Wisteria(10)「Wisteria」について異種姦を含む人外×人のBL作品。
世界観は現実世界・現代日本ではなく、とある世界で起きたお話。
R-18、異種恋愛、異種姦等々人によっては「閲覧注意」がつきそうな表現が多々ある作品なので、基本的にはいちゃいちゃしてるだけですが……何でも許せる方のみお進み下さい。
又、一部別の創作作品とのリンクもあります。なるべくこの作品単体で読めるようにはしていますがご了承を。
※ポイピクの仕様上、「濁点表現」が読みづらいですが脳内で保管して頂けると助かります。もし今後、ポイピクの方で綺麗に表示される様に成りましたら修正していこうと思います。
【項目 WisteriaⅡ】
「三すくみ」
閑話1 「細氷辿る」
閑話2 「頬染める予報前線」
閑話3 「微睡む花の歌」
「三すくみ」
「普段あまり言わないが……何かしてほしい事はないのか? 藤」
藤のお願いやおねだり、我儘が聞きたい。
そんな事を常日頃思いながらも、普段それを口にする事が無い藤に、今回は試しにと本人に尋ねてみる事にした。案の定、藤は考え込む。
「えぇ……してほしい事……? なんだろう……」
んー…と首を捻り考える。藤の顔が良く見える様に、肩からにょろりと顔を覗かせた。
「ほら、遠慮せずに言ってみろ」
「……じゃあ、口開けて」
「?」
予想もしていなかったお願いに、疑問を浮かべながらあっと大きく口を開く。目の前で開かれた蛇の口の中を、藤はじっと観察する。そうして暫くすると満足そうにお礼を言った。
「ありがと」
「……」
その顔は嬉しそうに、にっこりと笑みが浮かんでいる。
「……藤、お前。楽しそうに脱皮を手伝ったり、口内を観察したり……この前は喜々として鱗をなぞっていたな。前から思っていたが、蛇に対して変な癖を持っていないか……?」
「……」
疑惑の問いに「んー…」と言いながら藤は目を逸らし、蛇が視線を合わせようと近づくとサッとまた目を逸らされた。そして話も逸らそうと藤が口を開く。
「く、朽名は……何かないの?」
「何をだ?」
「してほしいこと」
藤からのお願いを聞くも何処か物足りず、蛇は逡巡する。やがてぐいっと更に距離を詰めると、ちろりと目の前の唇を舐めていった。藤の肩が小さく跳ねる。
「……お前が愛らしくおねだりしてくれる事だな」
「お、お願いのおねがい……?」
「まぁ……そうだな。後はお前の可愛い顔が見れたら好いな」
「可愛い……顔?」
訝し気に疑問を口にする。その様子を見届けると人へと姿を変え、藤の顔を捉えてから口を開く。
「聞いてくれるのだろう? 沢山見せてくれ、藤」
じりじりと朽名が近づくのに合わせ、後ろへ後ずさり息を飲む。そうして壁まで追いやられ、ぺたりと座り込んでしまった丁度その時だった。拝殿から離れている筈のこの部屋まで、ガランガランと鈴が鳴り響いてくる。
「あっ…ほら! お客さん来たよ」
これ幸いと慌てて立ち上がり、部屋の戸に手を掛け、顔を赤くした藤は急ぎ足で表へと向かった。
「後で見せてもらうからな」
「っ!」
❖ ❖ ❖
性分からか待たせては悪いと思い、パタパタと急ぎ足で拝殿前まで向かう。其処に居たのは見知った顔だった。
「はい」
「おう」
「あ、竜胆さん。こんにちは」
「ああ、久しぶりだな……って、何だか顔が赤いが大丈夫か?」
「え? あ、はいっ! 大丈夫です……あの、今日は何かご依頼ですか?」
問われ、先の出来事を思い出してはまた焦る。それを掻き消す様に此処へ訪れた理由を尋ねた。
「ああー…依頼というかな……。実は人手がほしくて訪ねたんだ」
「あの、手伝いに来たんですが」
蛙に連れられやって来た屋敷。その空間は、何だかじめっとした空気感が漂っている。屋敷の主に呼びかけてから暫く待機していると、ガラッと目の前の扉が開かれた。
