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    ltochiri

    二次創作いろいろ

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    ltochiri

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    貸切のナイトプールでいちゃいちゃする零あんです

    ##小説

    純真無垢な小悪魔1

     ちゃぷ、と片脚をつける音が天井にまで響いたので零は驚いた。室内にはラテン音楽が流れているから、無粋な機械の駆動音までは聞こえないけれど、他の客がいないだけふだんかき消されている音に意識が向くことになる。
     喧騒からはほど遠い。そのせいでやけに大きく聞こえるのだ——そのことに零が気づくまでそう時間はかからなかった。
     この遊戯施設は今、零とあんずの二人しかいない。貸切という形で、ナイトプールの時間だけ、チケットを零が手配したのだ。
     プールの浅いところで、足首まで水につけた零はあんずが来るのを待っていた。あんずはプールサイドで入念に準備運動をしている。彼女はおてんばな気質もあるものの、さすがに久しぶりのプールということで事故が起こらないように努めていた。
     準備運動を軽く済ませたわりに手持ち無沙汰そうにしている零に向けて、あんずはのんきに手を振っている。それに応えるように手を振って返しながら、零は嬉しそうに目を細めた。
    「くく」
     おそろいのサングラスを付け、色違いで同じデザインのパーカーを着るのは雰囲気を楽しみたいから。そう言って零が用意した水着に、あんずは素直に着替えている。
    「お待たせしました。どこかおかしいですか?」
     ばしゃばしゃと音を立ててやってきたあんずは零の前で立ち止まった。かと思うと、背中を見ようと身体をひねったり足の裏を見たりしていて忙しなく動き回る。
    「似合っとるよ。おかしいところなぞどこにもない」
     零のその言葉にあんずはぴっと動きを止めて零の目を見た。まじまじと見つめるあんずの瞳はけれどやがて恥ずかしげに伏せられた。
    「ありがとうございます」
    「うむ。用意した甲斐があったわい。誰にも見せたくないのう」
     照れるあんずに零はますます満足気に笑った。
    「誰も見ませんよ……。あ、用意といえば、どうしたんですか? この場所、押さえるの大変なはず」
     心配そうな声と、職業柄からくるのか興味の眼差しを向けられた零は視線をあんずから外し、口元に右手を当てて深刻そうに告白した。
    「……嬢ちゃんは、知っておったのか」


    2

     あんずが言うには、ここは以前に資料で見たことのある遊戯施設らしい。だとすると、設備の使用料くらい覚えていてもおかしくない。
     全館貸切の場合まで把握しているかはわからないが、だからといってはぐらかすのはよくない、むしろ無駄な足掻きだと、零は観念した。
    「それは、すまんのう。察しておくれ」
    「ああ……」
     あんずの目が遠い場所を見つめている。野暮だと思ったのか、あえて口にはしなかったけれど、間違いなくとある事務所のとあるアイドル代表の男を思い浮かべているのだろう。
     この規模の施設を貸切にできる人間は、零の周りにそう多くいるわけではない。あんずが想像しているとおり、その男が今回の出資者である。
     零はしてやられたなと思った。
     あんずがこの施設を知っていることも把握していただろうに、それを伝えてこなかった男を脳内で蹴ってやった。ただでさえ、彼に対して貸しは作りたくないと思っていたのに。
     苦笑するあんずに、零は大きくため息を吐いた。
    「なんと不甲斐ない彼氏じゃ……」
    「いいえ。私を誘ってくれて嬉しいです」
    「そう言ってもらえると報われるのう」
     出資を頼む交渉が大変だったことを思い出してゲンナリする。あんずは好意的に見てくれているが、零は正直、おもしろくない。ふたりきりの時くらい、自分のことだけを考えてほしかったのが本心だ。
     椰子の木をかたどったモニュメントが高く伸びている。天井がいっそう手の届かない位置にあるように見えた。
    「それにしても、ふたりきり、なんですよね」
    「嬢ちゃんの好きにするとよい。行きたいところはあるかの?」
     半ば投げやりにリクエストを訊ねた。リードすることを忘れたわけではないが、自由にさせてやりたいのも本心だ。
     しばらく考えているあんずの姿を零は眺めていた。うん。かわいい。見立てどおり似合っている。
    「うーん……。流れるプール?」
     しかし希望されたのは刺激の少ないゆるやかな場所だ。しかも首を傾げながら疑問符をつけているから、それ以外、もしかしたら知らないのかもしれない。内心がっくりきたけれど、実は少し安堵した。
    「遊び慣れておらんのが丸わかりじゃ。どれ、我輩が教えてやろう。」
     零は肩をすくめると、くつくつと笑い、あんずの手を繋いで先を急いだ。
     タッと隣に追いついてくるあんずに、機嫌を良くしながら。


