シルバーが気がつく話隊長格の会議の後で、シルバーに、
「今日、時間をもらえないだろうか?」
と聞かれて、いつもの口吸いだろうなと思って、もちろん、と答えると「ありがとう。」では後で、と言って自分の仕事に戻っていくシルバー。
なんか今までになく丁寧な口調だったなとちょっと引っ掛かるけど、機嫌でも良かったんだろうとあまり気にしないフライ。
昼更けた頃に訪ねて来たシルバーをいつも通り寝床に寝かそうとすると「少し、お前と話がしたいんだ。」いいか?と言われて。
いつになくなんというか殊勝な様子で少し心配になって、何かあったか?と聞くフライ。
一つ頷いて、寝床にフライと並んで腰掛けて話し始めるシルバー。
「…このところ、俺に随分とちょっかいを掛けてくる後輩の爆弾隊がいてな。」
「おや、まるで昔のお前が俺にしていた様にか?」
揶揄う様に言うと、懐かしいものを思い出す様にして目を瞑って、ああ、本当にそういった感じなんだ、と言うシルバー。
どうもいつもと調子が違うから、なんだろうと思いながらも、そうかと続きを促すフライ。
「別に、悪いやつじゃない。ただ少しまだ周りが見えていないだけで。…自分でなんでも背負って、手伝おうと差し出される鰭を取るのは甘えだと思い込んで。俺と、同じように。」
「…シルバー。」
「事実の話だ。蔑みでも、…自虐でもない。」
そう言って、ぽす、とフライに寄りかかるシルバー。
「…なあ、頭、撫でてくれないか?」
「それは、構わないが…。」
そんな自分から分かりやすく甘やかせと言うようなこと、初めてだなと思いながら鰭で頭を撫でてやると、「ありがとう。お前にこうやって撫でられるの、気持ちよくて好きなんだ。」と言われて。
そんな素直なこと言うなんて本当にどうしたんだと、聞くより先にシルバーがまた口を開いて。
「そいつ、還ったらしい。今回の遠征で。」
会議で見た、還った爆弾隊のリストに名前があった、と言うシルバー。
フライ「…そうか。祝うべきことだが、寂しくもあるな。」
お前がそこまで言うということは、随分と目をかけていたんだろう?
そう言ってそっと頭を撫で続けてやるフライ。
「ああ。…でもきっと、お前ほどじゃないと思う。」
「ふふ、そうだなあ、こうして甘やかすことまではしないだろうしな?」
茶化し半分にそう言うとシルバーも微笑んで。
「そうだな。」
だからきっと、
「お前は俺を喪ったらこんなものじゃすまないくらいに、胸を傷めるだろうな。」
シルバーを撫でる鰭と、呼吸が止まるフライ。
その鰭を優しく両鰭で包むシルバー。
「そいつ、あんまりにも昔の俺に似ていたからさ。リストの名前を見たとき、今までに無いくらい生々しく、自分が死ぬときの事、考えた。…考えた、はちょっと違うな。まるで体感したみたいだったんだ。」
フライの、緊張で冷たくなった鰭を自分の鰭で擦って温めながら訥々と話すシルバー。
「もしも今日、戦場で還ったら。…そのときまだ副官が残っていれば、先立ってすまないと思う。あと、それと同じくらいに。」
お前に礼の一つも言えなかったと、絶対に後悔すると、思った。
フライ「礼、など…」
シルバー「知ってる。見返りなんて、お前は求めなかった。よく知ってるよ、フライ。ずっと俺は、それに甘えて来たんだ。」
フライ「それは、俺が、甘やかしたからで、お前が気にすることじゃない…」
シルバー「違う、フライ、違うんだ。そこじゃない。さっきも言った話だ。」
見返り無く大切にした相手を喪う辛さを、俺は、何も分からなかった、知ろうとしなかった。
与えれば与えるだけ大きくなるそれを。
「お前は、今まで何度も、何匹分も、受け入れて来たんだろう?」
たかだか1匹で、あまりに寂しいのに。
長く生き、多くを見送った『全滅隊長』であれば、どれほど。
それこそ、気が狂うのには、十分だろうと。
「シルバー…」
「お前を、憐れむわけじゃない。そんな資格は俺にはない。ただ、もし俺が先に還ってまた酷く痛む傷として、お前をいつか傷つける前に、少しでも」
両鰭で包んだフライの鰭を、愛しいもの啄むように、祈る様に、口元へ寄せてフライを見るシルバー。
「お前に、大切にされて嬉しくないことなんか一つもなかったって応えたら、少しはマシに、なってくれたらって…」
そっと、もう片方の鰭で、ポロポロ泣くシルバーを抱きしめて。
フライ「…ありがとう、シルバー。」
もう痛むような心は無いけれど、その気持ちは嬉しく思うフライ。
シルバー「ふふ、困った。甘やかしてもらう上に礼まで言われたら俺は立つ瀬がないなぁ。」
フライ「…ん、そうか…。」
シルバー「なぁ、フライ。これだけお前が辛くなるって分かっても、やっぱり俺は甘やかされるならお前がいいんだ。酷い後輩の面倒、もう少し引き受けてくれるか?」
前よりは少しだけだけど、いい子になるから。
そう言って泣きながら笑って見せるシルバーをまたそっと撫でてやって、
「…なに、酷い先輩の後輩だからなぁ。多少は仕方ないさ。随分前にも言ったが、始めたのは俺からだ。責任もって最後まで甘やかしてやる。」
もちろん今日もな、と言ってシルバーを寝床にもう一回寝かせるフライ。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ…!今日は、さすがにその、色々言って恥ずかしいから、す、するのは、日を改めないか…?」
涙も引っ込んで赤い顔で懇願するシルバー。
フライ「そう言うだろうと思ったが。爆弾隊で習ったろう?新しいことを始めたらすぐに復習しろと。せっかくお前から甘え始めたんだ。しっかり身につけるよう指導するのが先輩の役割、だろう?」
そう言って寝転んで抱きしめて、これで撫でてやりやすくなったと言うフライ。
フライ「全く、俺のことばかり心配して。…お前だって、辛かったのは確かだ。俺と比べてどうこうということじゃないんだから、素直に泣いておけ。」
撫でててやると、さっきとは違って、くしゃりと顔を歪めて泣く。
シルバー「っ、ふ、ぅ、ぅ"う〜〜〜…」
フライ「このあと海にでもいって泣く気だったろう?」
シルバー「な、で、わか…」
フライ「副官のいる自室でお前が泣ける訳が無いしな。甘えるって言ったんだ、徹底して甘えてくれ。その方がきっと」
いつか遠い未来にいるかもしれない俺を、慰めてくれるだろうから。