「いらっしゃ…きゃー! 何この子。可愛い……!」
「「!?」」
「おっと」
突然上がった音の高い声に二人が驚き、いきなり飛びつかれた藤は自分に掛かる重さを支えられず、後ろに倒れ込みそうになる。だが、背後に居たがたいの良い蛙に支えられた。
「おい、ひっつくな」
「何? この蛇」
いきなりの所業に蛇が藤の脇からにゅっと顔を出し、ムッとした声色で言い放つ。が、未だ離れる事のないその相手に藤は困惑し、様子を見ていた蛙が助け舟を出してくれた。
「槐、その子困っているぞ」
「何よ竜胆。こっちはあんたみたいなガサツな奴は見飽きてるのよ。でもやるじゃない! 今日はこんな可愛い子連れて来て!」
そんな事を言いながら更にぎゅーと藤に抱き着く。竜胆の注意も聞かず、自由気ままな相手に蛙は大きく溜息を吐いた。
「すまんな。そいつは此処に棲む蛞蝓で……好みの奴を見ると暴走するんだ……」
知り合いの奇行に竜胆が頭を抱えて詫びる。
「薬師をしているの。よろしくね!」
「……此奴、食ってやろうか」
挨拶をしながら藤の頭を撫でている蛞蝓に、蛇は正直な感情を投げつけた。
「落ち着け槐。はぁー……見飽きてるのはお前が此処から出ないからだろう……たまには自分で材料を調達しに行け」
そんな蛙の言葉など意に介さず、蛞蝓は藤の手をぎゅっと握る
「ねぇ、彼方私の所で助手でもしない?」
「は、はぁ……」
未だ困惑の色が消えない藤が返す。そんな様子など露知らず、目を輝かせた蛞蝓は言葉を続けていった。
「寝食は保証するし、給金だって勿論出すわ。ふふ、何だったら夜の相手もし――」
「いい加減にしろ」
言葉を遮り蛙はぺしりと蛞蝓の頭をはたいた。
「会って早々、何を言っているんだお前は」
「……藤、帰ろう。此奴は危ない」
(珍しい……朽名が焦ってる……)
冷や汗をかき、目の前の危険人物に焦った様子で藤へ帰宅を促してくる。正直、誰かに対してここまで動揺した朽名を見るのは初めてだった。
薬庫の整理の為に呼ばれた三人は、様々な物がひしめく部屋の中で、各自の持ち場を携え掃除や物の整理に勤しむ。粗方物を片づけて棚の整理をしていた藤は、その奥底から造りの良い小さな箱を発掘する。まるで大切なものを保管する宝箱の様だった。
「槐さんこの箱は?」
「ああ……その箱はね、鍵が壊れてしまって開かないのよ。大事な物を入れていたのだけれど、久しく見ていないわね」
残念そうに吐かれた言葉に、見かねた藤は一つ提案をする。
「直しても良いなら……俺が直そうか? 本来の仕事はこっちだから」
「本当! お願いしても良いかしら」
「うん」
傍に居た蛇と蛙に見守られながら箱をよく観察し、目を閉じて壊れている錠を思い浮かべる。淡く光を浮かべたその箱は、藤が目を開けた時には綺麗に修復されていた。
箱を持ち主へと手渡す。渡された人物は懐から鍵を取り出すと、鍵穴へ差し込んで捻る。するとカチリと小さく音を立てて箱が開錠された。
「すごい……! 本当に直ってしまったわ! ありがとう! 藤」
驚き、目を輝かせながら声を上げ、そして蓋を開いて中身を取り出す。そこに入っていたのは、可愛らしく微笑む少女が槐と共に映っている色褪せた一枚の写真だった。
「可愛いでしょ! 私の大切なこ・い・び・と♡」
「え?」
「あはは、冗談よ。恋人まではいかなかったけれど、少なくとも私にとっては大切な存在だわ」
くすくすと楽しそうに笑みを浮かべ、思い出す様に言葉を紡いだ。
「嬉しい事が起きるとね、可愛らしく笑うのよこの子。あの子と過ごした日々は、今も何一つ忘れることは無いわ。平穏で、安らかな日々が過ぎていって……まぁ、あの夜達は激しかったけれど。私が愛撫し、突き上げる度に可愛い声を出して」