    3

     今年の残暑は厳しく、プールの水に触れてもまだ気持ちがいいくらいの気温である。
     しかし零とあんずは水を浴びることを選ばず、手すり付きの大きなうきわに二人で乗り、ドーナツ状のプールを波に流されるように周っていた。
     ほかに客のいないプールはいささか流れるスピードが早いように思える。
     寝転ぶように身体を投げ出してリラックスしている零とは対照的に、あんずは膝を曲げたまま身体を強ばらせている。プールの流れと同じくらい、心臓の音が少しだけ早い自覚はあった。
    「縮こまっておらんと、ほれ、我輩と同じように脚を伸ばすとよい」
    「ひぁっ」
     零は右足をひょいと上げると膝裏をうきわにかけた。このうきわはバランスを取ろうと意識しなくても平衡を保っていられるが、極端なことをするとやはり不安定になる。だからあんずは慌てて両脚を伸ばしてバランスを取ろうと必死になった。ひっくり返らなかったことに安堵しつつ、胸の前で祈るように両腕を組むと、やがて顔を覆った。
    「そんなに緊張せんでも……」
     零は困ったように苦笑しながら、あんずの頬がピンク色に染まっていること、指の隙間から零の上半身に目線がいっていることに気がついて、あえて指摘せずに心配するふりをする。
    「……か、」
    「うん?」
    「開放感がありすぎて、困ります」
     たゆたうように流れる水の音と椰子の木の装飾に彩られながら、ビビッドカラーのうきわに水着姿でサングラスをつけた男女が乗っている。
     それだけでなく、この広い空間にふたりしかいないのが、一層恥ずかしさを増すのだろうか。
     思いがけず照れているあんずに、零はいいものを見たと胸の内で喜ぶけれど、それとは裏腹に冗談めかした明るい調子で微笑みかけた。
    「背徳的じゃろ?」
     それが逆効果なことをわかっていながら。
    「そ、そういうの、今は、なしですから!」
     自身の顔から両手を離したあんずはそう叫ぶと、プンとそっぽを向いてしまった。
     アイドルとプロデューサーを厳しく線引きする彼女は、仕事とプライベートもきちんと分けようとしている。そして今はプライベートの時間。だから彼の所属するユニットに関するキーワードは禁忌なのだ。
     だからといって、あんずの横顔が寂しげに俯くのを、零が仕事を持ち出してきたから、と判断するのは尚早だろう。心というのは、機械的に割り切れるものではない。
     とはいえ、そこも含めて零の作戦だった。彼女の矜持を理解していながらあえてタブーを犯すことに、意味はある。
    「まじめじゃのう、嬢ちゃんは」
     呆れながらからかうように言えば、戸惑っているのかうろうろと動かされるあんずの瞳が潤みだした。
    「ごめんなさい」
     プライベートを楽しみたい気持ちと、仕事から全て切り離しては零との関係を語れない部分があり、双方の躊躇いを消せずにいるのだろう。折り合いをつけられずにいる。——それでふたりの関係が弱まってしまうわけでもないのに。
    「いや、我輩の方こそ、すまんのう。じゃが我輩とて目のやり場には困ってしまうというのが本音じゃ。照れ隠しじゃよ。それだけ嬢ちゃんが魅力的ということもある。それと……」
    「ま、まだなにか」
     このまま褒め殺しにされるんじゃないかと居た堪れない気持ちで身体を固くするあんずは、零の罠にかかったことに気づいていない。
     仕事からプライベートに切り替わるスイッチを押すことで、ギャップが発生する。
     その差が大きければ大きいほど、効果も大きい。それがあんずを落とすテクニックだった。
     その後の熱烈なアピールを絶やさないことも大切で、けれど恋の駆け引きも大事だった。
    「それと。はて、なんじゃったかのう……。嬢ちゃんが言い返してくれたら思い出すかもしれんのう。フェアプレーの精神じゃ」
     にこやかにそう言ってのければ、百戦錬磨のプロデューサーは零の作戦に勘づいた様子で目をつり上げた。浮かれていいのか怒っていいのかわからない、という表情だ。
    「……もう! わざと言ってますよね? スポーツじゃないんですから」
     そう言ってあんずは頬を膨らませながら零を睨みつけた。けれど、上目遣いでは零にとっては見つめられているだけにすぎないし、かわいいと思うだけで威嚇の効果などないに等しい。
    「でも、フェアじゃないのはたしかにそうですね」
     ただの戯言だったにも関わらず、あんずはそこに価値を見出したらしい。頭からつま先まで零の水着姿を何度も見て褒める言葉を考えている。先ほどまでの恥じらいはどこへやら。
    「ほんとうに嬢ちゃんはまじめじゃ」
     零はやれやれ、と言いながらわざとうきわのバランスを大きく崩した。あんずは頭からプールに落ち、しぶきを上げる。
    「……ぷはっ」
    「せっかくプールに来たんじゃから、水遊びもせんと——」
     逆さまになったうきわを正しい向きに戻しながら零は飄々とあんずの反撃をかわそうとしていた。しかし言葉を最後まで紡ぐことはできなかった。
    「教えてください、遊び方」
     なぜなら水をかぶって濡れた彼女の姿に目を奪われたからだ。
    「ははっ、もちろん」
     零は愉快そうに笑って答えた。組んだ両腕をうきわ乗せて、言い寄るあんずの胸の谷間を直視しないように努めながら。



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