謝憐流、やる気の出させ方読んでいた本から目を離すと、思わず謝憐は苦笑いをした。
普段は精悍な顔つきをしている愛する夫は、今は遊びの途中で親に手伝いを言い渡された子どものような表情で、嫌々白い紙に筆を走らせている。
その姿はまるで鬼市の主とは思えない。
「あまり気が乗らないようだね」
「そんなことはない」
「本当に?」
本を閉じて花城のそばに立ち、彼の成果を眺める。
どれも独特で力強く、手本である謝憐の文字とは似ても似つかない。
特に今日は荒っぽさが目立つ筆運びだ。
「三郎」
「・・・哥哥、怒った?」
気が乗らないわけではないと言ったが、やはり普段より集中力に欠けていたのを自覚していたのだろう。花城は叱られるのを待つ子どものように、眉を下げた。
「怒ってないよ」
大丈夫だと顔を覗き込むと、隻眼がホッと緩む。
可愛らしい。
謝憐の心臓がキュッと締め付けられ、その濡羽色の頭を抱きしめて、撫で回したい衝動に駆られる。
謝憐は彼の全てを愛しているが、特に普段は落ち着いて優美な表情を崩さない花城の、歳下らしい一面が垣間見えると、心臓が酷く高鳴ってしまう。
さてそうすると、この可愛い夫がどうすればもう一度やる気になるのかを思案する。
「哥哥?」
「ねぇ、三郎。今日は手本を変えてみないか?」
「手本を変える?」
「そうだ。今日練習をするのは・・・」
墨の飛んでいない半紙を見つけると、きちんと下敷きの上に置き直す。そして花城のひんやりとした手を取って筆を握らせると、その手の上に自分の手を重ねた。
スッと、紙の上を筆が流れるように動いていく。
何度も手を添えての練習をしているので、花城も力加減を理解しており、謝憐にされるがままだ。
筆が離れると、書き上がった文字に花城は少し戸惑った表情を浮かべる。
「これは・・・」
「今日はこの字を練習してくれる?」
頬を染めながら、悪戯っぽく謝憐は尋ねた。
「・・・もちろんです。だけど、練習がうまくいくように、三郎はご褒美が欲しいな」
今度は花城が悪戯な笑みを浮かべて、謝憐の手に触れる。
「ご褒美って、なにが欲しいの?」
「そうだな・・・今晩、あなたがこの言葉を俺に言囁いてくれる・・・とか?」
しっとりと指先を撫でられて、今晩がいつを指しているのかを理解し、謝憐は小さく喉を鳴らす。
「それなら、俺は一番上手く書けたものをあなたにお渡しします」
「・・・うん」
是と頷いた謝憐に花城はやる気を取り戻し、その三文字を慎重に書き始めた。
我愛你。