語る蛞蝓が口元を隠し、ほわっと顔を染める。一夜の思い出に浸っている様子だった。
「そんなこと聞いとらんぞ。……つきあげ……?」
下世話な方向へ話が進み始めて蛇が突っ込む。だが、言葉の違和感に思わず疑問の声を上げた。疑問を浮かべている二人に竜胆が補足を加える。
「蛞蝓は雌雄同体だぞ」
「……」
「この子、今はどこを〝旅〟しているんでしょうね」
しみじみと浸る蛞蝓の横で、目の前に居る蛞蝓の一種の逞しさに二人は納得をした。
❖ ❖ ❖
「じゃ! 手伝ってくれた君にこれをあげる♡」
「?」
軽快な歩みで藤に近づくと、手元に何かを乗せてくる。見るとそれは、何かの液体が入った小瓶だった。
「お茶に混ぜて飲むといいわよ」
「おい、藤。変な物を受け取るな」
「変とは失礼ね! 使ったら貴方が喜ぶような事が起きると思うけど?」
そう言ってビシッと藤に巻き付く蛇を指さす。
「そんな変な物を飲ませる分けないだろう」
「二回も変と言ったわね」
そう言いむすっと目の前の蛞蝓は不機嫌の色を見せた。
「まったく。使えば彼方達の夜は大忙しになるのに」
「媚薬か……?」
「び…やく……?」
蛇がはぁっと溜息を吐く。聞き慣れない言葉に藤が頭を傾けた。
「藤、それを其奴に突き返せ。そんな物を使わなくても私が引き出してやる」
尻尾を使い、しっしっと払う仕草を見せると、蛇がふんっと息吐く。
「あら、そう」
意図が分からずに困惑している藤の手から瓶を受け取ると、代わりの物をその手に乗せる。今度は小さな銀色の缶が乗っていた。
「じゃ、これなら変な物ではないでしょう?」
「なんだこれは」
怪訝そうに蛇が問う。
「お茶よ、お茶。手伝って貰ったのに何の対価も渡さないわけにはいかないでしょう? 受け取りなさい」
「……本当に茶か?」
「そう言ってるでしょ」
目の前の人物はにっこりとほほ笑む。仕方ない、受け取らなければ何を押し付けられるか分からないので、蛇達は大人しく受け取る事にした。
「じゃあ、ありがとね。また何かあればお願いするわ……その時はお茶でもしながらゆっくりお話でもしましょう、藤」
「……彼奴は危ないぞ、藤。気をつけろ」
ひらひらと手を振りながら次の予定をちゃっかりと藤に告げる蛞蝓に、蛇はちろちろと舌を出しながら相手を睨み、藤に警戒を促した。
無事に家へ辿り着き、居間で寛ぐ。疲れたと言わんばかりにふーっと蛇が大きく息を吐き出す。
「奴は苦手だ」
「ふふ、三すくみ」
「……というより性格があわん」
ふんっと息を吐き出す。するりと藤から降りて人に姿を変えるとすぐ傍に腰を下ろした。すると何かを思い出したのか、「あっ」と藤が声を上げる。
「昨日トウアから貰ったお土産のお菓子があるよ。食べる?」
「ああ……」
「待ってて」
疲れを滲ませた蛇の返事を聞くと、立ち上がり厨へと向かう。暫くすると盆にお菓子やお茶を乗せた藤が戻ってきた。
「えーと、何処の世界って言ってたかな……。ふぃなんしぇ? って言う焼きお菓子なんだって」
「ほう……うまいな。風味が好い」
「食感もいいね。しっとりしていて、優しい味がする」
甘味が好きな藤が嬉しそうに食べている。美味しそうにものを食べる藤の顔が好きだ。特に甘いものを食べている時は良い顔をする。そうして暫く眺めていると、藤が一緒に入れていたお茶を飲んだ。自分も手を付けようと湯呑を口元へ持ってゆく。
「……ん?」
一口含もうとした時、何時ものとは違う香りに嫌な予感が過る。
「おい、藤……この茶」
「なひ、くちな」
顔を上げ、視線を向けた其処には顔を赤らめてふぅっと息を吐く藤が居た。
「あの茶を入れたのか……?」
「うん。せっかく貰ったから……飲まないのも悪いと思って……」
