We are Buddy. ふと目が覚めてみると、大きな背中が視界に入った。広々と、そして隆々とした、傷だらけの背中。少し背を丸くして、獠はベッドサイドに腰掛けていた。その肩は一定のリズムを刻みながら、静かに上下を繰り返している。あたしは、身体に掛けられていたシーツを払って起き上がった。
獠の背中には、今夜あたしが残した傷以外にも、生々しい打撲の痕が残っていた。それは、あたしを庇ったがために受けた傷だった。獠はいつも、依頼人やあたしが爆発に巻き込まれたとき、必ず庇ってくれる。その大きな身体を盾にして、爆風や瓦礫から守ってくれるの。今日だって、そうやってあたしを守り、獠は負傷した。
それが、獠の仕事。それが、獠の生業。あたしも、頭ではわかっている。けれど、こうして獠の背中を見ていると、あたしのせいで傷つけてしまった事実を、改めて突きつけられた気がした。あたしは、獠の背中へ手を伸ばした。でも、その肌へ触れる直前で、あたしの手が止まった。――触れたからと言って、何が変わるのだろう。謝ったって、慰めたって、感謝したって、この傷が消えるわけじゃない。そもそも、獠自身はそんなことを望んでいない。それは、誰よりもあたしが一番よくわかっている。だからあたしは、その傷に触れることも、その傷ついた背中を抱きしめることもできなかった。それならば、せめて――。
あたしは獠と背中合わせになり、膝を抱えて座った。こうして座ってみると、あたしの背中は小さくて、獠の背中の陰にすっぽりと隠れてしまう。
「……どうした?」
肌が重なるなり、獠が声をかけてきた。こちらを振り向いている気配はなくて、獠はずっと前を向いているようだった。
「あんたの背中って、ほんと大きいなぁ……と思って」
「そりゃそうだろ」
背後で、丸まっていた背中が伸びていく。真っ直ぐに伸びた獠の背中は、高い壁みたいになった。ただでさえ大きな背中が、ますます届かないところへ行ってしまったような気がした。
「男の背中は、もっこりちゃんを守るためにあるからな」
ふざけている様子もなく、獠は落ち着き払った深みのある声で、そう言ってのけた。いつもなら「またまた、カッコつけちゃってぇ」なんて誂うところだけれど、今はそう言う気分になれなかった。そう。この背中は、あたしだけのものじゃない。獠は守るべき者のために、この背中を使う。
「あたしは、そのもっこりちゃんの中に入っているのかしら?」
「おまぁは……。まぁ『ついで』だな」
「そう……」
あたしは、天井を見上げた。後頭部に獠の硬い髪が触れる。静かな部屋だと、髪が擦れる微かな音まで、はっきりと聞こえた。こうして獠と物理的な距離を縮めて、直に肌を重ねるようになって、獠のあたしに対する「思い」を、はっきりと自覚するようになった。そんな関係になった今でも、仕事となれば別で、獠にはきちんと仕事を全うしてもらいたい。もし、あたしと依頼人が同時にピンチに陥ったなら、依頼人のことを最優先に守って欲しいの。あたしの身は、自分で守るから。――でも、いつの日にか、あたしがその背中を守れるようになりたい。獠はそんなことを望んでいないかもしれないけれど、あたしだって大切な人を守りたい気持ちは、同じだから。
それなりの時間、肌を触れ合わせていると、お互いの熱が混じり合っていく。少し高めの獠の体温があたしに乗り移って、熱いぐらいだった。突如、あたしの背中が急に重たくなって、あたしの身体が前のめりになった。
「はぁ〜。獠ちゃん疲れちゃったぁ〜」
獠はあたしと背中合わせのまま、ぐいぐいとあたしへ身体を押し付けてくる。獠の大きな図体をあたしが支えきれるはずもなくて、あたしの身体が押しつぶされていく。
「ちょ……! 重た、ぐぇっ……!」
耐えられなくなったあたしは、情けない声を出しながらベッドの上へうつ伏せに伸びた。その上に、獠が大の字になってのしかかり、追い打ちを掛ける。あたしの上で仰向けになっている獠は完全に脱力して、あたしに身体を預けてきた。下敷きになっているあたしは、まともに息もできない。
「こら……! 降りろ!」
「香」
「何よっ!」
呼吸を楽にするため、少しでも空間を確保したくて藻掻いてみる。でも、獠の無駄にでかい胴体と太い手脚が邪魔をして、思うように動けない。
「香……」
獠がまた、あの落ち着き払った声であたしの名を呼ぶ。どういうつもりなのか、獠の考えていることがさっぱりわからない。
「重っ、いい加減に……!」
「こうして俺の背中を預けられるのは、お前だけだからな」
「へっ……?」
次の瞬間には、あたしの背中から重みと熱が消え去った。そして、あたしの視界の端へ、獠が姿を表した。獠はベッドに横たわりながら、頬杖をついていた。
「頼りにしてるぜ。パートナー」
「何よ。藪から棒に……」
改めて面と向かってそんなことを言われると、恥ずかしくてしょうがない。柔らかく微笑む獠の顔をまともに見ていられなくて、あたしは獠から顔を背けた。
その背中は、誰かを守るためにあるけれど。その背中を守れるのは、あたしだけ。獠も、あたしと同じ気持ちでいてくれたんだね。それは、傷の有無なんかじゃない。どれだけ重たくても、どれだけ苦しくても、あたしを信じてくれている獠を、全力で支える。このちっぽけなあたしの背中でも、獠が背中を預けてくれるなら、潰れるわけにはいかない。だってあたしは、獠のパートナーだもの。
またあたしの背中に、熱が触れる。今度は優しく肩を抱かれて、あたしの身体がぐるりと回転する。気づいたらあたしは、獠の腕の中にいた。あたしは腕を伸ばした。憧れて、追いかけ続けて、好きになったその背中を、この腕に抱く。大丈夫。この背中を守るためなら、なんだってできるわ。
了