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    china_bba

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    こっそりアップロードその2。あともう一章までをサンプルにする予定。

    愛の泥〜Restart〜 敗北の味 敗北の味

     この頃は、風が強い。季節が冬から移り変わる事を知らせる風だ。まだ少し、寒さは残っているが、暦の上ではとっくに春だ。
     トキワジムは建物が古い。どこからか、風が入ってきている。それが、汗を冷やす。冷たい感覚が身体を走る。
     戦況は、あまり思わしくなかった。ゲンガー、マタドガス、ベトベトンと三体を倒したが、こちらも四体を倒されてしまった。残り一体で、二体を倒さなければならない。いけるか。
     頬を、汗が伝う。それをまた、隙間風が冷やす。
     ……負けるのか。また。どうやっても、敵わないのか。あの恐ろしい程綺麗な瞳に。どんなに手を伸ばしても、届かないのか。
     動悸が激しくなる。胸にあるのは恐怖と――絶望だった。
     のしりと、女のフシギバナが一歩前に出て来た。大きな口を少し開けて、舌舐めずりをしている。
     ……呑まれる。呑まれてしまう。背筋がぞくりとした。勿論フシギバナにそんな習性はない。大人しく、人の言う事をよく聞くポケモンだ。それでも、そう思わずにはいられなかった。
     ポケットのボールを握りしめた。手の中で、微かに動いている。
     ……ああ。そうか。お前はまだ、諦めていないのか。戦う前から負けるなと、そう言っているのか。そうだな。お前の言いたい事もわかる。トレーナーが弱気でどうする。それはポケモンの士気に直結する。お前と一緒に何体ものポケモンを、今まで倒してきたな。今度も、倒す。
    「行くぞ、サイドン」
     バトル場にボールを放る。
     咆哮! サイドンはその場で足を踏み鳴らし、相手を威嚇する。
     しかし、フシギバナに怯んだ様子は見られない。両者が睨み合う。
    「ソーラービーム」
     少女の指示が出る。大技で一気に決める気のようだ。フシギバナを温かな陽の光が包む。
     ソーラービームはエネルギー充填までに時間がかかる。その間サイドンは動けるが、何をしてきても耐えられるという判断だろう。舐められたものだ。
     考えられる作戦は一つだけだった。一撃で倒す、その技の選択。
    「サイドン、じわれだ」
     サイドンは鼻から大きく息を噴き出すと、地面を思いきり踏みつけた。バトル場全体が、大きく揺れる。古い作りのジムの建物からは、軋む音がする。
     このバトル場には、土が盛られている。地面にはサイドンの足元から大きなひび割れが走り、土埃が舞い上がる。それはやがて、フシギバナに襲いかかる。ソーラービームのエネルギーをため込む事に集中していたフシギバナは、避けることが出来ない。
     ひび割れが完全にフシギバナを捕らえた。地面が砕ける。フシギバナの巨体が、裂けた地面の下に落ちる。
     サイドンがもう一度足を踏み下ろした。ひび割れの通りに裂けた地面が今度は閉じていく。フシギバナの巨体に、尖った土の塊が食い込む。体は地面に埋まり、土に塗れている。這い出ようと足を動かしているが、もう力はほとんど残っていないようだ。
     ……どうだ。呑んでやったぞ。
    「フシギバナ 戦闘不能」
     判定マシンが勝敗を告げる。
     じわれは一撃で勝負が決まるが、発動が遅く避けられやすい。覚えさせてはいたが、殆ど使った事のない技だ。サイドンは、そんな技をしっかりと決めた。良くやってくれた。
     あちらにはまだもう一体残っている。お得意の毒で粘られる方がよほど厄介だった。最後の最後で、相手の詰めの甘さが出た。サイドンの体力は少しも減っていない。一撃で相手を倒した事で勢いづいていて、調子はかなりいい方だ。倒せる。いや、倒す。
     少女の顔に焦りが見える。フシギバナで勝負を決めるつもりだったのだろう。これであちらも残り一体だ。何を出してくるかはわかっていた。
    「モルフォン!」
     少女がいつもボールから出して連れ歩いているポケモンだ。実際に戦っている姿は見たことが無い。
     何をしてくるのか、読めないポケモンだ。強力なエスパー技を放ってくる事もあれば、ねむりごな等の状態異常も使ってくる。
     だが、防御力は低い。サイドンと、相性は決して悪くない。正面から攻めて、早めに勝負をつける。小細工は許さない。
    「サイドン、ロックブラストだ」
     サイドンが、また吠えた。岩の礫を勢いよくモルフォンに向けて打ち出す。モルフォンはよろけながら飛んでいる。……効いている。