(あの蛞蝓め……)
悪態を心に止め、再びふっと熱を含む息を吐き出した藤に声を掛ける。
「大丈夫か? 藤」
「ん、…なんか…熱い」
はぁっと息を吐いている藤の体温を確かめようと、その頬に手を伸ばす。白い指先が触れ、熱を発して佇む体はピクリと震える。
「んっ」
「……」
「? …くちな?」
薄っすらと汗をかいている藤の瞳は、もうすでにとろんと溶けていた。目を逸らすと居心地が悪そうに胸元を抑える。
「くちな…なんか……なんだか…むずむず…する」
「苦しくはないか?」
「うん……」
「一先ず横になるか? 寝室まで運ぶぞ」
変化が現れ始めた体を運ぼうと抱き上げる。途端、体を震わせ藤が声を上げた。
「あっ…待って服が、擦れて……っぁ」
震える藤は口元に手を当て、声が漏れ出るのに耐えだす。何時もより熱い。こうして抱え、距離を詰めただけで体温が平常よりも高い事が分かる程。寝室まで運び込み、身をそっと寝具に降ろした。
「っ」
「服が擦れるか?」
「ん」
「脱がすぞ」
こくりと涙目で頷く。藤へ刺激が伝わらないよう、丁寧に服を脱がしていく。
「っ…」
上着を脱がし、薄いインナーになると良く見える藤のそこは完全に勃ち上がっていた。
(誘淫作用でもあったのか……? あの茶は……)
「このままだときついだろう。藤……一度抜こう」
外気に晒され僅かに濡らすそこに手を添える。だが、感触が伝わり易いからか涙目で藤が頭を横に振った。
「ふぁ、あ…や」
「自分で抜くか?」
「っ…」
「どうする?」
「……」
藤が手を伸ばし、ゆっくりとその頭身を擦り始める。
「んん、ふっ…はぁっ、く…」
続く甘い淫声に、それを見えていた蛇の喉が意図せず嚥下した。藤の反応に段々と此方まで充てられてくるが、それをぐっと奥へ押し込む。そうして時間が流れ、何度も擦り上げているが一向に藤が達する気配はなかった。
「うぅ…」
「……藤」
「ん」
よく考えたら共にいる時間の方が長く、藤自身が一人で居る事の方が少ない。此方へ来る前も今も、自分が藤にする方が多かった様に思う。動き続けるその場所へ手を伸ばして藤の指をゆっくりと持ち上げると、自らの指をそっと先端に置いた。
「私が何時もしているやり方を思い出してしてみろ。藤」
思い浮かべる為に止まっていた頭を小さく頷かせると、指先の動きを変えていく。先端に指を置き擦りながら、頭身を擦りあげ、速度を上げては落とし、また上げていく。
やがて触れる場所、触れ方を変えては、先端をぬちぬちと動かしていた指先を溝に入り込む様な形でくじき、染みついた記憶を辿った先の、行きついた場所に居た人物を思い浮かべた瞬間、
「ぁっ――」
噴き上げたそれは褐色の肌に点々と白い痕を残していく。息を荒げながら、涙でぼやける視線を動かして見るそこは、やっと達する事が出来たにも関わらず、今もなお絶えずに勃ち上がっていた。
「……て」
「藤?」
「くちなに、触ってほしい……一人でするの、…や」
胸元に頭を寄せ、ぎゅっと服を握る。顔を伏せた事でぽたっと粒が落下した。
「くちなといっしょに…したい……」
消えそうな音を発し、涙を浮かべた目で見上げてくる。藤からの願い事を渡された神様を引き留めるものなど疾うに無く、その表情を見ていたら堪らなくなってしまった。
「あっ、や…んんっ、腰…とまらな……あぁっ」
ぎしぎしと寝具を軋ませ、蛇の身体に跨った藤が泣きながら腰を振っている。
「い…あぁっ、んあ、ふっ……うぅ…」
あれから何度か手で抜いたが、藤の熱は一向に治まらずにいた。それどころか熱は増し、体が言う事を聞いていない様に見える。今では蛇に姿を変えた朽名の上で自ら腰を動かし、持ち上がった蛇の胴に身体をぴったりと寄せていた。
