to the shining tomorowやけにリアルな夢だった。
ほぼ毎日顔を突き合わせている険しさを含んだ顔は、今はどこか幼さと妖艶さが入り混じっている。
自分に唇を啄まれ、応えるように唇が動く。
やけに柔らかい感触は何度も確かめるように動き、物足りなさは中まで侵入して退路を塞ぐ。
赤く薄い舌先がチラリと覗けば吐息混じりに絡み合ってか細く音を響かせる。
キス自体は初めてじゃなかったが、相手が相手であるキスは初めてだった。
いや、これからもする事はないと思っていた。
遊び半分でするキスじゃない。
真面目で本気なキス。
目と目がかち合えば現実か夢か区別のつかないまま深く唇を噛み合う。
頭がクラクラしている。軽い酸欠状態でがむしゃらに相手の唇を貪り、名前を呼ぶ。
普段挑発するような口振りなのに、今漏れ出た言葉は誘惑するような言葉で。
寧ろ翻弄されていると言ってもいい。
その誘惑の言葉にツバサは月夜に映える薄い銀色の髪を梳いた。
くすぐったそうな仕草にも煽られてしまって、もはやどうすることもできない。
決して柔らかくない身体を弄りながら粘着質な音を響かせてキスをする。
吸血鬼でもないのに血を啜るように唾液を啜れば、普段よりも断然甘い声漏れてツバサの欲情を駆り立てる。
まだ夢か現実かはっきりとした区別が付かなかったが、首に回された腕に促されるまま自分よりも真っ白な肌に唇を落とした。
どちらかというと硬めな自分の髪を先程と同じように梳かれれば、妙にドギマギして視線が定まらない。
そんなツバサを見てか回された腕が解かれ、まっすぐ瞳を見据えるアクアブルーの瞳がツバサの視線を捕らえた。
『 』
胸に残ったモヤモヤが吹っ切れるような言葉を囁かれ、ツバサは再度その真っ白な首筋に顔を埋めた。
丁度2日前に、彼女に振られたツバサは酷く落ち込んでいた。
別れる要因を思い起こしてみても思い当たらなかったが、彼女は彼女なりに何かを感じたのだろう。
『恋人をきちんと見てない人とは付き合えない』
去り際に放たれた言葉で、その要因ははっきりとした。
ツバサは、誰かを埋める為に彼女と時間を過ごしていたのだと。
しかし、それでもどこか自分の気持ちに靄がかかっていたツバサはその旨を彼に話した。
最初は歪みあっていた自分達がこうして同じ場所で同じ時を過ごしているのかと思うと妙に心をくすぐられる。
両親を奪われたばかりの頃のツバサは、自分から大切な人を奪った人間は犠牲をなんとも思わない非道な人間だと思い込んでいた。
それは致し方のないことだと誰もが言うだろう。
権力に屈していった人とは違い、自分はどんなに操られようとも信念は貫くと決めた。
そしてその信念を貫き続けた結果、ツバサは過去に自分が抱えていた憎悪は固執したものだったと知る。
定めとも言える出会いを果たし、触れ合うことで本当の事が見えた。
犠牲を何とも思わないと思っていたヒトは自分とは違う純粋さを持っていて、嘘がなくて、優しかった。
勝手に自分で悪と決めつけていたヒトが大切になったと知り、ツバサは固執から解放された。
そしてその想いは大きくなって、それを誤魔化すようにツバサは他の人を好きになった。
誤魔化して誤魔化し通して、通しきれなかった自分を悔やんでその思いの丈をぶつけた。
『素直に生きてる方がお前らしい』
それを言われた瞬間、自分の中でも押し殺そうとしていた感情が爆発した。
『……やっぱり、俺が好きなのは…お前だった……』
言葉にして、改めて自分が浅はかな人間だったと漸く気付けた。
嘘で塗り固められた感情は、今腕の中にいるヒトが掻き消していった。
お陰で受け入れる覚悟が出来た。
ツバサは、再度気持ちを口にした。
『……好きだ……ショウ』
呼び心地のいい名前はツバサの心を暖かくした。
返ってくる反応も、表情も仕草も全部が愛おしくてたまらなくなった。
無我夢中で引いた手は誰よりも暖かかった。
ふと、瞼の裏に陽を感じたツバサはゆっくり目を開ける。
同時に鼻腔をくすぐった香りにぼんやりとした脳内で思う。
(…お日さんの匂いがするな)
心地よい目覚めを促すような香りにツバサは嬉しそうに目を細めた。
そして腕の中にある香りを包むように胸におさめ、深く息を吸う。
凄く落ち着く。
出来るならばずっと腕の中に収めておきたい。
そんなツバサの思いは簡単には叶わなかった。
「…ツバサ、暑い」
「…なんだよ起きてたのかよショウ」
「3分先に起きてた」
「なんで張り合おうとしてんだよ」
朝のゆったりムードなんてどこへやらと言った感じの会話にツバサは愕然とする。
もう少し余韻に浸らせてはくれないのだろうか。
「つうか今何時?」
「11時半」
「うっそ…そんな寝てた?」
「寝てたんだろうサ」
「じゃあ起きねぇとな」
ツバサは状態を起こし、大きく欠伸と背伸びをした。
ショウはそれを起き上がらず見上げて、皺になったシーツに指先を這わせた。
そこには確かにツバサの温もりがあって、見ていないところで微かに微笑んだ。
「ほら、ショウも起きろ」
「…俺はもう少しゆっくりする」
「はぁ?昼飯どうすんだよ」
「…すぐには起き上がれねぇんでな」
「言ってる意味がよく………………あ」
ツバサはそこではたと気付いてしまった。
昨晩といえど数時間前まで自分の腕の中に抱いて求めた事を思い出した。
ショウの未だに気怠げな表情を見てツバサは申し訳なさと照れくささに頬を掻いた。
「…そっか…悪い……じゃあ、俺先にご飯食ってるわ」
「……ああ」
そそくさと半ば逃げるように小走りに去っていくツバサを見送ったショウはまた微笑んで微睡の残る中瞼をゆっくりと閉じるのだった。