特級の中でも特別更生を目的とした特更収容施設が存在していた。
特級施設でも更生を望めない収監者が集まるこの場所にショウは前後左右行手を阻まれながら冷たい空気の流れる廊下を歩かされていた。
(この物々しい空気…ただの更生施設じゃなさそうだな。本拠地から随分離れている)
どこを見回して見ても灰色の壁で覆われている場所は言い表せない黴臭さと、逃げる気力すらも奪う圧迫感に包まれていた。
(どんな場所に連れてこられようとも同じだというのに)
どれだけ自分が外部からの暴力に打たれてきたのかなど看守達は知る由もないだろう。そしてその暴力に抗うと決意した硬い意志を、看守達は理解しないだろう。
場所が変わろうと制裁が重くなろうと自分の意思は揺るがない。
ただ前を見据えていたショウを連れた所長達は重い鉄の扉のある前で立ち止まった。
「入りたまえ」
ぎぃと重たい音を立てて扉が開かれると、灯一つだけの狭い空間には椅子とベッドが置かれているだけだった。
その椅子に座るように促されたショウは抵抗する事なく椅子に腰掛けた。
看守達が扉の前に連なって立ち逃げ道を塞ぐと、ショウの目の前に立った社長が口を開く。
「ここに連れてこられた理由は分かるかね?ショウ君」
「さっぱり分からないね。これじゃまるで重罪者の扱いじゃないか」
「そう、君はとんでもない重罪を犯した。力を行使し、更生を望む我々の心まで無下にした罪だ」
「ふん、力を行使しているのはそっちも同じじゃないのか?」
「力ではない。これは愛だよショウ君。親の愛だ」
所長の言葉にショウは嘲笑うように鼻で笑った。
「愛、ねぇ…笑わせてくれる。いつテメェの子供になったんだ」
「ここに来た時からそれは決まった事なのだよ。我々にはきちんと子供を正しき道に導く義務がある」
「義務、人を痛めつける事がかい?」
「…確かに言う事を聞かなければ手を挙げることも必要だろう。だが安心していい。ここではそんな君を更生させるためにはもってこいの場所なのだからね」
所長がゆっくりと歩き出し、懐から取り出したお香のようなものに火をつけた。
ショウの目の前にそれをチラつかせれば、お香の香りを纏った煙がショウの身の回りを渦巻く。
なんとも言えない独特の香りに少し煙たそうな顔で目を細めた。
「特級に来た中でも1番の腕っ節を持つ君を更生させるためには一つ、重要な事がある。何かわかるかい?」
淡々と語り始めた所長がお香を部屋に振りまきながらショウに問いかける。
「さぁね」
「…優しさだよ、ショウ君」
「優しさ、だと?」
「君は強い。喧嘩では誰にも負けない自信があるだろう。だが、それは君に力があるからだ。もし、その力が無くなったら、どうなると思う?」
今度はショウの瞳を覗き込みながら問いかける所長に苦虫を噛み潰したような顔をして知らないと言い放つ。
最後の忠告だと言わんばかりに所長が続ける。
「この世で弱い生き物は子供と女性だ。男である我々はその弱い立場の人間を守ってあげなければならない」
「話の論点がずれてやしないかい?」
「…いいや、外れてないさ。君にはその立場の弱い人間、女性の気持ちを知ってもらう」
所長の声が少し遠く聞こえたのを最後に、ショウの身体から力が抜けていく感覚が襲ってきた。
クラクラと視界が揺らいでショウは目頭を抑える。
「…おい…これは…なんだ…」
「ああ、言い忘れていたよ。このお香は特別に調合してある睡眠薬みたいなものだよ」
「てめ…ハメやがっ、た…な…」
「安心したまえ。すぐに安眠できる。痛みも感じずに済む」
「な、にを…言っ…て……」
「…おやすみ、ショウ君」
喋ることすらままならなくなってきたショウは椅子から崩れ落ち、意識が朦朧とする感覚と共に離れていく意識の中で、抗うように所長を睨みつけるのだった。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
身体の違和感がありショウの意識は段々と現実世界に引き戻される。
「……俺は…確か…」
ゆっくりと覚醒していく中、起き上がった瞬間に感じた感触にショウは驚かざるを得なかった。
身体を起こそうと手をついた途端に感じる自分の身の軽さに。
まるで風船になったかのような身軽さに、片手で掴めそうなほど痩せ細った腕。
まるで女性…いや、本当に女性になった己の姿を見てショウは息を呑む。
「…なんだ…これは…」
あり得ない事態と自分の身体ではない感覚に動けないでいたショウに奥から男の声がかけられる。
「目覚めたかい」
「…てめぇ……一体何をしたッ!」
嫌に聞き馴染みのある声がした方に視線を向けると、待ち侘びたように読んでいた本を畳んだ所長が目覚めたばかりのショウに近づいてくる。
睨みを効かせながら威嚇するショウの姿を余裕綽々とした顔で見つめて諭すように言った。
「まだ無理に動かない方がいい。さっき薬が効き始めたばかりだからね」
「薬、だと?」
「まだ試作品の段階でね。君に投与する許可を取るのには苦労したよ。だが、その薬の経過報告をする条件付きで特更施設での使用許可は降りたんだよ。どうだい?女性になった気分は」
「…very badな気分だぜ」
「そうか。そうだろうね。女性とはそういうものだ。自分より強い力に抗う力が備わっていないのだからね。でもその弱い立場に立ってこそ、分かることがある」
拘束されている腕を掴み距離を詰める所長を払い除けようにも、強制的に抗う力を奪われたショウの身体は最も簡単に押し返されてしまう。
手首に食い込む所長の掌の力にショウが呻きながらほとんど力の入らない腕で押しのけようとするものの、屈強な体つきをした所長の力には到底叶わなかった。
あっという間に逃れる先を制限されたショウはベッドの上に縫い付けられ、既に露わにされていた肌身を弄られ、跳ね除けようと上げた腕も力なくぱたりと落ちた。
指先にさえ力の入らない身体はもう自分の意思ではどうしようも出来なかった。
「弛緩剤も少し投与させてもらったよ。これで君はもういつもの力を絞り出せない」
大きな掌がショウの膨らんだ胸元を揉みしだき、耳元で囁きながら乳首を指先で摘む。
最初にピリッとした痛みが襲うものの、捏ねくり回されていくうちもどかしいほどの気持ちよささえ感じて唇を噛み締める。
「ぅ…ッ…ぁ…」
「だいぶ辛そうだね?少し投与量が多かったかも知れないが…苦しみは比較的少ないと説明を受けているから安心していい」
所長の言葉に信憑性があるかは定かではないが、拘束されて弄られている時点でショウはいい気分はしなかった。
だが、ショウはまだ試作段階の薬は不完全である事を知らぬままこの屈辱的行為に耐え抜く意志を見せるのだった。