そんな乱れる藤の顔をよく見たくて、長い胴を更に巻き付けて藤を支えると、自身の上に乗る細い身を起こす。見え易くなった顔をそっと覗き込んだ。
「うぅ…や、こんな…はずかし…ぁ……っ」
正直自分で動きたくもなるが、藤自らが動くこの姿が珍しく、見ていたい気もする。
「あたま、おかしくなりそ、ぅ」
二人分の体重を乗せる寝具が未だ悲鳴を上げている。だが、蛇はそんな音には気にも留めず、蛇の身体を使って喉の奥から音を漏らすその姿に集中した。
(……眺めがいい)
そうしてじっと藤を見つめ続ていると
「やだ、みないでっ――……゛あぁっあ」
蛇の行動に気づいた藤が声を上げた。見られていた事に意識を向けた拍子にぎゅっと藤の中が強く締まる。ゴツッと奥深くを突き上げ、藤の中に居た膨らみは共に大量の液を吐き出していく。
「あ、ぁっ」
大きく反らした体の中がうねり、収縮を始める。自らもびゅるっと白濁を吐き出し、褐色の皮膚に白を撒き散らしてもその動きが止められない。更に奥へと求めてゴツッゴツッと奥を探り当てていく。
「~っ、ぅっ…んんっ……ぁっ」
そして突く度に律動に合わせてびゅっびゅっと精液を吹き出しては、肌の上で流れる川の水量を増やしていった。
❖ ❖ ❖
「っ…まだ…おさまんない……」
熱い息を吐き、涙目の藤が言う。
「俺、おかしくなっちゃった……」
あれだけ吐き出した後も、未だに勢いは無くならない。
蛇が自身の鼻先を、寄りかかっては熱に浮かされて涙を溜める藤の頬に触れ、すりすりと子供をあやす様に頬擦りをする。体勢を楽なものに変えてやろうと動きを止めると、蛇は人へと姿を変えていく。その反動で中が擦れると藤は小さく呻いた。
直ぐに自分よりも小さな背面に腕を回し、寝具へと寝かせる為に一度繋がったままのそれを抜こうとする。が、――
「あぁ、やだ、…ぁ…やめないで……」
小さな声で「どこへもいかないで」と泣きそうな声で呟いて鼻をすする。何処かへ行くと勘違いしたのか、「うぅっ」と駄々をこねる子供の様に呻くと、ポロポロと泣きはじめてしまった。そして何処にも行かない様、腕を伸ばして蛇へしがみつく。そんな反応を見た蛇はうぐっと息を飲んだ。
(愛らしい)
蛇の首元に、熱が籠る息を泣きながら吐き出す。藤の背をよしよしと撫で、自分にしがみつくその身をゆっくりと倒して寝かせていく。寝かされても離そうとしない為、顔が間近に佇み、涙の海に浸された瞳の奥底に沈む蕩けた視線と目が合った。
(っ……)
きゅっと自分を締め上げたのが分かる。当人もそれに気づいたのかふっと顔を横に逸らした。
「……藤、一度休まないと動けなくなるぞ」
己の中で顔を覗かせているそれを飲み込み、身体に絡まる細い腕に手を掛けて外そうとする。
「くちな……して」
その手は藤の言葉に止められてしまった。頬を赤らめ、潤んだ瞳を此方にじっと向けてくる藤に、お願いされている神様は思わず固まる。
「お願い」
「……後悔して、泣く事になっても知らんぞ」
「後悔しても……触りたい、朽名がほしい」
藤の言葉に、頭を抱えた蛇が大きく溜息を吐く。
降ろされた髪の先が微かに肌に触れてくすぐったかったのか、藤の体が震える。細い指で髪を掻き分けられると、催促する様に此方を見つめてきた。
(堪えているのに、どうして私がほしいものばかり渡すんだ……)
「後悔なんて渡さん。ずっとこうしていたいと思う程支えてやる」
抱えた頭を上げて視界を前へ戻すと、番の歌声を聞く為に自身の動きを再開した。
蛇と番った事が相乗したのか、それは三日三晩続いたらしい。その後一週間は表の門が開く事は無く、訪れた依頼者は何度か引き返したという。
閑話1 「細氷辿る」
