お姫様抱っこがしたい「お姫様抱っこさせて」
「はぁ?」
水町が突拍子もないことを言うのは日常茶飯事だが、それにしてもな言葉が聞こえてきたので、雲水は思わず付けていた部の活動記録から目を上げた。
「もう一度言ってくれ」
「お姫様抱っこさせてほしい、って言った」
聞き間違いではないようだ。
「どういうことなんだ…」
「俺さ、外国語はドイツ語取ってんだよね。そんで同じドイツ語取ってる奴らで学祭でイベントやろうってなってさ。そしたらサッカー部の奴がテレビでヨメ運びレースってのを見たって言ってて」
「ヨメ運び…?」
「奥さん抱えて走んだって。それを俺らもマネして100メートル走しようって話になったんだよ。でもみんながみんな彼女がいるわけじゃないし、彼女が良いって言うかわかんないしさ」
「それもそうだな」
雲水は恋人がいないことを気にする知り合いを思い浮かべて、頷いた。
「だから俺ら運動部は部活の人間を抱えて走ろうってなったんだよね。文化部は部活に関係してるもの持って走るって」
帰宅部のやつは家の犬抱えて走るってさ、と水町は笑いながら、雲水の隣に腰を下ろした。
「…それでお前は俺を抱えて走る、と?」
「そー。抱え方は何でもいいけど、お姫様抱っこが一番危なくねぇかなって思うんだよね。それとも肩車のがいい?」
「やめてくれ」
190センチ超えの男の肩車を想像して、雲水はこめかみを押さえた。
「ちょっと待ってくれ、水町。つまり俺は女装しなきゃならないのか?」
「違う違う。女装すんのは俺」
「…ん?」
「俺が女装すんの。てか女装した奴らが走ったほうがインパクトあるからって」
「なるほどな」
「だから雲水はなんにも心配しないで俺に抱えられてれば良いんだよ」
立ち上がって、来いとばかりに腕を広げた。
「ちなみに勝ったら何かあるのか?」
「みんなで金出し合ってドイツの美味しいソーセージとかお肉のセット買って、優勝者が総取り。あとはドイツ語の代返権…これはセンセーにナイショにして?」
「それはどうでもいいが」
雲水は活動記録の冊子を閉じて、立ち上がった。ニコニコしている水町に近寄ると彼の腕の中に身を寄せて…途端に足払いをされて、水町の視界がグルリと回転した。
「へ?」
気がついた時には水町の両脚は宙に浮いていた。そしてその体を支えるのは雲水の2本の腕。『お姫様抱っこ』と言われる状態の自分がそこにいたのだ。
「…結構しんどいが」
雲水は眉根を寄せて、息を深く吐くように言葉を発する。
「それでも100メートルなら走れそうだ」
「…っ!!」
自分の眼を真っ直ぐに見つめ、不敵な笑みを浮かべる雲水を直視出来なくて、水町は両手で顔を覆
うのだった。