慈悲深い神として君臨し、完璧超人始祖の創始者にして彼等の一員としてまとめている主、ザ・マン。
完璧超人始祖達もまたそんな彼を敬い、礼儀を弁えていた。
だがそんなザ・マンを超えた者が現れた… 其の名はゴールドマン。
ザ・マンの弟子であり、愛い存在の一人であった彼、ゴールドマンは悪魔超人の中で悪魔将軍として悪魔超人達に慕われているカリスマ的存在。
ザ・マンにとってはいつしか己を超える日を待っており、其れを超えた者が一番弟子としていたゴールドマンであった事を彼自身、内心嬉しくもあった。
「ゴールドマン…」
思わず其の名を口に出す。名を呼べば、かつてのあの頃の様に自身の元へ駆け寄ってやってくる、と…そう思うも現実はそうではない。
もうゴールドマンはいない、自身の前から消えてしまったのだ。弟子の一人、あの頃がひどく懐かしくもあり、そして悲しくもあった。
過ぎ去りし過去は疾うに終わったもの、あの頃に戻る事は叶わない。
一番弟子だったゴールドマン…、ゴールドマンにとって、自身の姿はどう見えているのか… かつて創始者だった頃のあの面影が見えているのか、それとも今は──────
ザ・マンがゆっくりとした足取りで薄暗い自室内に入る。
「…?…」
ザ・マンは室内にある違和感を覚える…否、室内と言うよりも側に置いてある大きな姿見に視線を向ける。
一瞬何かが映った様に感じ、姿見の前に立つと暫くしてそれは自身の腕ではない"何か"がザ・マンの身体を抱き締めるかの様に其の腕を回していたのだ。
悪意ある抱擁でもなく、殺意も感じず、ザ・マンは抵抗せずに自身を抱き締める存在を確認しようと背後へと振り返った。…が、其の姿はなく一度姿見から離れ、側にあった洋燈に小さな灯りを灯し、もう一度姿見の前に立つと矢張り自身の腕ではない何がが自分の身体を抱き締めるかの様に回されていた。
だが、灯りのお陰で其の腕の正体にザ・マンは瞳を細めた。
「ゴールドマン…お前なのか?」
ザ・マンは自身の身体に腕を回すゴールドマンの手に触れる。姿見で見れば確かに触れてはいるものの、触れている感触の実感はなかった。
己は遂に幻覚でも見てしまっているのか、或いは今起きている現実そのものが夢であるのか、夢であっても嬉しいとザ・マンは触れられない其の腕に手を添えたまま語り出した。
「お前に今再び邂逅を私は望む、聖なる完璧の山に戻って来い…ゴールドマンよ。私はお前に逢いたいのだ。」
其の声と共に姿見のガラスにヒビが入り、ガラスは煌く。鏡に映っている姿は抱き締められているのに、背後を振り返ってもゴールドマンはいない。
…が、其の時…何処からか声が聞こえた。
──────死出の路は開かれた、私から直々に貴様に逢いに行く事はない。私を求むならば、望むならば、自ら其の足で悪魔の世界へ…魔界へ私の元に来れば良い、私は待っている。
聞き慣れた声、鏡の中のゴールドマンがそう伝えているのか…或いは幻聴なのか。
人間も超人も権力を得る事で欲求に忠実となる、本性というものは何をしても咎められない時にふとした時に現れるもの。ザ・マンはかつては神として崇められた存在と言えど、そんな彼にも其れが現れたのだ。
完璧を求むならば欲望に忠実になってはならない、堕落した者への路にザ・マンは一歩、其の足を踏み入れようとしている。
聡明で美しく、穢れから程遠い完璧超人始祖の中では神の存在であり、師でもあった慈悲の神。
「悪魔の頂点に立ったお前の中ではきっと、今の私は酷く滑稽に見えているのだろう。だが、それでも私はお前に逢いに行こう…今もなお、変わらぬ愛しい我が弟子のお前の元へ」
かつては処刑を望んだ我が身、だがキン肉マンの存在によって其れは阻止され、終わった。彼の存在がなかったら今頃は処刑され、魂のみが漂っている存在となり、果てのない永遠と共に無となり、溺れ、踠いていたかも知れない。
死とは必ずしも救済になるとは限らない、完全な消滅を願うだろうとザ・マンは鏡に映るゴールドマンを見つめると、一呼吸置いて鏡に触れ、そのまま吸い込まれる様に鏡の中に入り、闇の中に溶けていったのであった────── 〈了〉