椅子に座り、寛ぎながら藤が本を読んでいると、横から構い待ちの蛇が本を支えている腕の下に潜り頭を捻じ込ませてきた。視線を向ける本の下で、白く長い胴が通過していく。背を伝い、やがて藤の頭に到達した蛇は山登りに成功すると、ぽすっと自らの頭を藤の上に乗せた。思わず藤が静かに微笑む。
「……」
しかしここから構いだすと長くなる事を知っている藤は、集中する為に読書へと意識を向ける。だが……
(真っ白で、雪みたいにきらきらしてる……)
何処かうずうずしてくる。物語の下にある白く綺麗に整列した鱗が気になって仕方がない。真っ白な鱗が光に当たり、雪が光を反射する様にきらきらと輝く。
文章を追う振りをしながら、じっと自分の膝に乗る蛇の胴を観察する。眺められている当の本人は藤の体温が心地好いのか無い瞼をうとうとさせ、居眠りをしそうになっていた。
蛇の胴を眺めていた藤は、その好奇心にごくりと息を飲む。
(少しだけ……)
つつっと指先で鱗を撫でる。表面はつるつるとしていて、するりと指が滑ってゆく。目を輝かせた藤は、悪戯心に僅かに見えている鱗と鱗の間を今度は爪先で辿ってはなぞり上げ――
「!?」
蛇が唐突に跳ね起きた。
藤の指によって鱗の隙をなぞられ、猫が毛を逆立てていくかの如く蛇が体をぞわっと震わせている。不意をつかれた出来事に藤へ声を発した。
「な、なんだ? どうした」
「い、いや」
予想外の反応に焦り慌てて「何でもない」と返すが、何だか普段見ない反応に笑みを零しそうになる。そんな口元を藤は覆い隠す。
(……また今度やってみようかな)
少しの悪戯心を携えて、手元の小さな世界に意識を還していった。
閑話2「頬染める予報前線」
厨から楽し気な音が聞こえてくる。
その身が揺れてはわくわくとし、だが、ふと立ち止まっては悩ましそうに何かをじっと盗み見ていた。様子を確認しようと、静かに当事者が居る厨へ脚を忍ばせていく。
近寄り、後方に現れた朽名は身を屈め、藤の耳元へ顔を寄せた。
「何に気を惑わせているんだ? 藤」
存在に気づいていなかった藤が、唐突に発せられた音でびくりと身体を揺らす。困り眉に睨みを効かせると、見られていた事を知って表情の色が変化する。
「またっ、音もたてずに……!」
幾度と忍び寄っては驚かせて来る蛇に、藤が幾度目かの表情を浮かべた。悪かったなと伝えながらも、何処か期待していた表情に蛇は満足する。
「トウア達に苺を沢山貰ったんだ。それで、これをジャムにしようかなって」
籠一杯の鮮やかな粒達に、目の前の苺のような表情が段々と喜々としていく。藤の言葉の通りに気持が煮詰められ、溶けては新しいものが生まれていた。
「こんな鮮やかな色合いで誘惑してくるんだから、きっと美味しいよ! 一緒に食べようね!」
やる気に満ちながら「必ず成すのだ」と言いたげにぐっと藤が手を握る。
これもまた相変わらずの藤だった。昔から新しい何かに瞳を輝かせ、例え失敗しても、小さな負けず嫌いを携えては何度とも挑んできたのだから藤の強さだろう。料理の腕もそうして培っていた。
(なるほど。だから楽しそうだったのか)
甘いものが好きな藤が、甘酸っぱいそれを眺めては嬉しそうにきらきらと光を溢す。
そうして此方が相手へ視線を移していると、温かさを彷彿とさせる粒達につられては、肌寒い冬が明けて春が来る事を思わず期待してしまう。きっと廻りくる春の色もまた、楽しいものとなるだろう。そう断言出来てしまうのは、
(居るだけ私を喜ばせてしまう藤がいるからな)
「出来たらどうしようかな……。炭酸水で割るのも美味しいって言ってたけど、まずは一昨日のミルク寒天と合わせてみる……? あ、でもやっぱり果実のままも食べたいかも……」
「楽しみだな」
うんうんと藤が逡巡している。思わず顔を和らげては悩まし気にしている相手へ応答していた。
