。
そこには手書きの文字で『マガツカミウガツ』と、書かれていた。
『人々の願いを叶えながら山に棲んでいた土地神は、何かの拍子に自身の姿を変え、大地震を起こし、それに伴う被害は甚大だった。山は土砂崩れを起こし、家屋や田畑は荒れ、命を落とす者も多く出る。そして自身の懐、もしくは地に大穴を開けたらしいがその後の行方は分からず、知る者も居ない』
『これだけのことが起きていたら何かしらが残っていてもおかしくはないが見当たらず、自身が辿りついたこれさえも、〝誰か〟の作り話かも知れない』と締めくくられている。
ふと切れ端の裏を見てみるが、何やら講義のメモのようなものが書かれているのみで、それ以外には情報のようなものは書かれてはいなかった。
❖ ❖ ❖
「あれ?」
目の前に広がる景色の片隅に、黒っぽい何かが映る。青年はその場所へ足早に近寄った。
「おいっ、危ないから駆けるな!」
そこに座っていたのは青藍色をした青年の背丈よりも少し低い石碑だった。何か文字のようなものが彫られているが、雨風による風化で読み取ることはできない。読めたとしても今の時代の文字とはきっと違うだろう。
「これなんだろう……? 綺麗な色の石だけど」
「……何だか墓みたいに見えるな」
何となくだが、そう多くは書かれていないと分かる文字数と、風で飛ばされて来たのか石碑の周りには沢山の花が散らばっている。それがまるで、誰かの為に供えられた花のようで、見ていて悲しくなった。そして青年の中で時折感じる空虚さが、今この時にも顔を覗かせる。
「そうだとしたら……誰が眠って居るんだろうね。こんな山奥に……」
ザッと風が大きく吹いてゆく。その風は散らばる花々を巻き上げながら青年の頬を撫で、黒い髪を揺らし逃げて行った。
心にぽつんと空いた空虚が青年をざわつかせる。その空虚の中に誰かが居たような……いつもそんなことを感じながら、その誰かを探す。
そこに〝誰〟が居たのか。今もその人物を探すが辿りつけないまま時間だけが通り過ぎていった。
【戯言】
「if1」は元居た世を藤達は離れる事は無く、契りも結んでいないので姿は変えずに人間として寿命を迎え、「if2」は、蔵の存在に気づかなかったルート。朽名が〝髪〟を残さなかったので『朧月荘』自体存在してはいないです。その後訪れる筈だった〝誰か〟達は果たしてどうなったのでしょうね……。
話の元は〝姿を変えていない藤は〟で始まり、〝描いて〟みようかなを経由して、思い至った今日に終わります。
何事にも大なり小なり〝選択〟というものは付き纏うわけで、もしこの子達が別の選択を手に取る・或いは別の道に入り込んだら……なんて考えた本編の付録みたいなものです。
暗い話が苦手な人には蛇足にしかならないですが、「エヴェレットの多世界解釈」や、それを組み込んできた多くのSF作品のような「在りえたかも知れない、そして今も在るかもしれない」そんな生きている物語達です。
此処まで足を運んで頂きありがとうございました。引き続き寄り道感覚でお話を楽しんで頂けたら幸いです。其方は書いてる人が向こうの〝世〟でいちゃいちゃさせる気満々なので、安心してお通り下さい。
二〇二〇年十月十三日
P.S
「Talking with the moon」に関しては「観測者が知る術」を気まぐれに残したくなったから生まれたお話。どうして現れたのか、本当に本人なのかは想像にお任せします。
「存在してるし、存在してない話 Talking with the moon」
ぼうっと、一人の人物が窓辺の縁で外を眺めている。大切な誰かが大事にしていた庭を眺めている。寿命で居なくなった。直ぐ会えるからなと口にしてからどれ程の時間が流れたのだろうか。返事が返らない石の前で何回声を掛けただろう。
特に何かをするわけでもなく、吸うわけでもない煙管を持ちながらただ外を眺めていた。月明りだけがその人物の影を浮かばせる。
自分の中の空虚を埋める人物はもう居ない。
自身が生まれるきっかけになった信仰は、その人物が居なくなった事でとうに薄れ、蝋燭の様に消えかけているだろう。共に過ごしたこの家で、〝その時〟が来るを待っていた。
「ねぇ、寂しかった?」
そんな声が聞こえた気がしてハッとする。
縁に座る自分の目の前に、別れた時とは違う、かつての姿で共に座っていた。薄く向こうの景色を透かしながら、その人物は自分へと声を掛けてきた。
「ああ、そうだな」
以前と変わらずに、けれど嬉しさが滲みながらそんな調子で返事を返すと、相手は満足したのか、それとも同じ様に嬉しかったのか、満面の笑みを自分へと向ける。久しぶりに見たその表情に釣られ、意図せず自身も笑みを浮かべていた。
「俺も! 俺も寂しかったよ!」
さっきまで手に支えられ、高みを見ていた煙管はカツンと音を鳴らしては突然地に落ちる。ころころと床を転がってはやがて静寂を取り戻し、月は話し相手を失った。
- 了 -