『ショウは大人になったら何がしたい?』
『決まってる!パパとママを幸せにする!』
『あらまぁ…ショウは本当に人思いな子で母さん誇らしいわ』
『へへ』
子供の俺はそんな具体性のない漠然とした夢を母に語った。
昔の親父は本当に真面目で人柄も良く、夢に溢れた人だった。
そんな親父に出会い惚れた母は何不自由なく愛を育み俺を授かった。
だけど母は身体が弱かった事もあり、出産は難を極めたという。
それでも母は諦めず俺を産んでくれた。
産まれた後も母は俺を育てながら親父の仕事の支援に尽力していた。
お陰で親父の商会は順調に成長の一途を辿っていた。
一方で母は身体の弱さ故に度々倒れていた。
しんどそうな母を見ていると親父も俺も辛くて堪らなかったが、母はそれでも気丈に振る舞った。
『大丈夫よ。ママは強いんだからショウは何も心配しなくていいのよ』
それが母の口癖だった。
心配させまいと辛い時もいつも笑顔で返してくれた。そんな母を親父も助けてやりたいと仕事を着々とこなしていた。
そのお陰で商会も軌道に乗りまたたくまに大きく成長していった。
「母さん!買い物今日は俺が行くよ!」
「あら行ってくれるの?ありがとう。じゃあ、このメモに書いてあるものを買ってきてくれる?」
「うん!分かった!」
「元気なお返事よし!」
母が元気な日は俺も元気になった。
どこにでもある普通の母と子の会話だけど俺にとっては貴重な時間だった。
出来るだけたくさん母との時間を作りたい。常にそう思っていた。
「あら、ショウ君お買い物?」
「うん!母さんのお手伝いしてるんだ!」
「まぁそれはお母さん喜んでるわね。ショウ君みたいな息子を持ってお母さんは幸せだね」
「へへっ!あ、おばさんこの間のフルーツありがとう!母さん喜んでた!」
「あらそう?だったら良かったわ。またいつでも持っていってあげるからね」
「ありがとう!あっ、俺行くね!」
「気をつけてねー」
あの頃の俺は親父の息子だからか、優しく見守ってくれる大人に囲まれていた。
親父の人柄に惹かれたというのか何か困ったことがあれば助けてくれる周りの人が俺は大好きだった。
親友にも恵まれて俺は当たり前の幸せを手にしていた。
いつかみんなが笑って暮らせるようなそんな世界を作れたらいいのになとさえ思っていた。
ただ、純粋にそう思っていた。
なのにその矢先、あの事故は起きた。
大きくなり過ぎた商会の付き合いで親父はだんだん家族に目をやる機会が少なくなっていった。
病弱な母を助けようと溜めていた資金も大盤振る舞いの日々で、弱っていく母にも目を配らなくなっていった。
金を積んで家政婦を雇って母の世話は押し付けて自分は贅沢三昧。親父への怒りが募っていった中での墜落事故は俺達の人生が狂わされ始めた。
「おいお前なんで外なんか出歩いてんだよ殺人犯の家族のくせに!」
「人殺しの息子!」
後ろ指を刺されながらそうやって罵声を浴びせられたり、偶然を装って意図的に怪我を負わされたりと日を追うごとにそのやり口はエスカレートしていくばかりだった。
せめて家では静かに暮らしたい。
そんな思いも無情に砕かれる。
「あんたの親父のせいで俺の娘は死んだんだ!!なのにのうのうと暮らしててなんとも思わないのか!」
「本当に…申し訳ありません…」
「頭を下げれば済むとでも思ってるのか!?早くここから出て行ってくれ!」
被害者家族達が家に集まり、常に冷たい視線に晒される日々に母も倒れることが多くなった。
いつもなら1日で治る病気も一週間、一ヶ月とその期間は長くなっていた。
それでも周りは情なんて向けてくれるはずもなく、嫌がらせの毎日。
母に変わり家政婦のいない日は買い物に出掛ける事もあったが、全く取り合ってはくれないどころか石を投げられ追い出される始末。
それでも、これは親父が起こした事故によって齎されたことで、怒りの矛先が向けられるのも仕方のない事だと自分の中で何度も飲み込んだ。
被害者家族からであろうが、被害を被っていない人からであろうが与えられる制裁に目を瞑って耐えた。
「何するんだ!離せっ!」
「はぁ?うるせえよ殺人犯家族のくせに俺らに口答えすんなよ」
「そうだそうだ。人の命奪っておいて何様だよ」
「それは…っ……」
親父のせいで俺は関係ない。
そんな言葉が出かかったが、俺はそれを飲み込んだ。
「なぁなぁ、人殺しって痛み感じないらしいぜ」
「へぇ、じゃあ、傷付けられても痛くないんだろうなー」
身体を押さえつけられながら目の前をチラつかされたのは、鋭く尖ったナイフだった。
わざとらしくそれを見せつけられながら押さえつけられる力は増していく。
あまりの恐怖に奥歯がガチガチと音を立てる。
「…やだ…許して…」
「ぶははっ!ゆるしてーだって!」
「人殺しのくせに怖がってんじゃねぇよ。人殺しだから痛くねぇんだろ?んじゃあ、いくぞー!」
「ひっ…た、たすけ…誰か…」
逃げ出したい恐怖に俺は様子を見ていた大人達に視線を向けた。
誰か一人でもいい、助けれくれる人がいるなら縋りたかった。
だが、視線を感じた大人達は蔑むような目や冷ややかな目、関わり合いたくないといった目でその場からことごとく去っていく。
残ったのは俺と危害を加えて来ようとしている人間だけ。
初めて感じた絶望感に俺はただ震えた息が漏れるだけだった。
「あーあかわいそうみんないなくなっちゃったなー?人殺し助けていいことなんてないもんな」
「…お願い…なんでもするから…だから」
「だーめー。おい、しっかり押さえつけとけよー」
あまりにも無邪気な声に俺は顔に押し当てられるナイフの冷たさに身を強張らせ、涙を流すしか出来なかった。
周りに響いたのは止めに入る声ではなく、俺の、痛みに泣き叫ぶ悲鳴だけだった。