この先のまだ見ぬ表情を浮かべながら、今は目の前の春の予感を二人で楽しむ事にする。何時までも飽きないこの生活が続く事を願いながら。
閑話3「微睡む花の歌」
厨で下拵えをしている時、洗濯場で洗濯をしている時、境内で掃除をしている時。此処の所、温かさを感じる懐で微睡んでいると、ふとした時に聞こえてくる音。
夕刻、厨で作業する藤が鼻歌を歌っている。
とんとんと、少し前から小気味よく聞こえてくるものに混じり始めたそれが、微睡んでいた此方の耳へと届いていた。
最近、藤が作業をしている時にその音を生み出すようになったのだが、遮るのも惜しく、そして心地も好いのでそのまま聞いている内に眠りこけては尋ねそびれていたものだ。
「それは何の歌だ?」
にゅるりと藤の傍から顔を出す。居間で休んでいた筈の蛇が突然現れて藤の目が丸くなった。
「え……? うた?」
「何か歌ってたぞ」
「……あっ」
何の事か分からないという様子で首を傾げる。その藤へ蛇がつけたすと、ハッとしたその相手の顔が赤らむ。
「この前トウアが楽しそうに歌ってて……。その後も、トウアと一緒に遊んでいた小さな幽霊達も歌ってるから……」
やってしまったと言うように浮かべる表情。気づくとしていたらしい事に意識を向けると、途端に視線を落とす。
「移っちゃった……」
蛇が笑みを浮かべる。
更に藤の前へと出て口元に鼻先をぴとりと触れていくと、満足げに離れていった。
「好いな。お前の歌は心地好いのだと、また新しく知ったな」
ひっそりと拙く歌っていた事を知られてしまい、しかも改めて満足げに噛みしめている蛇にまた深く赤らめながら困り眉を浮かべる。
「私にも移るくらい沢山歌ってくれ、藤」
うんうんと頷いてた蛇は今度は冗談めかす。
「なんならば夜の共にしてくれても構わん」
「……改めて聞かれるのもちょっと……」
視線を逸らして躊躇う中、続けて出た言葉に疑問符が浮かぶ事となった。
「まぁ……別の夜伽歌ならばお前の口からよく聞くがな。あれも中々に好いものがある」
(別……?)
何の事かと聞きかけた藤が、んぐと口を紡ぐ。
「し、したくてしてるんじゃないよっ」
真っ赤な顔が睨んでくる。その眼で「朽名のせいだっ」と訴えてきていた。
「ずるい、朽名もして!」
聞かれてばかりにむくれる藤が、堪らず相手へ要求する。可愛らしく反撃してくるのでやはり笑みが絶えないのが蛇だった。
「ああ、いいぞ。だが、まずはお前に移してもらわねばな」
うっと藤が息を飲む。
「また、その内……少しづつ移すよ……」
かしこまって歌う事に恥ずかしさを感じて「何時か」と溢す。蛇はふっと息を落とした。
「楽しみだな」
嬉しそうな蛇を目にしては、いらぬ約束をしてしまったと藤は目を逸らす。
(そんな……上手い分けでもないと思うのに……)
どうして些細な鼻歌でそんなにも嬉しそうにしてくれるのか……。
(……昔からだったかも)
共に暮らし始めた当初は気づかなかったけれど、自分が何かに挑んでは事を成したり、新たなを発見しては学んだりしていると、すぐに褒めては自身の事のように嬉しそうにしてくれる。例え失敗したとしても、丁寧に受け止めてくれるから安心して何かを試してみたくもなるのだ。
そうしてちょっとした事にも喜んでくれる事を知っているから、無下にするどころか、そんな瞬間の時々を手放しがたくなる。
朽名と一緒に居て飽きない。飽きるどころかもっと共に居たくなっていた。過ごす他愛の無い日々が楽しくて仕方がない。……それを口にするのは凄く恥ずかしいからあまり言いたくないけれど。
(こっそり練習でもしておこうか……)
どうせ聞かせる事になってしまうのならば、良いものを手渡したい。
そんな事を考えながら、まだ見ぬ相手の顔を想像していた。
- 了 -