    「モルフォン、ねんりき!」
     少女が指示を出す。モルフォンが構える。この場で、ねんりき? 物を浮かせて投げ、軽いダメージを与える程度の技だ。だが、バトル場の、ジムの部屋のどこにも、ねんりきの影響を受けている物は無い。
     もしや、ロクな技を覚えていないのだろうか。愛玩用のポケモンだとしたら十分にあり得る。だとすれば、拍子抜けだ。楽に勝てるかもしれない。
    「どうした? 最後の一体は、数合わせか」
    「……」
     女の目は、少しも変わらない。真っ直ぐに戦況を、こちらの様子を見ている。
     ぞっとした。何故、この状況で冷静でいられる? 勝負を諦めたわけでもなさそうだ。少女のその目には確かな光が宿っている。おかしい。気づけばこちらが焦らされている。自分の知らない、何かが起きている――
     二体の様子に目を向けた。モルフォンは確かに弱っている。だが、まだ耐えている。……まだ耐えている? サイドンの得意の技を食らって、まだ耐えているのか。防御力を鍛えてあるのか? いや、モルフォンというポケモンの性質上それは考えにくい。素早さや攻撃力を鍛えるのが普通だろう。
     一方でサイドンは……ひどく疲弊している。何故だ? 相手から技を食らったわけでもない。ロックブラストは自分に反動の来る技でもない。
     サイドンがついに、技を出す手を止めてしまった。肩で息をしている。苦しそうだ。
    「何を……した」
     こちらの問いかけに、少女はにっと笑う。
    「メガドレインよ。バレないように少しずつね。この日のために、特訓したの」
     ……やられた。モルフォンが時折見せた光源は、ねんりきによるものではなかったという事か。
     メガドレインは、相手から吸い取ったエネルギーで自分の体力回復が出来る技だ。ロックブラストを耐えられたのも、その回復によるものだろう。
    「もう、動けないみたいね。決めるわ。ソーラービーム!」
     モルフォンを光が包む。暖かで柔らかい、春の日の光だ。サイドンは、動けないでいる。
     負ける。そう思ったが、不思議と絶望はしなかった。眩しいくらいの光とモルフォンの影を、何か尊いものでも見るような気持ちでぼんやりと眺めた。
     やがて、光線が放たれた。大技を食らって、サイドンはぐったりと横たわる。
    「サイドン 戦闘不能。勝者 チャレンジャー」
     判定マシンが勝敗を告げる。
    「やった!」
     少女がモルフォンに駆け寄る。モルフォンは嬉しさを表すようにその場で羽ばたいた。少女は微笑み、その顔のままこちらを向いた。バトルが終わるといつもこうだ。楽しそうに、やはり少女はこちらに微笑みかけるのだ。
    「サイドン、戻れ」
     サイドンをボールに戻した。……良くやってくれた。負けはお前のせいではない。自分の判断力の無さだ。詰めの甘さが出たのは、こちらの方だった。
    「素晴らしい戦いだった。キミに、グリーンバッジを与えよう」
    「……」
     少女が、ぺこりと頭を下げて手を出してきた。小さな手のひらに、バッジを乗せる。自分の手より随分と小さく、白くか細い手だ。
    「……」
     少女は、何も言わない。だが、目はじっとこちらを見つめている。何か言いたい事があるのだろう。言葉を選んでいるのだろうか。
    「キミの言いたいことは、分かっている。ロケット団は、本日をもって解散しよう。私はもう、キミの前に姿を現す事もないだろう」
    「……待って」
    「ん?」
     少女が口を開いた。
    「解散は、しなくていいと思う」
     意外な言葉だった。
    「ほう……? これまで何度も、キミは立ち向かって来たじゃないか」
    「うん……そうなんですけど……その、ついでだったというか」
    「ついで?」
     ますます、わからない。少女の目的は何だというのだろう。しどろもどろになりながら、少しずつ言葉を紡ぐ彼女の話を聞いた。
    「あの……じゃあ、解散はしなくていいので、ひとつお願いを聞いて貰えますか」
    「ふむ。良いだろう。私に出来る事であれば」
     興味が湧いた。この負けを知らない、真っ直ぐな美しい瞳が求めるもの。
     金か。名誉か。いや、そんなものは欲にまみれた馬鹿が欲しがる物だ。その類いのくだらないものではないだろう。
     しばらく黙って、彼女は再び口を開いた。
    「わたし、あなたのことがもっと知りたい。好きになってもいいですか?」
    「は……?」
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