ある日の晩、ジェイはブルーノースの郊外にあるホテルを訪れていた。フロントに予約者の名を告げると、番号を告げられる。
エレベーターに乗り込み、スマホを開いて部屋で待っているであろう人物にメールを送ると、30秒ほどで了承の返事がきた。
『鍵は開けていますので、どうぞ』
「万一俺以外が入ってきたらどうするつもりだあいつは……」
いまいち危機感のない内容に思わずひとりごち、相手がそんな侵入者を許すような場所を会瀬に選ぶはずもないかと思い直す。
そも、彼もただの不審者ぐらいどうとでもできる。それもわかってはいるが、どうしても、いつまでも出会ったばかりの頃の小さな少年のように思ってしまう。
本人はすこぶる嫌がっているし、今から部屋で行うことは、少年を相手にすることではないのだが。
ぽん、とエレベーターが止まる。開いたフロアの告げられた番号を捜して部屋を一つずつ確認していき、目当ての扉にたどり着いて一応ノックをして扉を開く。もちろん鍵をかけることは忘れない。
「ヴィクター」
部屋の中では、大きなキングサイズのベッドの縁に腰かけたヴィクターが、ガウンを適当に羽織って湿った髪を乾かしていた。
本当に羽織っただけで前を閉めておらず、白く薄い体が見えかくれしている。
「早かったですね」
「思ったよりも早く終わったからな」
「時間が余ろうとぴったりだろうと、貴方は市民との交流を優先すると思っていました。少なくとも、あと一時間は遅くなると」
「おいおい、さすがに先約を優先するぞ」
「息子さんとの約束はよく破るのに」
痛いところをつかれ、ジェイはぐっと詰まり頭をかく。全くもって可愛げがない。いつものことだが。
彼に口で勝てるはずがないのだ。今も昔も。
隣に座ると、ヴィクターはドライヤーのスイッチを切った。コードを丁寧に巻いて定位置に戻し、冷蔵庫からペットボトルの水を2本持ってくる。サイドテーブルに置いたのを横目に見ながら、白い髪に指を滑らせて瞬きをする。
「まだ濡れていないか?」
「粗方乾いていますしいいでしょう。どうせまた汗をかきますし」
「お前はつくづく、時々驚くほど適当だな」
ヴィクターは表情を変えず、「O型ですから」と自分も湿ったままの髪に指を絡ませる。
「血液型と性格に関連性なんてありませんがね」
「よくわからんが……シャワー浴びてくるから、もう少しちゃんと乾かしておけよ、髪も傷む、んだろう? それに風邪を引いたらどうする」
「風邪を引いた経験はあまりありませんから、いい体験になるかもしれませんね」
「またそういうことを……。お前はよくても、残念がる子達がいるだろう。俺も、ではあるが」
ジェイが言う残念がる子達というのは、彼の髪を弄って遊ぶジャクリーンや過保護気味のノヴァを始めとする、ヴィクターとの交流がある数少ない者たちのことだ。
「ジャクリーンとか、髪が傷んでいたら泣くんじゃないか。まして風邪をひいたとなれば……」
「泣くという機能は備わっていませんよ。そのような表情を作るプログラムはありますが。……私が風邪をひかないようにしたいなら、早くシャワーを済ませてください」
「わかったわかった」
このままうだうだと話し続けていても埒は明かないとジェイは降参のポーズをし、シャワールームの扉を開ける。
先程までヴィクターが使っていたそこはまだ仄かに温かく、服を脱いでもあまり寒さは感じなかった。